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そんなことってアリですか? 2

 ティファは、冷や汗だくだく状態だ。

 銀色の瞳には、まさに「本気」と書いてある。

 気がする。

 

 片手は掴まれたままだったので、反対の手で、セスの肩を押してみた。

 が、セスの体は、揺らぎもしない。

 ティファの腰も、腕で、がっちり固定されている。

 焦るティファだったが、頭に、ピンと閃いた。

 その閃きは、少々、いや、だいぶ不本意なものではあったが、それはともかく。

 

「ひとつ、お訊きしていいですか?」

「この期に及んで、まだ我を張るとは、どういう了見か?」

「ひとつだけです。どうしても、お訊きしたいのです」

 

 セスは、目を細め、不審そうにティファを見ている。

 不機嫌なのは間違いなさそうだったので、しかたなく、へらりと笑ってみせた。

 すると、ますます、セスが嫌そうな顔になる。

 大きく溜め息までつかれた。

 

「ひとつならば許す。申せ」

 

 気分が変わらないうちにと、ティファは、慣れない北方の言葉で訊いてみる。

 この理不尽な国王に、理屈が通じるのかは、ともかく。

 

「セスは、私と抱き合いたいのですか?」

 

 怪訝そうな顔をするセスに、さらに問う。

 本当は口にしたくなかったことなので、顔が引き攣っていた。

 

「セスが言ったことです。私のような不器量な女の相手をしたがる者はいないと、言いました。それなら、無理して、私と抱き合わなくていいと思います」

 

 屈辱。

 

 わざわざ「不器量」とか「相手をする者はいない」だとか、自分で言わなければならないなんて、本当に悔しい。

 とはいえ、これしか逃げる道がないのなら、茨の道でも行くしかないのだ。

 自分で自分に傷を負わせるはめになっても。

 

(テリーだって、私を好きだったわけじゃない。私もテリーを好きだったわけじゃないのに……どっか期待してたっていうのが、私も痛い奴だよね……)

 

 女性として魅力的ではないことなんて、知っている。

 知った直後に、ここに飛ばされたのだから、言われるまでもない。

 ほんのちょっとだけ、胸の奥が、つきんと痛む。

 婚姻する気はなかったにしても、ティファも年頃の女性なのだ。

 何度も「不器量」と言われたり、魅力がないと思い知らされたくもなかった。

 

「だが、お前は妾だ」

「無理してすることではないです。さっきの女性を呼んでください。あの女性は、妾になるのを望んでいますね? 望んでいるかたを、役につけたほうがいいのではないですか? セスも、無理をする必要がなくなります」

 

 セスは、何事か考えているようで、視線を右斜め上にしている。

 ティファの手を掴むのをやめ、顎をさすっていた。

 胸元から腕を抜いているので、よけいに前がはだけている。

 かちっとした筋肉質で、なのに綺麗に見えるのが不思議だ。

 

(って、いやいやいや……そういうところは、見ない見ない! テスアの服って、ちょっと、だらしないんじゃないかなあ! うん!)

 

 慌てて、ティファは目をそらせた。

 しばしののち、セスが、ティファに視線を戻す。

 結論が出たようだ。

 

 心臓が、ばくばくする。

 どうか納得してくれますようにと、心の中で思った。

 

「やはり、貴様を妾といたす」

 

 なにい?!

 

 頭が真っ白になりかける。

 散々なことを言い散らかしておいて、その結論はないだろう。

 自分にこだわる理由が、ティファには、わからなかった。

 言葉をなくしているティファを、セスが、またしても鼻で笑う。

 

「なに、かまわん。いかに不器量であろうと、貧相な体であろうと、重なりおうた時の“具合”は、別ものなのでな。肌を合わせてみねばわからぬ」

「悪い結果しか出ないと思います」

「なぜ、わかる? 抱きおうてみたら、格別であるやもしれぬであろう?」

「わかります。絶対に、悪い結果になります」

「貴様が生娘であるからか?」

 

 恥ずかしさと悔しさに、ティファの頬が、かあっと熱くなった。

 なのに、セスは、はっと軽く笑い飛ばす。

 

「俺に、その身を捧げたいと申してくる女が、この国にいかほどおると思うてか? 俺は生娘だからと言うて、足蹴にしたりはせぬ。等しく寝屋に迎えておるわ」

 

 慣れている、と言いたいのだろう。

 だから、それは逃げる言い訳にはならない、と。

 

「もうよかろう。ひとつという望みも叶えてやった。しまいだ」

「ま、待っ……っ……!」

 

 なにか逃れる手はないか。

 頭を必死で巡らせる。

 このままでは、本当に「妾」にされてしまう。

 

 ここはロズウェルドではない。

 他国なのだ。

 ロズウェルドのものではなく、この国の「法」で動いている。

 

 その「法」は、セス自身。

 

 さっきのことで、それがわかった。

 ロズウェルドには、重臣たちがいて、会議の場で物事を決める。

 国王は(まつりごと)に関わらないことが、法によって定められてもいた。

 そのため、制度を変えるのは、大変なことなのだ。

 

 が、セスは「寝所役」を、いとも簡単にやめさせている。

 不要だとし、宮への出入り禁止まで言い渡していた。

 会議もなければ、誰かと相談することもなく、セスの一存だ。

 それが通ってしまうということは、セス自身が「法」である、ということ。

 

 この決定は、どうあっても覆らないのか。

 諦めに似た気持ちから、目の端に涙が浮かんでくる。

 とたん、セスの声が降ってきた。

 

「貴様の泣き顔は、真に不器量極まりない。まぁ、それもよい。どの道、泣かそうと思うておったゆえ、遠慮はいらぬ、泣いておれ」

 

(こンの理不尽男ッ!! エロネズミ!! ドスケベ将軍!!)

 

 泣きかけていたのも忘れ、怒りから、セスを睨みつける。

 セスは、そんなティファをものともせず、涼しい顔をしていた。

 理屈よりも感情が先に立つ。

 腹立ちから、ティファは、セスに嫌味をぶつけた。

 

「不公平なかたですね」

「なんだと?」

「自分の意見ばかり通そうとして、私の意見は聞いてくれないではないですか」

「たわけたことを。俺は、お前の望みを2つも叶えておる」

「でも、私は、セスと抱き合いたくないという意見を持っています」

 

 セスが、わずかに首をかしげる。

 銀色の髪が、肩のほうへと横に垂れ落ちた。

 セスの表情に、逡巡が垣間見える。

 理屈にはなっていないけれど、ここは押し通すしかない、と思った。

 

「セスはしたい、私はしたくない、対立した意見です。どちらか片方の意見を押し通すのは公平とは言えません」

「なるほどな」

 

 ぱぁあああと、光が射してくる。

 初めて、セスが納得しかかっていた。

 が、しかし。

 

「では、こういたそう。俺に勝負を挑むことを許す。お前の勝ちならば、お前の意を通す。そうでなくば……わかっておろうな?」

 

 セスが、ニっと笑う。

 ものすごく意地の悪い笑みだ。

 己の勝利を疑ってもいない。

 悔しいが、ティファに選択肢はない。

 

「わかりました。その勝負、受けてたちます!」


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