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唖然茫然 2

 ティファの意地を張る様子に、セスは呆れている。

 大人しく「口伝役」だけは許してくれと、言えばいいのだ。

 実際、セスも、そこまでは望んでいなかったのだし。

 

(できなければ、ルーファスにやらせる、と言おうとしたのだがな。まぁ、本人がやると言うなら、好きにさせるか)

 

 そう伝える前に、ティファが、自分でやる、と言った。

 本当に、おかしな女だ、と思う。

 思うと、じいっと見てしまうのだ。

 そうすると、ティファも、じいっと見返してくる。

 その様子に、笑いそうになる、といったことを繰り返していた。

 

「聞いていなかったが、お前、歳はいくつだ」

「16歳になりましゃば……」

「ふぅん。存外、年相応だな」

 

 とたん、ティファが、ムっとした顔をする。

 きっと「存外」が気に入らなかったに違いない。

 

 感情の起伏は読めるし、なにを考えているのかも、だいたい察しがつく。

 なのに、どういう女なのかが、さっぱりわからない。

 強気でもあり臆病でもあり、男慣れしていないのに、セスの隣で、すやすや。

 

「セスは?」

「俺か? 俺は、お前が産まれた時には、12歳だった」

「てことは……えっと……」

 

 計算しているティファの姿を、ひと通り確認する。

 セスが着付けてやったので、問題はなさそうだ。

 なにかあっても、対処はできる。

 手間はかかるけれど、それはともかく。

 

「では、行くぞ」

「あ……私は、目通りの間を知りまし、知りまな……」

「廊下に出ればわかる」

 

 くいっと顎で、廊下に繋がる戸を示した。

 少し不安そうな表情を浮かべながらも、ティファが歩き出す。

 セスは、その後ろに続いた。

 ティファが、戸に手をかける。

 

「そうではない。こうするのが、作法だ」

 

 背中からティファを抱き込む形で、両手を取った。

 戸を開く際の所作を、身を以て教える。

 テスアには、様々な作法や所作があり、できなければ、周囲の者から、侮られる傾向があるのだ。

 

 セスとしては、すぐにできるようになれなくてもしかたがないと思ってはいる。

 少しずつ慣れていけばいいと、考えていた。

 ティファを村に帰す気など、露ほども持ち合わせていないからだ。

 セスの中で、ティファは、死ぬまでテスアにいることになっている。

 

 スッと戸を開き、ティファが先に廊下に出た。

 そこで、足を止めている。

 泥水色の髪を後ろから、セスは眺めていた。

 その頭を、軽く撫でる。

 

「どうした? 早く行け」

 

 ちらっと振り向き、ティファは、小さくうなずく。

 それから、歩き出した。

 板敷の廊下の両脇には、目通りの間まで、臣下が、ずらりと平伏している。

 セスには見慣れた光景だ。

 

 2人が歩いている間も、誰1人、顔を上げたりはしない。

 最重要職の大取(おおとり)であるルーファスですら、2人の時以外は、正面からセスの顔を見たりはしなかった。

 セスが許した者しか、顔を上げることも、見ることもできないのだ。

 

 目通りの間の戸の前には、臣下が2人。

 左右に並んでいて、戸を開く。

 開かれた先は、板敷の広い部屋となっていた。

 正面に、セスが座するための場所がある。

 床より、一段は高くなっていた。

 

(段につまずいて、転ばなければいいが)

 

 そうなったら支えなければと、セスは、ティファを注視しながら進む。

 幸い、つまずくことなく、上がることができた。

 そこで、ティファが、セスを見上げてくる。

 泥水色の瞳で。

 

 目で、先に座れと促した。

 そこには、横長の大きな布団に似た敷物が敷いてある。

 座る前に、本来は裾をさばくのだが、そこまでは教えていなかった。

 セスは、さりげなく後ろに周りつつ、裾をさばいてやる。

 

 ティファが座るのを見てから、室内を見回した。

 まだ誰も顔を上げていない。

 セスから見て、左にルーファスと、ほか4人の臣下が並んで座っている。

 セスだけで国を取り仕切ることはできないため、それぞれ役を振りあてていた。

 とはいえ、何事も決めるのはセスであり、決められたことを行うための役に過ぎない。

 

 セスは、裾を軽くさばき、座につく。

 といっても、実際には、座りはしない。

 ごろんと横になり、ティファの膝に頭を乗せた。

 

 なんとも複雑な表情で、ティファがセスを見下(みお)ろしてくる。

 手を、ちょいちょいと、上下に振ってみせた。

 ルーファスたちに頭を上げさせなければ、事が始まらないのだ。

 

「では、始め」

 

 少し笑ってしまいそうになる。

 昨日と今日でわかったことがあった。

 ティファは、テスアの言葉の語尾が苦手だということだ。

 発音が難しいらしい。

 

(短い単語ですませようというのだな。なるほど、賢いやりかただ)

 

 ルーファスが頭を上げ、それに(なら)って、ほかの者も頭を上げる。

 ティファを知らない4人が、ハッとした顔をした。

 それもそのはずだ。

 

(俺は、今まで、直に頭を置いたことはないからな)

 

 これまでもずっと膝役はいたものの、膝を肘置き代わりにしていただけだ。

 肘を置きはしても、頭をつけたことなどない。

 それを見て、臣下たちは驚いている。

 

(だが、これだけでは、ティファを侮る者もいるだろう)

 

 思って、セスは、ティファの右手を、自分の右手で軽く握った。

 ティファが、なにか言いたげにセスに視線を向けてきたが、無視する。

 これで、臣下や、これから訪れる者たちにも、いかにセスがティファを「寵愛」しているかが伝わるはずだ。

 いちいち「妾」のことを問い(ただ)されるのは面倒だったので、その手間を省いた。

 

「本日、最初に目通りを申し出て来たのは、昨晩の寝所役イファーヴです」

 

 ルーファスの言葉に、セスは顔をしかめそうになる。

 イファーヴは、叔父の娘、セスの従姉妹だ。

 上の2人の娘は、すでに寝所役から外していた。

 もとより、セスは叔父の娘を妻にする気などない。

 

(叔父上の諦めの悪さにも困ったものだ。大人しくしていればいいものを)

 

 叔父が権力欲の強い者だと知っている。

 だからこそ、姻戚関係など持ちたくはないのだ。

 それを理由に、好き勝手をするに決まっている。

 

 テスアでは、権威と権力は同一ではある。

 が、セスも含め、歴代の王のほとんどは、権威を優先させてきた。

 単純に、権力を振り回したりはしない。

 臣民からの信頼あってこその「王」なのだから。

 

「入る……許す……」

 

 ティファに、ルーファスがうなずく。

 昨夜、ティファを「妾」にすると、セスは言った。

 その後、寝所役を廃している。

 ルーファスは、ティファがどういった立場になったかを理解しているのだ。

 正しく、彼女を尊重している。

 

 臣下の1人が、セスの座から少し離れた正面位置に、正方形の敷物を置いた。

 そこが、目通りする者の座る場所となる。

 臣下が元の位置に下がったのを見とどけ、ルーファスが口を開いた。

 

「イファーヴ・クスタヴィオドッティル、入れ」

 

 セスが入ってきた戸は、すでに閉じられている。

 それとは別の、セスから見て右側にある戸が開かれた。

 入ってきた女を見て、溜め息をつきたくなる。

 

(わざわざ目通りを申し出てくるとはな。面倒な女は、嫌いだ)


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