何かが起こっている
エリザベスが頑張ってレクスを誘惑しているためか、とんと陛下の夜の訪れがなくなってきていたある日のこと、ルーチェのもとへ弟のスティーブからの手紙が届いた。
『姉さま、元気ですか? 姉さまのことだから、お城でもブイブイいわしてるんじゃないかと思います。実は先日、ナターリャ叔母さんの旦那さんが、シャイン家の領地管理人から告発を受け、警察に捕らえられるという事件がありました。調べが進んで誤解だということがわかり、叔父さんは罪には問われなかったんだけど、ナターリャ叔母さんはカンカンです。それでなくても、シャイン宰相の保身に加担して、姉さまを第三王妃なんかにしたといって、父さまは親戚中から総スカンをくらっているんですよ。父さまは、オディウム公爵がシャイン家とソーレ家を仲たがいさせるために仕組んだ幼稚な陰謀だから、放っておけ。姉さまにも伝えなくていいと言ってました。でも、知らせておかないと後で姉さまに怒られるかもしれないので、お知らせしておきます』
あらららら、なんか陰険な事件ね。
でもよくやったわ、スティーブ。
こういう情報を知っているのといないのとでは、貴族間での立ち位置が変わってくる。ナターリャ叔母さんの旦那さんの事件なんて、夜会で口さがない人たちが噂するに決まっている。
この手紙をもらってすぐに、第一王妃から連絡があり、ルーチェはお城の南庭にあるガゼボで、リチャードとエリザベス兄妹に会うことになった。
初夏になり、南庭では夏の花が競うように咲き誇っていた。
背の高いグラジオラスに囲まれたガゼボは、訪れるものに日陰を作ってくれるし、密談にもちょうどいい。
久しぶりに会うリチャードは、仕事が忙しいのかちょっとやつれているように見える。エリザベスと同じ色をした金髪は、汗のためかどこかくすんで湿っぽかった。
「ベルルーチェ、突然、呼び出してすまないな。二人が仲直りしたというのを聞いて、最近の情勢を伝えておいたほうがいいと思ったんだ」
ここのところ第三王妃殿下とばかり呼ばれ続けていたので、変わらないリチャードの呼び方にルーチェはホッとした。
「スティーブから手紙をもらったけど、領地管理人の事件の事?」
「ああ、それもある。あの領地管理人は博打の借金を抱えていてね、その弱みに付け込まれたらしい。知らない人間に、グリア卿が罪を犯しているので、警察に連絡してほしいと頼まれたと言い張っているんだが、父は頭を抱えている」
グリア卿というのは、ナターリャ叔母さんの旦那さんだ。
「それもあるということは、他にもあるのね」
「うん、こっちは行政の連中だ。あまり重要なポストの人間ではないんだが、ある者は急に領地に帰りたくなり、ある者は突然、転職したくなり、そして軽犯罪で捕まる者も出てきた。その人員を補充しようと募集をかけると、必ず旧重臣の息がかかった者がやってくるんだ」
「……徹底してるのね」
これはちょっとやそっとの思いつきじゃなさそうね。
組織だっているし、尻尾をつかませないように、逃げられるギリギリのところに仕掛けてきている。
ルーチェとリチャードは顔を見合わせて、お互いに渋い表情をした。
そんな二人の軽妙なやり取りを黙って聞いていたエリザベスは、陰謀を重ねていくようなしつこくて用心深いやり方に感心していた。
「オディウム公爵がこんなに頭が回る人だとは思わなかったわ」
「ベス、公爵じゃなくて、裏には公爵夫人がいるんだよ」
「怖い方ね……」
エリザベスは、シビルを第二王妃にしようとオディウム公爵夫人が働きかけて来た時のことを思い出しているのか、暑い日なのにブルリと震えて腕をかき抱いている。
けれどリチャードの目は静かな闘志を燃やしていて、まだ負ける気はなさそうだ。
「どれもこれもまだ小さい火種だから消してしまえる。先の陛下の重臣の中でも、仕事ができる人間は今も中央の政務に関わっているんだ。反旗を翻しているのは、御代が変わった時に閑職に追いやられた小者ばかりだよ。こちらもスパイを潜り込ませて情勢を探っているし、チャンスがあれば打って出るつもりだ」
「へぇ~、リチャード兄さまもいっぱしの政治家みたいなことをしてるのね」
「ふんっ、チビスケが頑張っているのに、私が何もしていないわけがないだろう」
口では乱暴な言い方をしているが、リチャードは痛ましいものでも見るかのように、憐みのこもった目でルーチェの方をじっと見ていた。
いやいや、そんな風に見られても、私はここのところなぁーんにもしていないんですけど……
ちょっと申し訳ない気がするルーチェだった。
シャイン宰相やリチャードたちの努力もあったのか、そんな風に一時期水面下で動いていた陰謀は、徐々に数を減らしていっていた。
そして第二王妃のクリスタル様のお腹が大きくなった頃、国民にとって待ち望んだ朗報がもたらされた。
第一王妃であるエリザベスが懐妊したのである。
このニュースは瞬くうちに国中を駆け巡った。
ルーチェもお城の中の浮ついた空気を直接肌で感じていた。あちこちで朗らかな話し声が聞こえてくるし、会う者すべてがウキウキと笑顔なのだ。
第一王妃が妊娠するとここまでの影響力を及ぼすものなのかと、ルーチェとしても驚いている。
良かった、これで一安心ね~
しかし、このお祝いムードの中で、もう一つの雫が水面に落とされようとしていた。その小さな雫の起こす水紋は、国の動静を左右するほど大きな波になっていくのである。