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得手勝手 4

 不器量な上に、強情っぱりな女だ。

 はっきり言って、強情な女は嫌いだった。

 女は、従順で、控え目な者が、好ましいと思っている。

 

(こういう、俺の気を引こうと我を張る手合いの女は嫌いだ)

 

 セスの寝所を訪れる女の中にも、時折、そういう者がいた。

 そういう女の場合、即座に追いはらっている。

 苛々するからだ。

 セスの寝所の列には、大勢が並んでいる。

 機嫌をとってまで、相手をしてやるつもりはなかった。

 

 セスの元を訪れるのは「(あそ)()」ではない。

 今後、妾となるかもしれない女たちだ。

 

 複数の妾を選び、さらに、その中から、心身ともに最も相性の良い女を、正式な妻として迎え入れる。

 そのための、大事な行為と言えた。

 夜な夜な寝所に「遊び女」を引き入れている臣下らとは、行為自体の重みが違うのだ。

 

 一君万民。

 

 すなわち、国王は、常に1人。

 セスは、次の世継ぎをもうける責務がある。

 でなければ、テスアは、国として成り立たない。

 

「それでは、失礼します」

 

 すくっと、ティファが立ち上がった。

 驚いている間にも、(とこ)から離れ、すたすたと歩き出す。

 

(まさか、本当に外に出るつもりではないだろうな……いや、俺に呼び止められるのを期待しているのだろう)

 

 そう思い、呼び止めなかった。

 が、ティファは振り返らない。

 躊躇せず、戸に手をかけたのだ。

 気づけば、セスはティファに駆け寄り、その腕を掴んでいた。

 

「放してください。私は、大勢の中の1人にはなりたくありません」

 

 自分でも、なぜティファを引き()めているのか、わからずにいる。

 強情な女は嫌いだし、ティファは可愛くも美しくもない。

 セスは、ティファに生き延びる道を示した。

 それを拒否しているのは、ティファ自身なのだ。

 

 勝手に出て行き、勝手に、のたれ死ねばいい。

 

 そう思っているはずなのに、腕を離すことができなかった。

 ものすごく苛々する。

 

(どうせソルという男には足蹴にされているくせに、なぜ俺の言うことを聞こうとしない? 大勢の女がどうだという? 妻選びまでの、たかが過程ではないか)

 

 セスは、毎日、順繰りに女たちと寝屋(ねや)をともにしている。

 子ができないよう細心の注意をはらいながらの行為だ。

 妻選びが終わる前に、子ができてしまったら、心身の相性など関係なく、その女を妻とせざるを得なくなる。

 それを、避ける必要があった。

 

 中には「注意」を怠らせようとする女もいる。

 否応なく妻を決めさせられたくはないと、セスは、さらに注意をはらう。

 そこには、ある種の「攻防」があるのだ。

 ほかの者たちのように、純粋に行為に没頭はできない。

 

 セスとて、早く妾を選び、妻を決めてしまいたいと思っている。

 とはいえ、簡単にも決められないため、夜毎、女と寝屋をともにしているのだ。

 テスアでは、妻となった女は、国王の代理という役目も担うことになる。

 簡単に決められないのは、当然だった。

 なにしろ、国の全権を共有するに等しいのだから。

 

「本当に、死ぬことになるぞ」

「かまわないと言っています」

 

 本当に、苛々する。

 ならば出て行け、と言えたら、どれほど清々しかったか。

 なのに、その、ひと言が言えない。

 どうしても。

 

「陛下。本日のご寝所役、イファーヴにございます」

 

 唐突に、戸の向こうから声がした。

 この戸には仕掛けがあり、中からは簡単に開くが、外からは開かないようになっている。

 これもまた、セスの「身を守る」ためのものだ。

 

 宮に女の寝泊まりする場所はないものの、入れないということはない。

 以前、夜中に、こっそり忍び込まれたことがあった。

 命を狙われたのかと思いきや、裸の女にのしかかられたのだ。

 思い出しても、気分が悪い。

 

 国王が、寝所で寝込みを襲われるなど、笑い話にはならない。

 そのため、こうした戸の仕組みができた。

 用心をして、寝所に武器を置いてもいる。

 

「陛下、お支度が整っておられないのですか?」


 戸が開かれないため、女が声をかけてきた。

 ティファの顔色が変わる。

 そして、顔をセスのほうに向け、責めるような視線を投げてきた。

 苛々が募ってくる。

 

 が、しかし。

 考えを切り替えた。

 ここには「ティファ」がいる。

 

「今夜より寝所役は不要とする。退()がれ」

「陛下! わ、私に、なにか落ち度が……」

「そうではない。妾ができたので不要になっただけだ」

「妾を、お決めになられたのですか? そのようなお話は聞いておりません」

「さっき決めたばかりだからな。そういうわけで、今後、寝所役は不要とする」

 

 戸の向こうから、息をのむ気配が伝わってきた。

 突然の決定に、驚きと戸惑いを感じているに違いない。

 すぐに、言葉が返ってくる。

 

「で、ですが……まだ、お1人目ではありませんか。次の妾を……」

「不要だ」

「ご不要なはずは……」

「俺の妾は1人と決めた。以後、寝所役の、宮への出入りを禁ずる」

 

 声は聞こえないものの、まだ気配を感じた。

 面倒に感じたので、完全に追いはらうことにする。

 セスは、ティファの顔を見つつ、言い捨てた。

 

「これ以上、そこに居座る気なら、人を呼び、叩き出す」

 

 ティファが、大きく目を見開いている。

 戸の向こうにいる女以上に、驚いているかもしれない。

 

「邪魔だ」

 

 それが最後の言葉となった。

 戸の向こうにあった気配が消える。

 セスは、びっくり顔のティファの手を引っ張り、床のほうへと戻った。

 ひょいっと抱き上げ、そのまま座る。

 

「なにを驚いている? お前が望んだことだろう?」

「そ、それは……ちょっと、違うと……」

「なにが違う? お前は、大勢の中の1人になるのは嫌だ、と言った。それなら、ほかの女と抱き合うのをやめれば、文句はないはずだ」

「いえ……あの……」

 

 ティファの手を放せなかったのだから、しかたがない。

 手っ取り早くティファの不満を解消してやったほうが、苛々せずにすむ。

 そう考え、セスとしては、ティファの望みを叶えてやったつもりだ。

 

「俺に面倒をかけた償いをする覚悟はあるのだろうな」

「そんな……私が頼んだわけでは……」

「お前が望んだことだ」

 

 いちいちうるさい女だ、と思わなくもない。

 なぜ、こんな可愛くもなく、美しくもない、不器量な女のために、長年の風習を変えたのか、自分でも説明がつけられなかった。

 それが、非常に不愉快だ。

 

「寝所役を下がらせた責任を果たせ」

 

 セスは、目を細め、腰に回した手で、ティファの体を抱き寄せる。


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