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なんでもアリはナシでしょう 2

 信じられない。

 有り得ない。

 

 セスは、下着まで脱げと言っている。

 ティファには「寝所役」と「世話役」の区別もついていないのだ。

 全裸なんかになったら、なにをされるかわからないと思っている。

 そもそも「妾」と言われているし。

 

(脱がないって言ったら、また脱がそうとしてくるよね……この変態が!)

 

 ちらっと肩越しに振り向いてみる。

 すぐさま、顔を戻した。

 セスは腕組みをして、ティファを見ていた。

 視線が尖っている気がして、いたたまれない。

 

(どうせ、セスは見慣れてるんだろうし……それに、貧相だって言ってたしね!)

 

 ドレスを脱いだ時も、やけくそだったが、さらに、やけくそになる。

 心の中で、セスを罵りながら、下着も脱いだ。

 するんと、なにかが肩にふれた。

 

「わ…………」

 

 反射的に目を閉じ、体をぎゅっと縮こまらせる。

 そのティファの耳に、淡々としたセスの声が聞こえてきた。

 押し倒されたりもしていないことに気づく。

 

「これから着付けを教える。1度きりゆえ、しかと覚えよ」

 

 そろ…と、目を開いた。

 肩に、薄い布がかけられている。

 セスが着ているのと同じ「ガウンっぽい」服のようだった。

 同じく、色は白。

 

「これは、寝巻という。ここに袖を通せ」

 

 右、左と、両手を袖らしきところに通す。

 瞬間、ふわっとなった。

 ドレスとは違い、袖は幅広で、窮屈さがまったくない。

 かと言って、すかすかした感じもしないのだ。

 

(なにこれ……すごい肌触りいい! 軽くて、なのに、なんかしっとりしてる!)

 

 シルクに似た肌触りではある。

 が、それよりも「しっとり」した感じがして、とても心地いい。

 体から力が抜け、思わず、ほわぁとしてしまうほどだ。

 ロズウェルドでの寝間着も、窮屈さはなかったが、ここまで肌触りがいいものはなかった。

 

「ここを……おい、聞いておるか?」

「あ、はい……聞いています」

「あのような窮屈な服より、着心地がよかろう」

 

 言われてやっと、ティファは、気づいた。

 そして「なんだ」と思う。

 セスは、着替えをさせようとしていただけなのだ。

 テスアの服の着かたを知らないティファに教えるつもりでもあったのだろう。

 

(うっわ……恥ずかしい……てっきり、私の裸を見るつもりだと思っちゃったよ)

 

「ここを押さえて、こちらをかぶせて……ここを押さえ直せ」

 

 言われるがままに「寝巻」の腰のあたりを押さえる。

 着かたは、見た目と同じくガウンと似ていた。

 けれど、ガウンのように生地が分厚くないため、きちきちと押さえて着る必要がありそうだった。

 

「これが腰紐だ。片手で持て。こちらの手で後ろに回し……」

 

 案外、ちゃんと教えてくれるのだな、と思う。

 これなら、自分1人でも着られそうだ。

 腰紐で、腰を縛って終わりらしい。

 

「これは、蝶々結びという」

「確かに、もっと横に開いていれば、ボウタイと似た形になります」

 

 男性用の貴族服にも、正装や夜会服、タキシードと、いくつかの種類がある。

 その首元に、ボウタイやアスコットタイをつけるのだ。

 ボウタイは形が「蝶々」に似ているものほど正式なものとされている。

 

 が、ボウタイとは違い、紐なので、蝶々の羽とされる部分が横ではなく、下へと垂れていた。

 それでも、言われてみれば「蝶々」の形と言えなくもない。

 結びかたが違うのに、呼び名が似通っているのが、不思議に思える。

 

「これの利を教えてやろう」

 

 言うなり、セスが、しゅっと紐をほどいた。

 一瞬で、寝巻がはだける。

 ティファは、慌てて胸元をかき抱いた。

 振り向いて、セスを、ギッと睨んだが、平然と受け流される。

 

「それ。もう1度、己で合わせからやってみよ」

 

 セスは、蝶々結びの「利」と言ったが、ティファからすると逆。

 あっけなくほどかれてしまうのは、最大の不利となるはずだ。

 ぎゅうぎゅうに固く結んでしまいたいが、セスに、覚えていないと思われるのも癪だった。

 黙って、そそくさと「寝巻」を着付ける。

 

 振り向いて、あれ?と思った。

 無自覚に、セスのほうに手を伸ばす。

 そして、襟元を、さすりさすり。

 

「これは、男女の区別がないようです」

「我が地では、性の別に、さしてこだわっておらぬのだ」

 

 へえ、と、なんだか感心した。

 テスアには、ドレスやタキシードというような、男女で身につけるものの区別がないらしい。

 そういう考えかたが新鮮でもあり、合理的だとも思う。

 

 向き合った状態で、セスの「寝巻」を観察。

 ティファより、ずっと胸元がはだけていた。

 男性は、女性より着付けがゆるいのかもしれない。

 セスを見ていると、テスアでは、男性が肌を見られることに、頓着しないように感じられる。

 

「あ! ですが、襟の合わせかたは、逆になっています」

「美麗な男、精悍な女もおろう? 見分けがつくようにはせねばな。と言うても、こだわりはないゆえ、みな、着たいように着ておる」

 

 ロズウェルドでは、男性はこうあるべき、女性はこうすべきという意識が強い。

 とくに、女性は「婚姻」が最重要視される傾向にある。

 ティファが「変わり者」なのは、婚姻などとは無関係に、勉強に励んでいるからでもあった。

 貴族令嬢らに陰口を叩かれることに、どれだけ辟易していたことか。

 

 けれど、テスアでは、男女での「こうあるべき」とのこだわりも薄いようだ。

 なにやら、ますます、感心してしまった。

 と、同時に思い出す。

 

(さっきアソビメは女とは限らないみたいなこと、言ってなかったっけ?)

 

 『体の欲を満たす役をしておる女をいう。ああ、いや、中には男もおる』

 

 ちろっと、セスを見上げた。

 もしかすると、もしかする。

 

「なんだ?」

「セスは、男性とも関係を持ちますか?」

 

 とたん、ものすごく呆れた顔をされた。

 ふう…と溜め息もつかれる。

 

「寝所役に、男はおらん。だいたい女の順も終わっておらぬのに、男に役が回ってくるはずがなかろう」

「では、もし……役が回ってきたら、お相手しますか?」

「それはなかろうな」

「なぜです?」

「男では役割が果たせぬ」

 

 役割が果たせない、という意味がわからない。

 セスが、ティファの手を掴んできた。

 そのまま、歩き出す。

 手を引かれているので、ティファもついて歩いた。

 

「寝所役とは、そもそも妾を定めるためにおる。妾は、俺の妻となる者ぞ。妻には子を産んでもらわねばならん。俺を好いておる民であっても、男では子は産めぬ。それゆえ、役割が果たせぬと言うたのだ」

「あの……アソビメは、体の欲を満たす役ではないのですか?」

「遊び女と寝所役とでは果たす役が異なる。俺は、遊び女と寝屋をともにはせぬ」

 

 え、そうなの?

 

 ティファは、ここに至って、自分の大きな思い違いに気づきはじめていた。

 ロズウェルドでは、正妻がいる、もしくは正妻を迎える予定のある男性が囲う、妻や側室とは別の女性のことを「愛妾」という。

 が、テスアでの「妾」は。

 

(え、嘘……待って……てことは……)

 

「セスは、婚姻していないのですかっ?!」

 

 セスが、目を、すうっと細める。

 心臓が、ひどく嫌な音を立てていた。

 

「であればこそ、寝所役がおったのであろうが」


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