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霊感少女に恋した俺は死後にようやくお近づきになれました

作者: 桐野 彩

 俺には好きな人がいる。だが、彼女は少し普通じゃない。

 同じクラスの裏道(うらみち)さん。彼女には霊感があるらしい。

 年度の始まり、新しいクラスでの自己紹介の時に本人がそう言い放ったのだ。「私は霊感があります。彼らの相手をしていることが多いので皆さんとはあまり関われないかもしれませんが、よろしくお願いします」と。

 初めこそ、クラスメイト達は彼女の外見の良さに注意を惹かれて霊感発言はちょっとした冗談程度に受け取っていた。

 しかし、そんな考えはすぐに否定されることになる。

 裏道さんはクラスメイトに話しかけられてもほとんど表情を変えず、最低限の返答だけして話を終えることがほとんどだった。その一方で、俺達には見えない「誰か」と話していると思われる時は優し気な笑顔で楽しそうにしていた。

 クラスメイトからの裏道さんの評価が「ちょっと変わった美人さん」から「関わっちゃいけないやばい人」に変わるのに、そう時間はかからなかった。

 だが、俺の考えはクラスメイトとは違った。

 普段のどこか達観した雰囲気と、「誰か」にだけ見せる屈託のない笑顔。その二面性に心惹かれていた。そして、あの優しい笑顔が俺にも向けられることはないだろうかと、淡い期待を抱いていた。


 そんな思いを抱いたまま時は過ぎていったが、悲しいかな俺は裏道さんと会話をすることすらままならなかった。

 根本的に彼女は生きている人間に興味が無いのだ。俺には見えない「誰か」の話はよっぽど面白いらしい。生きている人間との関心の差は誰が見ても歴然だった。

 このままではまともに話すことも出来ないまま「誰か」と話す彼女を眺めるだけで時が過ぎてしまう。なんとかして彼女の気を引くことは出来ないだろうかと考えごとに耽っていたある日。


「君!危ない!」

「え?」


 誰かに声をかけられて気付いた時には、俺の体は宙に舞っていた。

 どうやら彼女について考えるのに夢中で信号を見ていなかったらしい。

 赤信号の横断歩道に飛び出していた俺は盛大に車にはねられてた。

 意識が遠のいていく。

 ああ、結局、彼女に近づくことも出来ないまま俺の人生はこんなところで終わるのか。

 それは…嫌だな…。



「あれ?」

 目が覚めた。

 どうして?自分は確かに死んだはずだ。

 しかしここはどう見ても見覚えのある自分の教室だ。

 何か違うところがあるとするのなら、

「あ…」

 俺が目覚めた場所、俺の席の机に花が置いてある。

 じゃあ、やっぱり死んだのか。

 つまり俺は…

「幽霊に、なったのか?」

 考えられるとしたらそうだ。そして、その考えに至った瞬間、脳裏に一つの希望が芽生えた。

「裏道さんに、話しかけられる…!」

 今の俺は、いつか思い描いた「裏道さんが優しい笑顔を見せる相手」になれたのだ。


 時計と予定表を見ると、どうやら今は俺が死んだ次の週の月曜日、その朝だった。これからクラスメイト達が登校してくるだろう。もちろん、裏道さんも。

 裏道さんは俺の姿を見てどんな反応を示すのだろうか。いや、待てよ、もしかしたら裏道さんが本当に「ただのやばい人」で霊感も何もなかったらどうしよう。そんなことがあったら、死んでも死にきれない。死んでるけど。


 少し時間が過ぎて、クラスメイト達が教室に入ってきた。何人かは丁寧に俺の席に手を合わせてくれていたので、聞こえもしない感謝を伝えておいた。

 そして、裏道さんが来た。

 教室に入って早々に、裏道さんは固まった。彼女の奇行に慣れたのかほとんどのクラスメイトは気にしていないが、彼女の視線がまっすぐ俺の席―俺が立っている場所を見ているので何人かが声を掛けた。

「ねえ、裏道さん。もしかしてそこにいるの?戸祭(とまつり)くん」

 普段ならほとんど関わろうとしないクラスメイト達が、身近な俺の突然の死、そして霊感があるという少女の行動、これらが重なり合って聞かずにはいられないという様子だった。

 しかし、裏道さんは、

「いいえ、そこには誰もいないわ」

 そう、言った。

 そのまままっすぐ俺に向かって歩き、透明な俺をすり抜けて、自分の席に座った。

 クラスメイト達もがっかりした様子で、それ以上裏道さんには何も聞かなかった。

 やはり彼女は霊感なんて無い「ただのやばい人」だったのだろうか。

 そう思いながら裏道さんを見ていると、彼女もこちらをまっすぐ見つめていた。そしてこっちに来いというように手招きをしていた。

 先ほどの言動との矛盾に混乱しながら彼女の席へ行くと、今度はノートの端を指さされた。そこにはこう書いてあった。

『放課後、屋上前の踊り場で話しましょう』

 驚いて顔を上げて裏道さんを見ると、彼女の眼にははっきりと俺の姿が映っていた。


 放課後。

 幽霊となった以上何かをする必要もないため、ただただぼーっと時間が過ぎるのを待っていた。

 しばらくして廊下から足音が聞こえてきた。裏道さんが来たようだ。

「お待たせ、戸祭君」

「いや、全然待ってないよ」

「そう、ならよかった」

 そんなデートの待ち合わせのような返答をついしてしまったが、当然スルーされた。

「裏道さんって、本当に幽霊が見えるんだね」

「最初にそう言ったじゃない」

「いや、そうだけど」

 あそこまではっきり「誰か」と会話していたとはいえ、正直今の今まで半信半疑だった。

「そんなことはどうでもいいの。それよりも戸祭君」

「な、何?」

 言いながら詰め寄ってくる裏道さんに思わず一歩引きさがる。裏道さんのこんな顔は初めて見た。

「私は今感動しているの」

「感動?」

「ええ、感動よ。ようやく私も自分を信じられるわ」

「自分を信じる?」

 言っている意味がよくわからず聞き返す。

「そうね、順を追って説明しましょう」

「お、お願いします」

 興奮気味の裏道さんは一度深呼吸をして、ゆっくりと話し始めた。

「正直私もね、幽霊が本当に存在しているのかわからなかったの」

「あんなに楽しそうに話してたのに?」

「だって、分からないじゃない。自分にしか見えない誰かの自分にしか聞こえない声。それが本当のものなのか、それとも私がどこかおかしいのか、証明のしようがないんだもの」

 それは、確かにそうだ。事実、生前の俺や他のクラスメイトは、裏道さんの事を「霊感のある人」と見る人と「やばい人」と見る人とで分かれていた。

「だから今朝、あなたを見たとき思わず固まってしまったわ。先週まで生きていたあなたが、確かに死んだあなたが、私だけに見える幽霊として存在していたんだもの。あなたと確実に話をするために嘘までついてしまったわ」

 なるほど。それで一度は俺を通り過ぎて、周りに余計な詮索をされないようにしたのか。

「あなたの存在は、今までの私の人生の証明でもあるの。こんなに嬉しいことはないわ」

 喜びを露わにする裏道さんを見ていたら、自分も同じことを考えていたことを思い出した。

「俺も今、すごく嬉しいんだ」

「戸祭君も?それはどうして?」

「俺、裏道さんが幽霊と話している時の楽しそうな雰囲気が好きだったんだ。だから死んで幽霊になった時、これで裏道さんとあんな風に話せるのかって思った。けど同時に、裏道さんが本当は霊感なんて無かったらどうしようって思ってて」

「もしかして今朝、一瞬ひどく落ち込んでたのはそのせい?」

「そう、嫌なほうの考えが的中しちゃったと思って落ち込んでた。そのあとすぐに復活させてもらったけどね」

「それはごめんなさい」

「いいんだよ、とにもかくにも今こうして話せているんだし」

 お互いに求めていた結果を得られたようで、安心した。

「そういえば戸祭君は他の幽霊は見えないの?」

 そう言われて周囲を見渡すが、あいにく何も見えないし何も聞こえない。

「今、近くにいたりする?もしいるのなら見えないってことになるけど」

「いるわね。新入りを品定めしているって感じで」

 すごく居心地が悪くなる発言を聞いてしまった。どうやら幽霊になってもそのあたりの感覚は生前に由来するのかもしれないなどと考えながらも見えない誰かの視線を受け入れた。

「他の幽霊さんたち、何か言ってる?」

「まだ若いのにかわいそうに、とか、ワシがこれくらいの年の時はどうだった、とか」

「なるほど、みなさんありがとうございます。これから幽霊同士どうかよろしくお願いします」

 届いているのか分からないが、一応挨拶をしておいた。

「みんな歓迎だって」

 見えも聞こえもしない歓迎を受けて背筋がぞわっとした。

「遅くなっちゃうし、今日は帰るわ。戸祭君はずっと学校にいるの?」

 俺がいわゆる地縛霊だとしたら未練のある場所から出られなかったりするのだろうか。しかし、俺の未練は学校というよりも、裏道さんに対してだ。ならば、行けるとしたら裏道さんに関わりがある場所になるのだろう。そうすると、結局学校以外に行く当ては無さそうだ。

「うん、学校にいることにするよ」

「そう、じゃあまた明日話しましょう」

 また明日。裏道さんとそんな約束が出来る日が来るとは。

「また明日」

 笑顔で返事をした。

 お互い曖昧なものを信じた者同士のはっきりとした約束だった。


「あ」

 裏道さんが帰った後、今日の会話を思い返していたら、ある発言が引っかかった。

『俺、裏道さんが幽霊と話している時の楽しそうな雰囲気が好きだったんだ。』

 自然な流れで告白じみた発言をしていた。

 幸い裏道さんは興奮でそれどころではなかったため聞き流されていたが思い返すと恥ずかしい。

 どうせ言うなら今度はしっかり好意を伝えよう、そう決心した。


 それからしばらくは裏道さんとの日常が続いた。といってもほとんどは他の幽霊の話を裏道さん越しに聞いては笑ったり、時には少し泣いたり、そんな毎日だった。

 裏道さんが幽霊に向ける表情は、やはり生きている人間に向けるものとは違う。俺がきっかけで幽霊の存在に確信を持ってからは、それがより顕著になっていた。

 そんな日々が続いたある日、裏道さんが俺に疑問を投げかけた。

「そういえば戸祭君、あなたはどうして幽霊になったの?」

「へ?」

 俺が幽霊になった原因、未練の対象である本人にそんなことを聞かれ、思わずおかしな声が出た。

「幽霊になって現世にとどまっているってことは、何か思い残すことがあるんでしょう?私と一緒にいてくれるのは楽しくていいんだけど、あなた自身の未練の事も考えてる?」

「それは…」

 言い辛い。あなたに惚れていて、あなたと話すために幽霊になったなんて。

「あ、言い辛いことだったら無理に言わなくてもいいの。ちょっと気になっただけだから。幽霊になる人ってみんな大きな思いを持って現世にいるから。そういう話を聞くのが面白くて好きなのよね」

「そうなんだ」

「そう。例えばこのお爺さんは、孫を見る前に死んじゃったから一目見ようと幽霊になったはいいけど、あまりに可愛すぎて一生見届けるって言って残り続けてるの。面白いでしょ?」

 裏道さんはそう言いながら何もない右上あたりを指さした。

「基本的に幽霊って自分勝手なのよね。自分が生きてさえいれば!ってみんなして語ってくるから可笑しくって笑っちゃう。でもそれだけ夢中になったり思いをぶつけられるものが生前あったんだって思うと、ちょっと羨ましいなあって思ったりもするの」

 不意に裏道さんは少し寂しそうな顔を見せた。

「大丈夫?」

 つい、声を掛けてしまった。

「ごめんね、ちょっと暗くなっちゃった。私、幽霊とばかり話しているから自分が生きてる現世に対してあんまり意識が向かなくって、たまに考えちゃうのよ。自分がいつか死ぬとき、幽霊になるほど強い思いは自分の中にあるのかなって。私、ちゃんとみんなみたいな幽霊になれるのかなって」

 幽霊とずっと接してきた裏道さんだからこそ抱えてしまう悩み。

 だけどそれは、少し間違っていると俺は思った。

「それはちょっと違うと、思う」

「え?」

「幽霊になるほど強い思いっていうのは確かにすごいことだと思う。でも幽霊になることがいいことってわけじゃないよ。幽霊になるってことは、それだけやりきれない思いを、未練を残して死んでしまったってことだから」

「戸祭君?」

 急に真面目な雰囲気を出してしまって、裏道さんが戸惑っている。でも、これははっきりと言わなければ。

「俺は、裏道さんには幽霊になってほしくない。いろんな思いを持って、それを叶えて、幸せに生涯を終えてほしい」

「ええと、それって」

「好きな人には、幸せになってほしい」

 困惑していた裏道さんがさらに困惑を重ねて目を見開いた。なんとなく、見えない「誰か」たちが驚いたような雰囲気も感じる。

「さっき聞いたよね、俺の未練」

「う、うん」

「俺の未練は好きな人と何も出来ないまま死んだこと。裏道さんと幽霊のみんなみたいに楽しく話が出来なかったことだよ」

 裏道さんの顔が赤くなる。聞こえないけど、「誰か」たちのヒューヒューという口笛が聞こえた気がする。

 ああ、言えた。よかった。これまで短い間だったけど、これで未練もなくなったかもしれない。

「ちょ、ちょっと!戸祭君!?体!」

 満足感に浸っていると裏道さんの声で我に返った。そして言われたように体を見ると、幽霊として透け気味だった体がより薄くなっているように見える。

「もしかして、成仏ってやつ?そっか、俺の未練もこれで…」

「待って!」

 快く逝こうと思っていたが裏道さんの声で意識を保った。

「まだ終わってない、そんな言いっぱなしで逝かれたらこっちに未練が残るよ」

「あっ」

 それはもしかして返事が聞けるということだろうか。

「もうちょっと、話させてくれる?」

 俺はうなずいた。

「幽霊のみんなってね、さっきも言ったけどみんな自分勝手なのよ。自分の未練の為に勝手に現世に残ってる人たち。でもあなたは違った。他人を、私を思って、その未練でここにいる」

「買いかぶりすぎだよ。裏道さんを思ってって言っても、結局は自分が裏道さんと話したいっていうエゴなんだから」

「でもあなたは、私の幸せを願ってくれた」

「それは…」

「エゴでもいい。みんな自分がやり残した自分の幸せを求めているのに、あなたは私に幸せになってと言ってくれた」

 裏道さんはいつも以上に優しい顔で俺を見ている。

「私、霊感があってよかったわ。死んでも私の事を思ってくれている人の声を聞くことが出来るなんて、こんな幸せなことはないわ」

 裏道さんははっきり言ってくれた。幸せだと。

「ありがとう戸祭君。あなたが願ってくれたおかげで、私は幽霊にならなくてすみそうだわ」

 幽霊になってから初めて、涙がこぼれそうになった。

「こちらこそ、ありがとう裏道さん。俺の未練を叶えてくれて」

 幽霊と霊感少女。俺たちじゃなかったらありえなかったそんな会話を最後に、俺の体は再び薄く透き通っていく。

「もうさすがにさよならかな、改めてありがとう裏道さん。俺は幸せだよ」

「うん。私も幸せだよ、戸祭君。幽霊がいるぐらいなんだから、きっと来世もあるよね。その時は生きてるうちに仲良くしてね」

 そんな非科学的な約束も、俺たちならば信じられる。

 だから別れの言葉は。

「またね、裏道さん」

「またね、戸祭君」

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