勝手に過ぎるでしょう 2
食事の回数などからすると、テスアに来て、十日ほどが経っている。
宮から外に出ていないので、時間経過が判然としないのだ。
ティファは、大きく息をつく。
(湯殿役にも慣れてきちゃって……なんだかなぁ、もう……)
湯殿役とは、セスが湯につかるのを手伝う役目だった。
髪と背中を洗い流し、湯船に浸かっている間、傍に控えている。
それだけの仕事だ。
着付けほどの体力もいらないし、口伝役のように緊張感もない。
が、しかし。
当然のことながら、湯に浸かる際、セスは全裸。
目通付など、いわゆる公務がすんだあとなどは、常着と呼ばれる服に着替えて、2人は、主に息室で過ごす。
常着は、寝巻を少し厚手にしたもので、重ね着はしない。
その常着を、躊躇なく、セスは脱ぎ捨てるのだ。
ティファの目の前で。
最初は、恥ずかしくて、とても見ていられなかった。
もちろん、今だって直視したりはしていない。
当たり障りのない場所に視線を向けている。
さりとて、最初は、それもできずにいたのだけれども。
『男の裸身も見ておらぬとは、真に憐れよな』
そう言ってセスに、鼻で笑われたのだ。
悔しくて、それ以来、ティファは、虚勢を張り続けている。
それでも、毎日のこととなると、かなり慣れてきていた。
見たくないものは、見なければいい。
自分に、そう言い聞かせ、頭と背中だけに視線を集中させている。
おかげで、むしろ、手際が良くなった。
それが、非常に憂鬱なのだ。
(テスアの人として、生きてかなきゃならなくなりそう……ていうか、妾状態から逃げられないのが困る……このまま進むと、セスの嫁にされちゃうじゃん……)
セスの妾は、ティファ1人。
このままだと、確実に、ティファは、セスの「妻」にされてしまう。
セスは「妻には子を産んでもらわなければならない」と言っていた。
要するに、妻となれば、相応の「役目」があるということだ。
(そこは、ロズウェルドの政略的な婚姻と似てるよね。愛し愛される婚姻じゃなくても、後継ぎ問題を解消しなくちゃいけないってところ……)
セスは国王なので、その傾向は、より顕著に違いない。
セスのことは、好きでも嫌いでもなかった。
理不尽で腹の立つことも多いが、悪いばかりの人でもないと思える。
寝所役から世話役に変えてくれたのは、譲歩と言えなくもない。
それに、初めての目通付では、ティファを尊重してくれた。
もちろん、セスの妾だからだろうが、あれほど怒るとは思わなかったのだ。
あの時のセスからは、間違いなく殺気を感じた。
(お父さまやソルと同じくらい怒ってたもんなぁ。殺しちゃうかと思ったよ)
ティファのことで怒ると見境がなくなる人を、ティファは知っている。
その気配を、セスからも感じた。
だから、止めに入っている。
思ったより、あっさり引き下がってくれたことに、少し感心したくらいだ。
(あの2人だったら……瓶詰めにしちゃってたかもだし……)
ティファの周りには、ロズウェルドでも非常に特異な魔術師が大勢いる。
その筆頭が、父であり、ソルだった。
王宮魔術師など比較にならない、というより比較することができないほど、その力は大きく、特殊なのだ。
ほかにも、父と親交の厚い、現国王や、正妃である叔母も、2人ほどではないが相当に腕が立つ。
リドレイ伯爵家の2人は、剣術や武術に、魔術を織り交ぜて使う魔術騎士。
そして、その全員が、過保護。
原因がなにかは、わかっている。
ティファが「持たざる者」だからだ。
魔力顕現しておらず、魔術が使えない。
ティファは、怪我をしても、治癒の魔術で治すことすらできなかった。
そういうあれこれを、周りは心配する。
だから、過保護になっていくのだと、わかっていた。
今頃、ロズウェルドでは、大変な騒ぎになっているだろう。
父などは、半狂乱になっていてもおかしくない。
(心配はさせたくないけど……ある意味、ここには過保護な人いないから、気楽と言えば気楽なんだよね……)
与えられた役目もあり、まだ不出来なことも多かった。
自分で覚えなければならないことも少なくない。
異国の者は、ティファだけなのだ。
みんなが、あたり前に知っていることも、ティファにとってはハテナだらけ。
だから、最近は、テスアの言葉で書かれた書物も読み始めている。
言葉の問題を解決する目的もあったが、テスアの文化に興味もあった。
元来、学ぶのは好きだったし、自己研鑽も苦にならない。
ロズウェルドとはまったく違う文化や風習に、ティファは好奇心旺盛さを発揮。
どうしてもわからない部分については、ルーファスに訊くことを許されていた。
セスは、当初、嫌がっていたが、粘り倒して許しを得たのだ。
渋々といった様子ではあったけれど、それはともかく。
(セスに訊くのは癪だしさ。なにより、国王に教わるばっかりするのもねえ……)
考えてみれば、不敬なことではある。
少しずつ落ち着いてきて、心に余裕ができてきた。
そうなると、国王に教えを乞うのは、どうにも居心地が悪かった。
必要な時にだけ手を貸してくれる、ルーファスのほうが気楽でいい。
その気があるかはともかく、ティファは、いわゆる「婚約者」だ。
とはいえ、今は、世話役という立場であり、本来は、出来て当然のことが出来ていないだけだった。
そう思うと、国王を顎で使っている気がして、気後れもするし。
「ティファ、そろそろ床に入るぞ」
慌てて、パパっと身支度を整える。
セスが湯に浸かったあとは、ティファの番なのだ。
常着や儀着よりも、寝巻は、ずっと簡単に着付けられる。
にもかかわらず、ぼさっとしながら着替えていたため、時間をかけてしまった。
「すぐに、まいりまする」
うむ、と自分の発音に、ティファはご満悦。
よく使う、いくつかの言葉は、発音にも自信が持てるようになっている。
もっとも、本当に「いくつか」でしかなく、セスとの会話では、相変わらずだ。
戸を開いて寝所に入った。
共寝にも慣れてき始めている。
セスが、あれ以来、迫って来ようとはしないからだ。
本当に、ただ一緒に眠るだけなので、安心していた。
そういうところでも、悪いばかりの人ではない、と思う。
理不尽な割に、約束は守ってくれているからだ。
そこに安心しているからなのか、羊を数えなくても、眠れていた。
「どうなさりましゃ……?」
「火だ」
「火?」
セスが、寝所の奥にある窓を開いている。
そこから、国が見渡せるようになっていた。
隣に並び、外を見てみる。
「火事にござりょ?」
セスは、返事をしない。
遠くで赤く立ち上がっている火を、じっと見つめていた。
なにか気にかかることがあるようだ。
「ティファ、ちと出て来る。お前は、ここにおれ」
どうやら様子を見て来るらしい。
へえ、と思った。
国王自ら、出向くなど聞いたことがない。
普通は、部下たちに行かせ、報告だけを受ける。
「俺が戻るまで、けして戸を開くでないぞ。誰も入れてはならぬ。よいな?」
国王の寝室に、勝手に入って来る者はいないだろう。
けれど、誰かが火事について報告に来る可能性はある。
そういう場合でも、戸を開くな、ということかもしれない。
思って、ティファは、こくりとうなずいた。




