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あれがこうしてこうなって 1

 スヴァンテルは、ここにいたくない、と思っている。

 居候の身なので、しかたなく(とど)まってはいるが、早く口実を探し、あてがわれている自分の部屋に帰りたかった。

 

 ここは叔父の屋敷にある奥敷(おくじき)と呼ばれている広間だ。

 屋敷の主は、主に、ここで過ごしている。

 当然のように、イファーヴもいた。

 

(どうして、こんな愚かなことができる? 巻き添えになるのは、ごめんだよ)

 

 一緒にいるところに踏み込まれれば、知らなかったではすまされない。

 身の破滅だ。

 嫌々ながらも、この家に身を寄せていたのは、死ぬためではなかった。

 生きていくためにこそ、しかたなく、居候の道を選んでいる。

 

「あの者たちは、うまくやっているでしょうか?」

「そのために、大金と女をあてがったのだからな。うまくやっているはずだ」

 

 スヴァンテルは、いよいよ呆れていた。

 うまくいっている「はず」なんて言葉は、とてもアテにはならない。

 うまくいく確証もないのに強硬したこと自体、正気とは思えずにいる。

 叔父と従姉妹は、この国の王を見縊り過ぎだ。

 

「ですが、もしも、しくじっていたら、大変なことになりやしませんかねえ」

 

 叔父のクスタヴィオが、スヴァンテルに、にやりと笑ってみせた。

 自信があるようだが、その自信は過剰なのではなかろうか。

 

「陛下が宮を出られたのは火が出てすぐだ。宮から町外れまで往復している間に、事は済んでいるだろう」

 

 従姉妹も、小さく、フフと笑う。

 その笑みに、ゾッとした。

 なりふり構わないところが、恐ろしくも醜く感じる。

 

「異国の女がめずらしくて、手元に置いているのでしょうが、穢されたとなれば、関心もなくなりましょう。すぐにも宮を追い出されるに違いありません」

 

 イファーヴの満足そうな表情にも、嫌気がさした。

 同じ女性でありながら、相手に対する同情心の欠片もない。

 いっそ「殺せ」と命じればいいところを、イファーヴは、あえて「穢す」ことを選んだのだ。

 いかに、彼女が残酷な性分かが、わかる。

 

 スヴァンテルは、宮仕えをしてはいるが、ほかの臣下ほど真面目ではない。

 宮の警護をする「宿直(とのい)」の役目を担っていても、常にのんべんだらり。

 国王の従兄弟という立場を振り回したりはしなくても、周囲も、スヴァンテルに注意をはらってはいなかった。

 

 どちらかといえば、スヴァンテルは、宮の愚痴聞き役なのだ。

 存在感も薄く、愚痴った者も、スヴァンテルに話したのだか、誰に話したのだかわからなくなる、といったふう。

 それだけ気楽な相手だとも言える。

 

 スヴァンテル自身、ほかの臣下から軽く見られていることを気にしていない。

 変に目をつけられて、役目を増やされるほうが迷惑なのだ。

 ゆえに、ふらふらだらだら中に、聞かずとも、情報が入ってくる。

 

 イファーヴは、目通付(めどおりづけ)で、国王の「妾」を罵倒したという。

 無事でいられたのは、その異国の女のとりなしによるらしい。

 にもかかわらず、逆恨みしているのだ。

 その女の口添えがなければ、今頃は、首と胴体が離れていたかもしれないのに。

 

 スヴァンテルの従姉妹には、反省の心がない。

 もちろん感謝だのといった気持ちなど、なおさら持ってはいない。

 イファーヴが、そういう女だと、スヴァンテルは知っている。

 見た目は美しくとも、内面は真っ黒。

 

「複数の男に穢された女など、陛下が相手にされることはないだろう」

「その通りですわ、父上。異国の女を妾に選んだのが、そもそもの間違いだったのですから。これで、陛下も正しい道を、選んでくださるでしょう」

 

 2人は、勝手なことばかり話していた。

 さっきから、ずっとこの調子なのだ。

 うんざりもする。

 

「臣民ならともかく、陛下のお相手は、身綺麗な女でなければな。どの男が父かもわからんような子を、次の国王には定められん」

「異国の地で、大勢の男に辱められたとなれば、あの女も自ら死を選ぶに違いございません」

 

 国王の元に通う「寝所役」は、生娘でない者のほうが多かった。

 寝所での手練手管に優れている者が妾に選ばれ易いと、考えられているからだ。

 もちろん寝所役を務める前には、調べを受ける。

 子ができていないか、ふた月以内に男と関係を持っていないかなど、いくつもの確認はされていた。

 

 そして、妾ともなれば、当然、寝屋をともにするのは国王だけとなる。

 だからこそ、叔父とイファーヴは、複数の男を送り込んだのだろう。

 とはいえ、スヴァンテルは、そのことにも呆れていた。

 

(たとえ、ほかの男の子を成したとしても、妾から外されるとは限らないのに)

 

 重要なのは「心身ともに相性がいい」というところ。

 体の相性だけで、国王は「妾」を選ぶわけではない。

 仮に、別の男の子を身ごもったとしても、その子は養子に出されるだけだ。

 1人しか産めないわけでもないのだから、国王が強く望めば、次の子を、国王ともうければいい、ということになる。

 

(子のことより重要なのは、国王の伴侶が国王と同等の権限を有するってことだ。我が従姉妹ドノのような危うい女が選ばれるはずがない。考える余地もないさ)

 

 スヴァンテルは、2人の行動を、冷ややかに見ていた。

 止めはしないが、同調する気もない。

 自分が巻き込まれない範囲でなら、好きにすればいいと思っている。

 

 どうせ無駄だ。

 

 万が一、異国の女が「妾」の座を追われても従姉妹が選ばれるなど有り得ない。

 そこが、2人にはわかっていないのだ。

 浅はかに過ぎて、馬鹿にする気にもならなかった。

 

 セジュルシアン・カイネンソンは、無能な王ではない。

 

 むしろ、国の統治という意味合いでは、非常に高い能力を持っている。

 人任せにしているようでいて、手綱はきっちり握っているし、国内で起きている問題を常に把握し、適切な対処をしていた。

 臣民からの信頼が厚いのもうなずける、優れた君主なのだ。

 

 臣民が若き国王に不安をいだいていたのは、ほんの少しの間だけだった。

 前国王の急逝で、若くして国王になったが、彼の従兄弟は、すぐに、その能力を発揮したからだ。

 人の上に立つべくして生まれた存在であるかのように。

 

「あの女の泣き叫ぶ姿が見られないのが、残念でなりませんわ」

「臣下の前で、お前に恥をかかせた女だからな」

 

 それは、イファーヴが出しゃばり過ぎて、勝手に恥をかいただけだった。

 国王が新しい役目まで作り、(そば)に置いている女だ。

 それだけで、どれほど国王が、その女を「寵愛」しているかが、わかる。

 セジュルシアン・カイネンソンは優れた国王ではあるが、同時に、絶対的な存在でもあった。

 自らの領分を冒されるのを嫌い、(ないがし)ろにされるのをことさらに重視する。

 

 それは、ある意味では当然だった。

 テスアでは、国王のみが権力を握っている。

 国王の定めを曲げる者が出てくれば、国の土台が揺らぐことに繋がるのだ。

 

「本当に、うまくいきますかねえ」

「何度も言わせるな。陛下が、お戻りになられるまでには片がつく」

「相手は、女1人なのですよ? 心配し過ぎだわ、スヴァンテル」

 

 名を呼ばれるだけで、背筋が寒くなる。

 どうせなら、目通付の際、殺されていればよかったのに。

 

「碌な抵抗もできず、散々に泣かされている頃だろう」

 

 叔父の瞳に、ちらりと欲が浮かんでいた。

 あたかも、自分も仲間に入りたかったとばかりだ。

 

「あの者たちも、父上に感謝していることでしょう。大金をもらった上に、異国の女を味わえるのですもの」

 

 2人の笑い声に、気分が悪くなってくる。

 本気で、吐き気を覚えていた。

 そろそろ、頃合いだろう。

 つきあいをするにも、限度というものがある。

 

「2人の話に聞き入っていて、つい酒を飲み過ぎました。もう眠くてかないませんので、これで失礼しますよ」

 

 故意に、ふらふらとした足取りで、スヴァンテルは戸口に向かった。

 視線を感じたのは、一瞬だ。

 すぐに2人は、自分たちの策について話し出す。

 ひと晩に、何度、同じ話を繰り返せば気がすむのかと、心底、うんざりした。


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