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なんでもアリはナシでしょう 3

 寝所に戻り、戸を閉める。

 そこで、ティファの手を離した。

 すたすたと、1人で(とこ)に向かう。

 

 上掛けをはぐって、寝ころんだ。

 右肘をつき、手で頭を支える。

 半身を起こした状態で、ティファに視線を向けた。

 

 ティファは、戸の前に立っている。

 狼狽(うろた)えているのが、丸分かりだ。

 視線を泳がせ、もじもじしている。

 とくに可愛いとは思わなかったけれど、それはともかく。

 

「あの……私……思い違いをしていました」

「思い違いとは?」

 

 なんとなく察してはいる。

 セスは、他国の文化を、まったく知らないわけではない。

 王族や貴族という身分制度、そこにまつわる婚姻についても、おおよそのことは把握していた。

 

 ティファは「妾」を「愛妾」だと思い違いをしていたのだろう。

 他国でいう「愛妾」と、テスアの「妾」とは、意味が違うのだ。

 愛妾という存在は、婚姻後に生じることが多いと聞く。

 主に、妻のいる男性が、別の女を自分のものとすることを指すらしい。

 

 が、テスアの「妾」は、真逆と言える。

 最良の妻を選ぶ過程で存在する女たちのことなのだ。

 

 そもそも、テスアは、一夫一妻制。

 

 側室だの愛妾だのといったものは存在しない。

 限られた国土で、人口を一定に保つためだった。

 子の数を制限してはいないが、複数の妻や夫を持つことでの人口増加は、防いでいるのだ。

 

 セスにしても、選ぶ過程で寝屋をともにする女は多いものの、妻は1人。

 そして、妻に迎えたが最後、引き返すことはできないのだ。

 テスアには、婚姻を解消するという概念がなかった。

 

 だからこそ、寝所役がいたと言える。

 複数の妾と、それなりの時間を過ごすのも、同じ理由だ。

 1人しか妻を迎えられないのだから、慎重にならざるを得ない。

 

「えっと……その……セスは……もう何人か妾を迎えたほうが……」

 

 ぽそぽそと、ティファは、ひどく言いにくそうに言葉を落としている。

 自身の中にあった「思い違い」を正した結果に違いない。

 セスは、ティファの提案を鼻で笑い飛ばした。

 

「今さら、なにを言う。お前が望んだのではないか」

「そ、それは……知らなかったのです。それに、私1人にしてくれとは……」

「言ったも同然だ。お前は、大勢の中の1人になるのは嫌だと明言している」

「ですが……」

「お前が、外に出るだの死ぬだのと強情を張らなければ、こうはならなかった」

 

 ティファも、迂闊だったと反省しているようだ。

 肩を落とし、しょんぼりしている。

 他国の文化を理解することなく、己の「常識」で判断したことを悔やんでいるに違いない。

 

「今一度、寝所役を戻し……」

「そのようなことが、できるものか。すでに国中に、発布されている」

 

 下がった寝所役から、ルーファスは、話を聞いているはずだ。

 セスの言葉を、ルーファスが(ないがし)ろにすることなど有り得ない。

 この国の王であるセスが「寝所役は不要」とした。

 宮への立ち入りも禁じたのだから、早々に伝達しなければ、混乱が生じる。

 明日の寝所役が、すでに準備を整えていたはずなのだから。

 

 伝達が遅れ、明日また寝所役が訪れでもすれば、大事(おおごと)になる。

 セスの指図が、蔑ろにされたことになるからだ。

 よって、今晩中にも国中が知ることになる。

 いや、すでに知れ渡っていると考えるのが妥当だろう。

 

「ですが、セスは国王です。どうにか……」

 

 キロッと、ティファに冷たい視線を投げた。

 ティファは、戸の前で立ち尽くしている。

 両手を胸の前で握り締めていた。

 

「ふざけたことを言うな。今日、決めたことを、翌日には覆す王が、どこにいる。そのような王で、臣民からの信頼を得られると思うのか?」

 

 ティファが、ようやく口をつぐんだ。

 己のしくじりが、予想より遥かに大きなものであったことに気づいている。

 ティファは頭がいい女なので、セスの言葉を理解したとみていい。

 

「ひとまず、こちらに来い。そこに立っていられては、俺が休めないのだぞ」

 

 ぽんぽんと、自分の隣を叩いてみせた。

 逡巡しているのか、ティファは視線を泳がせている。

 が、やがて、すごすごといったふうに、床に近づいてくる。

 自ら近寄ってきただけでも、今夜は(よし)とした。

 

「入れ」

 

 うなだれつつ、ティファが、セスの隣に横になる。

 それを見てから、上掛けをかけた。

 仰向けになっているティファの体から、緊張があふれ出している。

 たかが隣で横になっているだけなのに、と呆れた。

 

「お前は、俺の妾だ。ただ1人のな」

「う……」

「寝所役から妾を複数選び、その中から最も心身の相性が良い女を妻とするのが、テスアの風習だったのだ」

「うう……」

 

 知らなかったのだからしかたがない、という、ティファの心の声が聞こえる。

 そういうつもりではなかった、という声も聞こえた。

 察していても、セスは無視する。

 

 もとより、ティファは「遊び女」については訊いてきたが「寝所役」のことは、訊かなかった。

 他国にいるのだから、風習や文化が違うのはあたり前。

 己の物差しだけで物事を測ろうとしたのが間違いだったのだ。

 

 それに、今、ティファが、どう思っていようが、どうでもよかった。

 すでに、決めたことだ。

 覆す気もない。

 ならば、今後、ティファを納得させれば、それですむ。

 

「世話役とは、どういうものですか?」

 

 恐る恐るという感じで、ティファが訊いてきた。

 同じ失敗はしたくないらしい。

 きちんと内容を把握する必要を感じているのだろう。

 その姿勢に、セスは満足する。

 

 そう、それが正しい振る舞いなのだ。

 これからテスアで暮らしていく者の態度として。

 

「言葉通り、俺の世話をする役だな」

「具体的には?」

「すべてだ」

「すべて……?」

「なにから、なにまで、すべてだ」

 

 セスは、ティファを、見つめる。

 もう何度となく見ていた。

 やはり不器量だと思う。

 なのに、手を伸ばしたくなるのが、不思議だった。

 

「膝役、箸役、召し替え役、湯殿役、共寝(ともね)役、控役、口伝(くでん)役というところか」

「知らないものばかりです」

「明日から、きっちり仕込んでやる。俺がな」

 

 セスは、肘を崩し、その腕でティファを抱き寄せる。

 泥水色の髪を撫で、無意識に、わずかな微笑みを浮かべた。

 

「まずは、ひとつ。こうして、一緒に眠るだけの役。それが、共寝役だ」

「……羊を数えなければ、眠れそうにありません」

「羊? なぜ、羊など数える?」

「わかりませんが、眠れない時は、羊を数えるという風習があります」

「では、俺も眠れるよう、声に出して数えろ」

 

 ちょっと嫌な顔をされる。

 が、しばらくは大人しくする気にでもなったのか、ティファは目を閉じた。

 そして、羊を数え始める。

 が、しかし。

 

「まだ12匹までしか数えていないのに、お前、眠ってしまったのか」

 

 眠れないと言っていたくせに、ティファは、すやすやしていた。

 その寝顔に、セスは、小さく声をあげて笑う。


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