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保育士の小さな心残り

作者: 竹宮小央里

 私の母は結婚する前、O町で保母をしていた。


二年足らずの就業であったが、最初は香取の坂を三つほど自転車で越えて通ったという。


辞める直前に受け持ったT君という男の子がいたという。彼は体格も知能も二才児くらいな風貌であった。


それは春の日の事、桜の時期に城山公園まで五才児は歩いて花見に行くという仕来りがあった。


母が園児たちを先頭で誘導していると、母の脇にいたT君がいないのに気づいた。


後方を振り返ると、T君は二百メートル後でしゃがみこんで、石ころで遊んでいた。


母は園児を道の右側の隅で待たせて、彼を迎えに行ったという。


二才児くらいの体力の彼はみんなと一緒に歩けなかったのだ。


「どれ、Tちゃん、先生がおぶってあげようね。」母はT君を背負った。


恐怖感からか、彼は母の肩を思いっきりつかんでいたという。それはすごい力だった。


「てんてい、ここどこ?」「てんてい、いまなんじ?」T君の口癖だった。


その時母の腰の辺りをT君はつねる癖があった。


また、排泄は促されないとできなかったという。


トイレトレーニングをするために、母はよくT君をトイレへ促した。


出たかどうか確認して、皆の所へ戻ってくるように言わないと、いつまでもトイレにいたという。


 しかし、卒園をひかえた同じクラスの子供たちはT君を同級生とは思っていないようだった。


女子たちは、T君の面倒をよく見てくれたが、男子たちは、年下扱いだった。


でも、母の指導の下、T君をいじめる子は一人もいなかったという。


卒園が近づいたある日、町の教育委員会からT君の元へ面接官が二人、園を訪れたという。


「皆と同じように生活できます。」母は質問攻めにあい、同席している悲痛な面持ちのT君の母に気を使いながら、答えたという。


「T君の特技は何ですか?」うつむきかげんのT君の母を気遣い、母は「T君は力持ちです。一升瓶を片手で一本ずつ持てました。他の子の迷惑になることはしないし、いつもニコニコして、和やかです。」


母は思いつくだけのT君の長所を述べたという。


「そんなことは評価の対象になりません。」と面接官は言い、「検討してみますが、まあ特殊学級でしょうね。」と無残に言い放った。


彼らが退室してから、T君の母は涙ぐみ、あきらめたような面持ちだったという。


T君の母は、母の両手をぎゅっと握り涙を流しながら「先生ありがとう、Tをたくさん褒めてくれてありがとう。」


母はその行為に、自分の力不足を嘆き、何も言えなかったという。その話を聞いたとき、私の母は精いっぱい保母として働いていたんだと思った。


余談だが、数カ月後、母の結婚式でTという名で祝電が五通届き、母の名前宛てだったので、司会の方が母の元彼と勘違いし、残りの三通は読まれなかった。

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