妊活
「レクス陛下だけに判断を任せてしまうのもしゃくね」
「でもルーチェ、政治のことなんて女の私たちにはどうしようもないわ」
エリザベスの言うことにも一理ある。
貴族の娘というものは、ルーチェのように政治判断でどこへでも嫁がされるものなのだ。
でもルーチェは知っている。
そんな動かせない与えられた状況の中で、工夫して、もがいて、より良い家庭を作っていこうとする母さまたちのような強い女がいることを。
ルーチェはどこかを見通すような目をして一点を睨んでいたが、やがてくるりと目を上に向け、決心したかのように今度はエリザベスを強く見据えた。
「レクス陛下が王様を続けようが辞めようが、私たちの夫であることには変わりない。ここはいい? 今さら私が第三王妃になったことを無しにできないのよ。エリザベスには納得して我慢してもらうしかないわ」
「うん……それは、わかってる」
冷静に考えれば、エリザベスにもわかっているのよね。
プライドやら、愛憎やらが邪魔をしてたんだわ、きっと。
「それなら今の状況で何が最善なのか考えてみましょう。第二王妃のクリスタル様が今回、懐妊したのは私たちの陛下に対する態度のせいじゃないかと思うの」
「なんですって? 私たちが悪いっていうの?!」
「まあまあ、落ち着いてよ。ほら自分の視点じゃなくてレクス様の視点で考えてみて。臣下の都合で婚姻を無理強いされた第三王妃。こいつは自分との子どもをつくらないと、王位が危ういぞと説いてくる。第一王妃はそのことでイライラと神経を尖らせている。オディウム公爵夫人のことだって、嫌だというのに何度も娘を押し付けられそうになった。王になると穏やかな私生活も送らせてもらえないのか? 周りの者たちに振り回される日々はいいかげんうんざりだ。自分はただ観劇したり、絵を描いたりしたいだけなのに……」
「……なるほど。あの人が考えそうなことだわ」
「レクス様に過度な欲求をせずに、ただただ感謝を返してくれて、包み込んでくれる年上の王妃。第二王妃のクリスタル様は彼にとって楽なのよ。それで夜をあちらで過ごすことが多くなって……めでたく、ご懐妊」
「……………………」
こうやって口に出してみると、本当にこれが現実の状況なのではないかと思える。
「そこでこれから考えるべきは、より良い将来のことよ。エリザベスは愛する人との子どもが欲しいでしょ?」
「子どもは……欲しいわ」
「え?」
なんか含みのある言い方ね。
「ルーチェ、王子様に憧れて、恋に焦がれていた女の子はもういないのよ。第二王妃のクリスタル様が輿入れされた時に、子どもの頃からの淡い夢は現実に押しつぶされたわ。そしてあなたの裏切りっていうか、嫁入りでしょ。その上、今回のクリスタル様の懐妊。私には恋の欠片も残っていないの。プライドもぺしゃんこになって、ずたぼろよ」
うわぁ……これは思っていたよりも深刻な状況だったのね。
夢を持っていたが故の悲劇か。
「私は今、エリザベスみたいに子どもが欲しいわけじゃないわ。だから今度はあなたに頑張ってほしいの。ほら、ベスのお姉さまが妊娠した時につわりとかで苦しんでいたでしょ? クリスタル様もそうなる可能性は高い。すると陛下はどこで夜を過ごそうとするかしら?」
「……ルーチェったら、よくそんな風に客観的に考えられるわね。仮にも同じ夫を持つ妻同士なのよ」
「だって私にとって陛下は弟の友達ぐらいの知り合い度なんだもの。たまに部屋に来て、ゲームをしたり話をしたりしているだけの知人って感じ」
エリザベスは、ルーチェのレクスへの評価を聞いて、唖然としていた。
誰もが憧れる煌びやかなレクスを前に、こんなことを平然とした顔で言う年頃の娘がいるだろうか?
「エリザベスがレクス様と子どもを作るのは、大賛成よ! 二人の容姿を足して二で割ったら、ものすごーく可愛い子どもが生まれてくるに決まってるわ。二人で赤ちゃんを日向ぼっこさせて可愛がりまくりましょうよ。子育てを楽しんでいたら、政治だの王位だの難しいことを考えなくていいじゃない」
「究極のポジティブ思考ね……兄さまの気持ちもよくわかるわ」
「ん? 何?」
「ううん、何でもない。わかった、彼が私のところに居つくように頑張ってみる」
よしよし、うまい具合にエリザベスの意識を妊活に向けられたわ。
求めても得られないレクスの愛情のことばかり気にしてたら、エリザベスが暗くなっちゃう。女の幸せは一つだけじゃないしね、子どもを持って、エリザベスに幸せを感じてほしいな。
それに第一王妃に後継ぎさえできれば、もしかしてそんなに世は乱れないんじゃないかしら?
どうしても前王陛下が政権を握りたいのなら、レクスはすぐに譲位するだろう。私は第三王妃の立場に執着はないから、そうなっても、別に構わないしね~
しかしルーチェの考えは甘いと言わざるを得ない。
大切な人に何か起こると、人は意識を変えていくものだからだ。