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勝手に過ぎるでしょう 4

 カタ…という小さな音に、ティファは反応する。

 セスからは「誰も入れるな」と言われていた。

 とはいえ、誰かが来る可能性があったから、セスは注意をしたのだろうし。

 

(ここの戸って、鍵かかってるんだっけ?)

 

 連れて来られてからこっち、セス以外と、寝所の外に出たことがない。

 そもそも「外に出たら死ぬ」と言われていたからだ。

 自分1人で外に出るという発想は、最初の時以降、消えていた。

 だから、鍵があるのかないのか、かかっているのかどうか、わからずにいる。

 

 しかし、戸の向こうから聞こえる音が止まない。

 非常に、気になる。

 大きな音ではないのが、なおさら、嫌な感じがした。

 

(でもさ、セスに報告に来たんなら、なんで声かけないの?)

 

 以前、イフなんとかという女性が「寝所役」として訪れた際には、ちゃんと声をかけてきたのを覚えている。

 声をかけて来ないのが、ものすごく怪しく感じた。

 まさかとは思うけれども、なにか盗みに入って来たのかもしれない。

 

(隣は息室……貴重品とかも、色々あるみたいだったよね……国王の部屋に盗みに入るなんて有り得るのかわかんないけど……)

 

 そろりそろりと足音を忍ばせ、息を殺しつつ、戸に近づく。

 そうっと耳を当ててみた。

 

(え……ちょっと待って……)

 

 心臓が、急激に鼓動を速くする。

 どういう仕掛けになっているのかはともかく、外から戸は開かないようだった。

 内側に鍵らしきものはないが、なんとなく中からは開くのではないかと思う。

 そうでなければ、セスは「入れるな」とは言わなかったはずだ。

 そして、外にいる何者かは、こちら側に押し入ろうとしている。

 

 カタカタという音は、戸が揺れる音だった。

 耳をつけた時、その振動が伝わってきたのだ。

 ティファは、慌てて、ササッと戸から離れる。

 

(うわぁ、なんか、めっちゃヤバそう! セスがいない時に来たってことは、私が狙われてるってこと?! ここ、寝所だし! もしかして、あの火事自体……)

 

 セスをおびき出すためだったのではないか。

 そう思えた。

 

(ヤバいヤバいヤバい! ていうか、隠れるトコないじゃん!!)

 

 寝所は広いものの、隠れ場所がない。

 大きな布団が敷いてあるだけで、調度品の類がないのだ。

 あるとしても、調度品というより、小物ばかり。

 明かりを灯すための長方形の筒みたいな物や、香りを炊くという丸い器とか。

 

 ティファは、必死で周囲を見回す。

 その視線に、ある物が引っ掛かった。

 すたたたっと駆け寄る。

 寝所の奥だ。

 

(えっと、確か、これ……)

 

 パッと、それを手にした時だった。

 後ろで物音がする。

 振り返った先に、常着(つねぎ)姿の男が3人。

 

「異国の女。大人しく言うことを聞いておれば、命は取らずにおいてやる」

 

 3人の中で、真ん中にいる最も大柄な男が、そう言った。

 3人とも、口元に、下卑た笑みを浮かべている。

 命を取らない代わりに、どうしようというのか。

 訊かなくてもわかる。

 

(ロズウェルドにも、こういう奴らっているんだよね……女と見れば、体を奪いたがる奴ら……そんな簡単に奪われてたまるかっての!)

 

 国王であるセスを相手にも、思うようにはさせなかったのだ。

 セスなりに、ティファを救うつもりだったのは、わかっていたのに。

 

「ここを、どこだと思ってんの? 国王の寝室に勝手に入るなんて、許されることじゃないからね! 自分の国の国王を馬鹿にしてるのと同じだよ?!」

 

 男たちは、ティファの「民言葉」に顔を見合わせている。

 が、すぐに呆れ顔をして、ティファに視線を向けた。

 頭のおかしな女とでも思われたのだろう。

 3人の馬鹿にしたような表情に、イラっとする。

 

 セスは、夜更けに出かけて行った。

 火事を気にして、国王自ら出向いている。

 そんな国王は、滅多にいない。

 もし、火事が目の前の3人の起こしたものだとしたら。

 

「とんでもない裏切り行為じゃん! しかも、こんなくだらないことで!」

 

 ふつふつと、怒りがこみあげてきた。

 もとより、ティファは、我が強い。

 自分の意志を曲げられるのは嫌いだし、大人しい性質でもなかった。

 

 ひゅんっと手に握ったものを、ひと振り。

 

 からんと、渇いた音が響く。

 男3人が、驚いた顔をした。

 

「この女……刀を抜きおったぞ」

「大人しくしておれば、可愛がってやったものを」

「女風情が、そのようなものを扱えると思うてか」

 

 セスからは、危ないのでさわるなと言われていた「刀」と呼ばれる武器だ。

 この部屋にある唯一の武器でもある。

 なにかあった時のために、置いてあると聞かされていた。

 そして、今がその「なにかあった時」なのだ。

 

 ティファが振ったので、刀を覆っていた筒が抜けている。

 銀色に光る刀身は、(つば)から先に向かって、わずかに曲線を描いていた。

 どうやら片刃のようだ。

 

(剣と違って、柄にガードがついてないけど、剣より軽い……切れ味もいいみたいだし、扱えなくはなさそう)

 

 ティファは、魔力顕現(けんげん)していない。

 だからこそ、剣術や武術を教わっていた。

 周囲には、ティファを過保護に守る人は、大勢いる。

 だが、父は、ティファに、あえて学ばせたのだ。

 

 万が一に備えるために。

 

 ティファは、幼い頃から、9歳上のキースとともに鍛錬を続けている。

 キースも魔術が使えないため、剣術や武術の腕を磨いていたのだ。

 擦り剝けた手は、父が必ず治癒を(ほどこ)してくれた。

 武器の形は違えど、扱えないとは思わない。

 

「この部屋で、勝手なことするのは、私が許さないんだから!」

 

 手に持った「刀」を、前に突き出した。

 レイピアよりソード系に近い刀身は、突くより斬ることに特化しているようだ。

 

「国王の婚約者に手を出そうなんて……叩き斬られたいなら、相手してあげる」

 

 男3人も「刀」を抜く。

 剣に比べると、かなり細くて、すらりとしていた。

 その刀身を、男たちが引っ繰り返す。

 それを見て、ティファは目を細めた。

 

(殺す気は、ないんだ。てことは、なにがなんでも……ってことかぁ。ヤダヤダ……)

 

 男3人の目的は、ティファを穢すことにある。

 それにより「妾」としての立場を失わせたいのだろう。

 

 ロズウェルドでは、それほど純潔に対するこだわりは強くない。

 テスアでも、それほど重要ではなさそうだった。

 殺さず生かしておきたいのは、セスの怒りを買う心配からではないと感じる。

 彼らの目的は、ティファの心を折ることなのだ。

 

「黙ってやられるほど、私は、ヤワじゃないっての!!」

 

 ティファは、刀身を逆に向けたりはしない。

 本気で、叩き斬るつもりでいた。

 そのように、父に言われていたからだ。

 

 ティファが「戦う」のは、万が一の状況に限られている。

 周りからの過保護の手はとどかない。

 だから、父は言った。

 

 『いっか、ティファ。やる時はやれ。半端はするな。絶対、迷うんじゃねーぞ』

 

 だから、ティファは、迷わない。

 恐れない。

 

 『でな、こう言ってやれ、ティファ』

 

 父の声が聞こえる。

 ちょっと乱暴な口調だけれども、ティファは父の姿に(なら)い、大声で怒鳴った。

 

 『ジーク・ローエルハイドの娘を、舐めるんじゃねえ!』

「っジーク・ローエルハイドの娘を、舐めるんじゃねえ!」


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