唖然茫然 3
廊下に出れば、わかる。
セスの言葉の通りだった。
廊下に出て、ティファは、ぎょっとしたのだ。
広い板敷の廊下の両端に、男性がずらり。
全員、両手を床につけ、深々と平伏。
それが「目通りの間」まで続いていた。
というより、そちらに向かって人が並んでいたので、行くべき方向がわかった、というべきだろう。
壮観と言えば、壮観な眺めだったが、気後れもしたのだ。
(まぁ、そうなんだけど、セスって国王なんだよね。ああいうの見ると、そうかぁって実感しちゃったよ……私、めちゃくちゃ悪態ついてたケド……)
ここだって、そうだった。
広い板敷の大広間には、セス以外に、ルーファスと4人の部下しかいない。
その静けさに、厳かというか、厳粛な空気を感じる。
ロズウェルドでいう「謁見室」のようなものらしかった。
そこに、くすんだ銀色の長い髪の女性が、しずしずと入ってくる。
正面に置かれた、クッションっぽいもののほうに向かって歩いていた。
クッションにしては、厚みがないが、そこに座るのだろう。
が、ティファの予想は裏切られる。
そのクッションっぽいものの後ろに、女性は座ったのだ。
そして、クッションっぽいものを、横へとずらせて置き直す。
そうしておいてから、改めて、体を前へと寄せた。
(はぁ~……座る時って、ああいうふうにするんだ……なんか面倒くさい……)
ロズウェルドでは、座るといえば、イスかソファだった。
断ることもあるが、断れば、当然に「座らない」のだ。
座るけれど、イスやソファを横にずらせたりはしない。
(うーん……立場が上の人とは、正面からの視線を避けて、斜め向かいに座ることがあるけど、そういう感じかな?)
セスより立場が上の者はいないが、一応は、覚えておこうと思う。
ロズウェルドに帰れるかどうか、現状、定かではないからだ。
帰ることができるとしても、すぐに、というわけにはいかないだろう。
だとすると、テスアの文化を学んでおく必要はある。
変な思い違いをして、自ら穴に落っこちないためにも。
座る前から、女性はうつむき加減だったが、座ったあとは平伏していた。
自分が声をかけるべきなのだろうか。
迷っている間に、あの側近らしき男性が声をかけていた。
「面を上げてよい」
女性が顔を上げる。
驚くほどの美人だ。
髪と同じ色の大きな瞳には、清楚さとともに、どこか艶めいたものを感じる。
細く形のいい顎から卵のような輪郭に、赤い唇と小さくて高い鼻。
ロズウェルドならば、貴族子息が、こぞってダンスに誘うに違いない。
(メイヴェリンドも美人だけど、派手だもん。それに比べると、頼りなげな感じで趣があるわぁ……セス、よくあんなに冷たくあしらえたもんだね……)
人を呼んで叩き出す、とまで言っていたセスの言葉を思い出す。
今頃、後悔しているのでは、と思い、ちらりと視線を投げてみた。
が、セスは知らん顔をしている。
まるで関心がなさそうだ。
というより、さっきからずっと、ティファの手を、にぎにぎしている。
ほかのことには興味がないとでもいうように。
「本日の用向きを話せ」
言いかたからすると、あの「ルーなんとか」という側近のほうが、女性よりも、主導権を持っているようだ。
話さずにすんだことで、ティファは、少し肩から力が抜けるのを感じた。
ここでは、テスアの言葉を使わなければならない。
が、ティファは、まともに発音できないのだ。
人前で恥をかきたいはずもなし。
「昨夜、寝所役を廃されたことについてにござりまする」
「それについては、すでに発布しておろう」
「むろん、存じてはおりまする。ですが、妾が1人なぞということは、これまでにござりませぬことゆえ、いかなるお心か知りたく、お目通りをお願いした次第」
(つまり、納得できないってことだよね。そりゃそうだよ。いきなり取りやめって言われても、なんで?ってなるに決まってるじゃん)
少し色合いは違っていても、テスアの寝所役は、ロズウェルドの王太子が行う「正妃選びの儀」に似ている。
王太子は、正妃候補を並ばせ、その中から、正妃や側室を選ぶのだ。
前の国王も現国王も、側室は迎えていない。
が、それ以前には側室もいたらしいと聞いている。
要は、その「正妃選びの儀」自体を取りやめたに等しいのだ、たぶん。
ティファは、複雑な心境になっていた。
こうなったのは、自分のせいでもあるからだ。
知らなかったとはいえ、よけいなことを言ってしまった。
セスは「お前の望みを叶えた」と言っている。
ティファが「大勢は嫌だ」などと言っていなければ、避けられた事態なのだ。
誰も声を発しないものの、変な空気が漂っていた。
ルーなんとかという側近以外の、部下らしき男性たちは、落ち着かなげに、体をもぞもぞさせている。
さっきは、顔を上げたとたん、目を真ん丸にしていたし。
(私が異国の者だから、かな? ていうか、なんで誰もなんにも言わないの?)
イフなんとかという女性は、寝所役をとりやめた理由というか、セスの気持ちを知りたがっていた。
なのに、その問いに、誰も答えようとしない。
ルーなんとか、も黙っている。
が、そのルーなんとか、と目が合った。
(え……? まさか、私? 私が答えるの? マジで?!)
そういえば、セスは「直接、部下とは話さない」と言っていた。
ような気がする。
(原因を作った私が、その原因を話す……って、無理過ぎる! どこからどう説明すればいいのか、わかんないし、だいたい言葉がさぁ……話せる気がしない……)
この拙い言葉で説明するには無理がある。
できるだけ単語のみで乗り切ろうと思っていたくらいなのだ。
長い会話なんてできるわけがない。
さりとて、無言を通すこともできなかった。
「セ……陛下は、妾1人」
セス、と言いかけて、陛下に切り替えられただけでも、自分を褒めたくなる。
必要最小限の「理由」を言葉にすることもできた。
昨日、ティファだって提案したのだ。
妾を複数にすることとか、寝所役を復活させることとか。
けれど、セスは、そのどちらも、すげなく却下している。
つまり、セスの中では、すでに結論が出ている、ということ。
(私が、大勢は嫌だって言ったから、なんて、絶対に言えないよ……でも、セス、なに言っても聞かなさそうだったし……マジ、ヤバいんだケド……)
思い違いをした自分を激しく悔やむ。
うなだれたくなっていたところで、不意に、ちく…としたものに気づいた。
イフなんとかという女性が、ティファを見ている。
ものすごく冷たく、そして、刺すような視線で、だ。
「陛下の妾は、己1人でいいと? 身の程知らずにもほどがある。異国の女風情が、勝手に、陛下のご寝所に潜り込むとは、この恥知ら……」
だんっ!!
ひょっ?!っと、思わず声をあげそうになる。
寝転がっていたはずのセスが、いつの間にか立ち上がっていたのだ。
ばばばっと、ティファ以外の者が、いっせいに平伏する。
それも無視して、セスは席を降り、女性の元に歩いて行った。
「貴様、どの立場で、物を言うておる」
背筋が、ぞくっとするほど冷たい声だ。
ティファに凄んでいる時ですら、ここまでのものではなかった。
女性の正面に立っているため、セスの背中しか、ティファには見えない。
なのに、冷たさだけでなく、情のなさのようなものを感じる。
「ティファは俺の妾ぞ? 俺の理を軽ろんじるか。応えよ、イファーヴ」
淡々とした口調の中に、殺意じみた響きが、あった。




