そんなことってアリですか? 4
セスの言う通り、と思うのは癪だが、確かにまだ2回の勝負が残されている。
1回負けただけのことだ。
気を取り直して、集中する。
それでも、緊張から、体に力が入っていた。
負ければ終わり、あとがない。
逃げることもできないのだから、否応なく、体を差し出すはめになる。
こんな「初夜」は、絶対にごめんだ。
セスにも言ったが、ベッドをともにするなら、愛する人とでなければ、と思う。
貴族の中には、遊蕩を好む者も多かった。
けれど、ティファの近しい人たちは、ほとんどが愛し愛される関係を結び、婚姻しているのだ。
ティファにとって、婚姻とはそういうもの、という意識が強い。
(でも……次で負けたら……いや、弱気になってると負けるから!)
ティファは、必死で気持ちを奮い立たせた。
緊張に、全身がつつまれている。
余裕な顔をしているセスが、本当に憎たらしい。
とはいえ、すでに1勝しているので、余裕があるのは当然だ。
だいたい、勝負に負けたところで、セスは痛くも痒くもないだろう。
ちょっとした欲求不満をかかえることになるかもしれないけれど。
(なんか……それすらなさそうだし! 仮に、そうなったとしても、セスは寝所役復活させればすむだけだもんね! まったく困んないよね!)
切羽詰まっているティファとは、状況が違う。
絶対に負けるわけにはいかないティファと、負けてもかまわないセス。
精神的に、セスが圧倒的に有利なのだ。
無意識に、ティファの喉が上下する。
手に汗をかいていた。
焦ってはいけないと思うのに、動揺が抑え込めない。
心臓も、勝手に鼓動を速めている。
「いかがした? 臆しておるのか? ならば、勝負そのものを取りやめても……」
「やります。取りやめはしません」
「ならば、早ういたせ。夜も更けてきておる」
ふう…と息を吐き、気合いを入れ直した。
どの道、勝負を放棄する、との考えは、ティファにはないのだ。
ぎゅっと手を握り、口を開く。
「じゃんけん……ぽんっ!」
ティファの出した手と、セスの出した手が視界におさまっていた。
くら…と、眩暈がする。
「俺が石で、貴様は鋏。どういうことか、わかっておろうな?」
嫌というほどわかっていた。
わかりたくもないし、認めたくもないけれども。
ティファの負けだ。
3回勝負での2回の負け。
取り戻しはきかない。
3回目の「じゃんけん」はないのだ。
へた…と、両手が膝の上に、力なく落ちる。
がっくりと、うなだれた。
(もう……逃げ場ないよ……がっつり捕まえられてるし……)
セスは、ティファを膝に乗せたままだ。
腰に回された手も離れていない。
逃がす気はない、と言わんばかりだった。
「あと1度、勝負が残っておったか」
3回勝負で、2回連続の負け。
勝敗はついているのだから、3回目をする意味はない。
「3回勝負と言うたであろう?」
「やっても意味はありません」
「ならば、勝負はしまいでよいな?」
うぐ…と、言葉に詰まった。
勝敗は決まっている。
けれど、悔しい。
なにもできずに終わってしまうのは。
ティファは顔を上げて、セスを見た。
涼しい顔をして、余裕綽々で、嫌味なほどに恰好いい。
こういう状況でもなければ、少しは見惚れていたかもしれない、と思う。
(こんだけ理不尽な男でも……国王じゃなくても……ここがロズウェルドでも……セスは、モテまくりだっただろうな……なんか、それもムカつく……)
もしロズウェルドの夜会に、セスが現れたなら、大勢の貴族令嬢に囲まれるのは間違いない。
ダンスができるのかは知らないが、きっと堂々とした振る舞いで、軽くかわしていくだろう。
容易く想像できてしまうところが、憎たらしい。
「意味はありませんが、やります」
なんとしても、一矢報いたかった。
顔を上げ、ティファは、手を握り締める。
「いざ、勝負! じゃーんけん……ぽんっ」
出した、互いの手。
それを、じっと見つめた。
ぱぁあああと、気持ちが明るくなる。
「やった! 勝った! 最後は、私の勝ちー!」
ティファは紙で、セスは石だったのだ。
勝敗には関わらないけれど、嬉しかった。
全敗より、ずいぶんとマシだ。
が、唐突に、疑念がわく。
「まさか、わざと負けたのではないですか?」
「たわけたことを抜かす。さようなことを、なにゆえ俺がせねばならぬのか」
「それは……そうですね」
連続で2回も負け越していたので、つい疑ってしまった。
が、まさしく、セスには、わざと負ける理由がない。
「はなから、そうしておれば、勝てておったやもしれぬものを」
「そうして、とは……?」
「力の入れ過ぎが、貴様の出す手を読み易うしておったという話だ」
ティファは、きょとんと首をかしげる。
緊張と不安から、気負っていたのは自覚があった。
だとしても、読み易いと言われるほどだっただろうか。
そもそも、出す手は3種類あるのだ。
どれを出すかは、3分の1の確率になる。
「1度目は、気負い過ぎて、握った手を、そのまま出したろう。2度目は、さらに気負って、あえて出しにくい鋏の形を意識しておったな」
追い詰められた状況にもかかわらず、ティファは、感心していた。
セスは、とても頭がいいようだ。
洞察力にも優れている。
きちんと考えて勝負をしていた。
(それに比べて、私は……勝つことしか頭になくて、セスのこと見てなかった)
最後の勝負には勝ったけれど、それこそ偶然に過ぎないのだ。
たまたま出した手が良かった、というだけで、セスの手を読んだのではない。
「勝負においては、相手に手を読まれぬのが肝要。下手な小細工なぞするよりも、偶然が良い目を運ぶこともあろうよ」
しょんぼりしていたティファの頭を、セスがゆるく撫でてくる。
なんとなく、ティファは、セスの顔を見上げた。
「貴様に寝所役は、まだ、ちと荷が勝ち過ぎておるようだな。しばし世話役としてやるゆえ、まっとういたせ」
「え……?」
「勝負を捨てず、挑んだ褒美と思うておけ」
目をしばたたかせるティファに、セスが、ニッと笑う。
どうやら「初夜」からは逃れられたらしい。
「ぅわ……っ……」
ティファの体が、ふわっと浮いた。
セスに抱き上げられている。
びっくりしているティファに、セスが当然という顔で言った。
「まずは、召し替えだ」




