なんでもアリはナシでしょう 1
ティファが腕の中で固まっている。
理由はわからないが、それはともかく。
(召し替え部屋は、確かドレスルームというのだったか)
セスは、ロズウェルドの言葉を、ある程度は「普通」に話せた。
テスアには、各国の言語を学んできた者たちがいる。
有事の際のために、数年に1度は、各地に人を送っているからだ。
中にはロズウェルドの言葉を学んできた者もいた。
その者から、セスはロズウェルドの言葉を教わっている。
ティファの場合、かなり訛があるようだったが、標準的なロズウェルドの言葉が通じないことはないだろう。
テスアの言葉ですら、理解しているのだ。
最も近隣のロズウェルドの言語を理解していないはずがない。
おそらく、ティファが北方の言葉を使うより、セスがロズウェルドの言葉で話すほうが、より意思の疎通は可能だ。
が、使う気はなかった。
どれだけ意思の疎通が困難だろうが、ティファに、テスアの言葉を覚えさせると決めている。
なぜなら。
ティファを帰すつもりがないからだ。
まだ宮からは出していないため、ティファはテスアの内情を知らずにいる。
とはいえ、これからは、そうもいかない。
いかなくなった。
ティファは、今後、内情を知ることになる。
そうなると、帰すことはできないのだ。
雪嵐に囲まれている極寒の地が、実は、温暖で、実りのある国だと知られれば、どこの国も放ってはおかない。
ティファを帰すということは、争いの種を、自ら撒くようなものだった。
セスは、寝所の隣にある召し替え部屋に続く横開きの戸を、足先で開く。
行儀が悪いことではあるが、両腕はふさがっているし、誰がいるわけでもない。
気を遣う必要はなかった。
もとより、人がいようが、気なんて遣う必要のない立場ではあるけれども。
室内に入ってから、ティファを降ろす。
立たせたティファの姿を、上から下まで、眺め回した。
最初に見た時と、さして判断は変わらない。
地味で目立たない貧相なドレス。
テスアにも、資料のひとつとして商人から買ったドレスが、保管されている。
それらは、高級品であったため、素材からして違うのが、わかった。
手触りも、それほど良くなさそうだ。
(あまり爵位の高い貴族ではないな。ただ、この服装からすると、貴族であるのも間違いはない。地味で粗末なものとはいえ、民の着る服とは違う)
ティファは、それほど裕福ではないのだろう。
それにしては「学び過ぎている」という気がした。
鎖ざされており、どこの国とも国交のないテスアの言葉を、わざわざ学ぶのは、さぞ大変だったに違いない。
商人でさえ、テスアの言葉を理解できる者は片手で足りるほどしかいないのだ。
(どうせ帰さないのだから、考えることもないか)
セスは、パッと気持ちを切り替える。
自分の前に立ち、少し心もとなげにしているティファに言った。
平然と、至極あたり前に、あっさりと。
「服を脱げ」
「は……?」
「服を脱げと言った」
なにを思ったのかは簡単に察しがつくが、面白いので放っておく。
ティファは身を守るがごとく、襟元を、ぎゅっと握り締めていた。
その姿を見ながら、腕組みをする。
わざと、ニヤリと笑ってみせた。
「そういうことか」
「なにがですか?」
ティファは、頭はいいのだが、世慣れていない。
人を出し抜いたり、絡めとったりするような真似はしたこともないのだろう。
思考は正しくても、裏をかくということを知らずにいる。
算盤の弾けない女なのだ。
「俺に脱がせてほしくて、故意に時間をかけているのだな」
「そ……っ……そんなわけないじゃんッ! ヘンタイ!!」
また、わけのわからない言葉が出た。
ティファが意味不明な言葉をわめき散らすのは、たいてい、セスが性的なことを口にした時だ。
男女の関係に慣れていないと、自ら口を割っているも同然。
「そうか。そういうことなら、俺が脱がせてやろう」
「違うって言ってるじゃんかっ! このドスケベッ!」
「俺に、お前の村の言葉は、わからんぞ」
わめくティファを無視して、セスは、すたっと足を踏み出す。
ティファが、目に見えて、びくっとして、体を引いた。
(そんなドレスでは寝られないだろうに……まったく手間のかかる女だ)
セスも、世話を焼く気など、毛頭ない。
隣にドレス姿で寝転ばれると、自分も寝にくいのだ。
ゆえに「世話が焼ける」というより「手間がかかる」と、思っている。
「わかりました! 自分で脱ぎます!」
「俺に脱がせてほしいと言う女も大勢いる。恥ずかしがることはない」
「私は、言っていません! お構いなく!」
セスは足を止め、腕組みのまま、ティファを眺めていた。
ものすごく不本意そうな顔をし、ティファが、くるっと体を返す。
手を後ろに伸ばし、留め具を外し始めた。
テスアの服とは違い、ドレスとは、脱ぎにくいものらしい。
背中に留め具など、セスからすると、面倒なだけに思える。
脱がすのだって、ひと苦労しそうだし。
「手を貸すか?」
「いりません」
強い調子で、ぴしゃんと言い、ティファが、バサバサとドレスを脱ぎ散らかす。
自棄といった様子だ。
肌は白いが、どうにも貧相な体つき。
ちゃんと食事をしているのだろうか、と思う。
(これからは、きちんと食べさせ、もう少し、コロっとさせるか)
ふむ…と、顎を手でさすった。
その手が止まる。
ティファの背中に向かって、話しかけた。
服を脱ぎ始めてから、いっさい、こちらを向かずにいるからだ。
「なにをしている? それも脱げ」
「は……? これは……その………し、下着です」
「肌着なのは知っている」
「え……? 知っていて脱げ、と……」
「そうだ」
ティファは、セスに背を向けていた。
見ているうちにも、首元から背中まで赤く染まっていく。
男の前で服を脱ぐことにも慣れていないのだ。
ふぅん、と、なぜか少し気分が良くなった。
(ソルとかいう男と、深い関係にはなっていない。やはり、相手にされなかったのだろう。俺のように、等しく女を可愛がれる男ばかりではないからな)
自分であれば、存分にティファを可愛がってやれる。
自信がある。
なにも己を足蹴にした男に義理立てをすることはない。
とはいえ、現状、ティファは頑なだ。
(雪嵐の中に出て行くと言う女だ。納得させず、事に及べば首をくくりかねない)
さっきまでは、本気で、強引にティファを組み敷くつもりでいた。
体を重ねてしまえば「妾」も悪いものではないとわかるはずだと思っていた。
が、勝敗のついたあと、3度目の勝負を、ティファは投げなかったのだ。
意志が強い、というだけではない。
(この女は、己にできる最大限のことをやろうとする)
たとえ、体を重ねたとしても納得感がなければ、逃げようとする。
下手をすれば、死にかねない。
死なれては後味が悪いので、セスは考えを少しだけ変えたのだ。
時間はあるのだから、焦る必要はなかった。
(逆に考えれば、納得しさえすれば、俺の傍を離れなくなるということだからな)




