勝手に過ぎるでしょう 1
ジークは、キースとともに、リドレイ伯爵家の屋敷に来ている。
とはいえ、当主棟ではなく、別棟だ。
そもそも、リドレイは多産の家系であり、身内が多い。
「そりゃあ、どーいうコトなんだよ? リーヴ」
目つきを険しくして、この別棟の主を睨む。
ここは当主棟に比べると、格段に狭い。
ホールなどはなく、客用の居間があるだけだった。
そこに、4人。
ジーク以外は、ソファとイスに分かれて座っている。
キースはイスに、リドレイの2人はソファ。
2人は、ほとんどそっくりな双子の兄妹だ。
赤毛で、銀色を暗くしたような色の瞳は、共通している。
が、妹は、その目の上に、黒縁眼鏡をかけていた。
兄リーヴァイ・リドレイと、妹クレアクラーラ・リドレイ。
2人は、ティファより2つ年上の18歳だ。
この別棟は、2人が住居としている。
元々、2人の祖父グレイストン・リドレイはローエルハイドの執事だった。
勘当の身の上であったが、グレイストンの息子の代で、勘当が解かれている。
グレイストン自身は、勘当が解かれるのを、頑なに拒否し、リドレイ伯爵家には戻らなかったのだ。
グレイストンと、メイド長でもあった妻サリンダジェシカは、ジークの面倒も、よく見てくれた。
その関係もあり、彼らの息子が伯爵家に戻ってからも、つきあいをしている。
さらに、孫の代になっているが、つきあいは切れていない。
リドレイ伯爵家自体というより、グレイストンの家系をジークは信用していた。
だからこそ、ティファに偽りの身分を貸してくれるよう頼んでいたのだ。
なにしろ、ローエルハイドは目立つので。
ローエルハイドというだけで、畏れられたりもする。
そのため、ティファにも、学校行きを許した際、ティファナ・リドレイを名乗らせたのだ。
己の名が、どれほど影響力があるものかを悪い意味で知り、傷つくことになるのではと、ジークは心配した。
学校通いをするまで、ティファを領地から出したことがなかったからだ。
朝は、点門を使い、ローエルハイドの屋敷からリドレイ伯爵家に移動。
伯爵家から学校に通い、伯爵家に戻ったら、再び、点門でローエルハイドの領地にある屋敷に戻る。
それが、通学における、魔術の使えないティファの日課だった。
「あの日のお茶会で、揉め事があったのよ、ジークおじさま」
「テレンスの野郎は、あれから何度もウチに来てて、追い返すのに苦労してるよ」
「うっとうしい人よね、テレンスって。私は、嫌いだわ」
「でも、ティファが孤立するよりマシかって思って、我慢してたんだけどな」
2人も顔をしかめながら、その日に、なにがあったかを話す。
キースはイスに座っていながらも、腕組みをし、大きく足を開いていた。
とても横柄な座りかただが、本人は少しも気にしていない。
そういうところも、父親譲りなのだ。
人から、どう見られるかになどおかまいなし。
「つまり、テレンス・アドルーリットが、エセ騎士道精神を振り回したのだな」
「そういうことだね、宰相キース」
「女の子を叩いておいて、騎士道精神なんて笑っちゃうわ」
クレアクラーラのほうが、リーヴァイより、腹に据えかねているらしい。
さりとて、ジークは、それどころではなかった。
怒りで体が震えている。
「オレの娘を殴っただと? ただじゃおかねえ! 今すぐ、ぶっ殺してやる!」
「ジーク。やめておけ。そのようなことをしても、ティファは戻らん」
「ンなことは、わかってんだよ! けどな! オレの娘に手を上げといて、なにもせずに、すませられるわけねーだろ! 叩いたんぞ、このオレの娘を!!」
キースの言うように、テレンスを殺したところで、ティファは戻らない。
わかっていても、はらわたが煮えくり返る。
なにしろ、それが「きっかけ」で、ティファは「事故」に巻き込まれたのだ。
あげく、すでに十日も経つのに行方知れず。
「ジークおじさんに火をつけるつもりはないけどさ。あいつ、呑気にケーキなんか持ってきてるんだもんな。呆れるよ」
「自分がなにしたか、わかってないのよね。アドルーリットの男って、どうして、あんなに見栄っ張りばかりなのかしら」
2人の話に、いよいよ怒りが募ってくる。
ジークは、今にも、アドルーリットの屋敷に転移したくなった。
そのジークを、冷静な声が止める。
キースだ。
「2人とも、それくらいにしておけ。ジークもだ。女系とはいえアドルーリットは王族の血筋でもある。俺としては、殺してもいいと思うが、殺すとあとが面倒だ。民からも非難されるだろうし、そうなるとアドラントの領民が困る」
それを言われると、ジークも黙るよりほかなかった。
アドラントは、亡き妻の生まれ故郷だ。
妻にも、アドラントを守ると約束している。
妻は、領民を大事にしていたのだ。
「ところで、ソルは、どうしてんのさ?」
「こんな大事な時に、姿を見せないなんて」
ジークは、渋い顔をする。
妻のことを思い出し、少し気分が落ち着いていた。
「あいつは、自分で探すんだってよ。連絡もしてきやしねえ」
2人が、顔を見合わせている。
キースは、溜め息をついていた。
ソルに関してだけは、ジークも手綱が取れないのだ。
おそらく、どんな手を使ってでも、ティファを見つける気でいる。
「ソルは、放っておくしかあるまい。無茶をせねばよいがな」
「どうだろうな。戦争にでもなったら、よろしく頼むぜ、宰相キース」
「わかっている。その時は、どうとでも口実を作るとしよう」
「うわぁ。恐いなぁ、この2人。なぁ、クレア?」
「違うわよ、リーヴ。2人じゃなくて、4人でしょ」
不意に、双子が、ぴたりと会話をやめた。
キース以外の3人は魔術師だ。
ジークが魔術を使っていることに気づいている。
キースは魔術師ではないが、その気配を察しているのだろう。
即言葉での連絡に、ジークは応じており、すでに会話を始めている。
即言葉は、特定の相手と会話のできる魔術で、ほかの者には聞こえない。
(いや、それは駄目だ、トマス)
(どうして?! ティファのことは、ボクらだって心配しているんだよ?!)
(それは、わかってるんだ。でもな、国王が、私心で王宮魔術師を使うなんざ……わかるよな?)
現国王トマス・ガルベリーは、ジークの幼馴染みだった。
ほぼ同時期に産まれており、どんな遊びをするにも一緒だったのだ。
そして、正妃はジークの妹シンシアティニーだ。
ティファは、シンシアティニーの姪であり、心配していないはずがない。
(ティアも心配している……なにか手掛かりはあったのか?)
(キースが言うには、交流のある国にはいなさそうだってことだ)
(キースが言うなら、それは間違いないな。だとすると……)
この十日余り、ジークたちも、あらゆる手を尽くしていた。
キースは外交を通じて、ほかの3人は姿を隠し、他国を探し回っていたのだ。
すでに国内は探し尽くしていたので。
(ああ。たぶん、北方のどこか。あの辺りとロズウェルドは交流がない)
(北方……厄介だな。北方諸国は、ロズウェルドを敵視している)
ロズウェルドは、他国に関心がなかった。
相手国から弓を引いて来なければ、相手をする気など、まったくない。
が、北方諸国は、いつまで経っても、ロズウェルドを脅威と見做している。
(それでも、もう探すトコが、あの辺りしかねーんだ)
(わかってるさ、ジーク。なにかあったら、ボクがなんとかするよ)
(お前らに迷惑かけなくてすむように……まぁ、努力はするサ)
(らしくないな。ジークが大人な発言をするなんて、人って成長するんだね)
(言ってろ、オレがオトナになったって証明してやるから)
本当は、体が爆発しそうなほどの怒りと恐怖をジークは身の裡にかかえていた。
ただ、幼馴染みとの会話に、心の拠り所のようなものを感じる。
自分に、父のような、世界を破滅させる力がなかったことに安堵したほどには。
(トマス……ありがとな)
言って、ジークは即言葉を切った。




