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変化

第二王妃クリスタルに男の子が生まれた。


クリスタルの出自は伯爵家であるため、貴族たちは喜びを押さえ今後の情勢、つまり第一王妃が産む子が男の子であるかどうかを冷静に見極めようとしていた。

しかし一般国民は違った。

前王の子が娘ばかりだったので、王家に王子が誕生した慶事を国民は熱狂的に歓迎した。

レクスが容姿に恵まれていたことも、その喜びを倍増させることになったのだろう。巷には王子の将来を予想する姿絵までが売り出され、誕生を祝う歌が流行し、例えるなら出産景気とでも呼べるような活気のある状況になっていた。



ルーチェの住む王宮にも変化があった。

レクスがどこか落ち着いてきたのだ。10代の若者らしい自分本位で、少し浮ついたところもあった態度が影をひそめ、他の者の心情をおもんぱかれるようになってきた。

毎日、第一王子の顔を見に行っているらしく、クリスタルの部屋に行った帰りには、必ずルーチェのところに寄るようになった。


今日もレクスは昼食をあちらで取ってきた後、ルーチェの部屋へふらりと顔を見せた。


「ルーチェ、とうとう王子の名前を決めたよ。テアトロ、どうだ? いい名前だろう」

「ふふ、そうですね。第一王子らしく威厳もあって、呼びやすいお名前だと思います」

「そうか、やっぱりな。今日は私が抱くと、賢そうな目をしてじっとこちらを見てきたんだ。父親だというのがわかってるんだな。あの子には早めにいい教師をつけてやらねばならん。秘書に頼んで、いや私が教師の人柄を見て決めたいな。今度、学園に視察に行ってみよう。ルーチェ、その時はまた一緒に行ってくれるか?」

「ええ、もちろんですわ、陛下」


これではただの子どもを溺愛するお父さんだ。

自分の興味があることにしか注意を払わなかった男が、子どもができるとこうも変わるのかと思ってしまう。



レクスが言ったように、何日か後、ルーチェも一緒に王都の貴族学園を視察した。

しかしここでレクスは貴族学園の設備の貧しさや、教師陣の能力の低さに気づくことになった。

音楽室には碌に楽器が揃っておらず、壊れた楽器も修理されていなかった。教師の質もそうだが、教員数があまりにも少ないように思える。

レクスの今回の視察は、王が行う年間予定に組まれていないものだった。秘書がその日の朝に急遽、学園側に連絡を入れ、訪問が実現したと聞いている。それもあって連絡がきてから王の訪問までに時間がなく、学園長にしても不備を取り繕う暇がなかったのだろう。


「いったいこれはどういうことだ! 将来、国の中枢を担う人材を育成する貴族学園がなぜこんな状態なのだ!」


レクスの戸惑いと怒りは激しかった。

学園長は汗を拭きながら、言い訳ばかりしていた。


「申し訳ございません、陛下。有力貴族の皆様はご家庭で個別にお子様を教育されることが多く、この学園に通ってきている生徒は下位貴族のご子息方がほとんどなんです。そのため、国から頂ける予算もそのぅ、微々たるものでして」

「それは本当か、ルーチェ?」

「んー、私も詳しいことは知りませんが、うちの公爵家はこちらの学園には通っておりません。第一王妃のエリザベス様のお家も、家に家庭教師が来ていました」

「ふーん、そうか……」



その時はそれで済んだのだが、レクスはそれからシャイン宰相などに尋ねて、教育行政について調べていたらしい。


ある日、またレクスがやってきて、貴族学園のことで自分が調べたことをルーチェに話してくれた。どうやらルーチェに話すことで、レクスは自分の考えをまとめているようにみえる。


「シャイン宰相に聞いた時に、ちょっと気になることを言っていてな。貴族学園の運営に昔から深く関わっているのがオディウム公爵の子飼いのダラム伯爵だというのだ。『かの伯爵は人気がないので、誰も自分の大切な子どもの教育を彼に任せようとは思わないでしょう』とこんなことを言いおる。お前の親も似たような意見を持っているのか?」

「そうですね、宰相様とはちょっと違う見方かもしれませんが、ダラム伯爵は女にルーズで仕事ができないと父が言っていたのは聞いたことがあります」

「なんだ、それは。そんな人間が子どもの教育をしておるのか?」

「伯爵本人が教育はしていないでしょう。仕事の方は、あの学園長に丸投げしてるんじゃないでしょうか」

「あいつか……」


どうやらあの学園長を、レクスは気に入らなかったらしい。

けれど今までは絵とか音楽のことばかり話していたのに、急に教育のことが気になり始めたのね。

親になると興味の先も変わるのかしら?


「陛下、シャイン宰相とうちの親は同じ穴のムジナですから、二人の意見だけを聞いていては考えが偏ってしまいます。敵側と言っては失礼ですが、オディウム公爵の派閥の方にも意見を聞いて、中立派のボナンザ公爵閣下のような方にも話を聞くべきです。王というものは、すべての国民にとって公平な政治判断を心がけるのが肝要かと、私は思います」

「……ルーチェ、お前、私の代わりに王をやるつもりはないか?」

「とんでもない! そんなめんどくさいことはしたくありません! 私は部屋でゴロゴロしてるのが好きなんですっ」

「お前は本当に、どこか残念なやつだな」



それからレクスは、第一王子のテアトロが風邪を引いたことをきっかけにして、医療行政に興味を持ち、医者から教えられて衛生のことや環境整備に関心を持ち、そこから都市づくりの土木や治水にも興味が伝播していった。

つまり、臣下に任せてばかりだった政治に、少しずつ(たずさ)わるようになっていたのだ。


ルーチェが言うように、広く意見を聞いて回ったところ、レクスの心の中にオディウム公爵一派に対する懸念が降り積もっていき、その中でひときわ悪辣で、自分の欲求のことしか考えないオディウム公爵夫人の存在を、再認識することになった。

最近は、ファサート前王に彼女が色仕掛けで迫り、伯父の妻たちを家から追い出し、屋敷を勝手に差配しているという不愉快な噂が世間に蔓延してきていた。


テアトロ王子がつかまり立ちを始めた頃、第一王妃であるエリザベスが出産した。

そのすぐ後で出産したファサートの妻、シビルの産んだ子がこの国に災いをもたらすことになる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルーチェは本当に残念なキャラですねw 政治に関する能力やセンスはあるのにもったいない。 いや気持はよく分かるけど。
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