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ルーチェの部屋にさざめくように入ってきたのは、第一王妃の一団だった。

その中にひときわ目立つすらりとした立ち姿のエリザベスがいた。


うわぁ、王妃様だ。

ほんの半年前にルーチェとゲームをして笑い転げていた友達の面影はもうなくなっている。


エリザベスはひどく大人っぽい顔つきになり、どこか影のある物憂げな雰囲気をまとっている。

髪は今でも艶やかで見事な金髪だが、複雑な編み込みをされて頭の上に王冠のようにまとめ上げられていた。


「ようこそおこしくださいました、妃殿下」


自然にルーチェの膝は折れ、敬意を表して深くお辞儀をした。


「久しぶりね、ルーチェ。元気そうでなによりだわ」


語尾が少し震えたような気がしたが、ルーチェが顔を上げるとエリザベスは静かに微笑んでいた。


二人で対面して座り、お茶を勧めて飲み始めたのだが、話の接ぎ穂がなかなか見つからない。

あ、そういえば、母親が嫁入り前にシャイン卿のことを言ってたな。エリザベスの兄の話ならどうだろう。


「妃殿下、お兄様から便りはありますか? 色々とお仕事を経験されていると母に聞きました。忙しくされていらっしゃるんでしょうね」


ルーチェがそう切り出すと、エリザベスは持っていたカップをカチンとならし、震えながらソーサーごと机に戻した。そして鋭い目をしてルーチェを(にら)むと、後ろに控えていた大勢の侍女を一人残らず部屋から退出させた。


え? 何かまずいことを言ったのかしら?



「ルーチェ、それってどういう意味?」


エリザベスの声が地を這うように低い。

ひぇぇぇ、怒ってる??


「あのぅ、問われている意味がわかりません。リチャード様がどうかなさったんですか?」


ルーチェが本当にわかっていないことが見て取れたのだろう、エリザベスは片手で目を隠して、気持ちを落ち着けているようだった。


「敬語を使うのは止めて。私も第一王妃の演技を止めるから」

「ほぇ? う、うん」


演技って、何?


「はぁ~、兄はあなた(・・・)に結婚の申し込みをしていたのよ。それを情勢が変わったとか何とか言って狸親父二人が破談にしたの」

「え?」

「知らなかったのね。その上、よくも娘の夫に娘の友人を嫁にやろうだなんて考えつくわねっ!私は親にもソーレ公爵にも、そしてあなたにも幻滅したの!」

「…………………………」


驚いた。

驚いたが、エリザベスがルーチェに会おうとしなかった訳がようやくわかった。



「それはひどい話ね」

「ちょっと、人ごとみたいに言わないでよ!」

「あら、今の話はエリザベスの観点からの話でしょ? 人ごとじゃない。最初に言っておくけど、私はリチャード兄さまの話は本当に知らなかったの。兄さまは私の顔を見るたびに『女らしくしろ』『もっと人に甘えることを覚えろ』とか言ってお小言ばかりだったんだもの。結婚を申し込むつもりがあるなんてわかるわけがないでしょ?」

「それは……わかった。でも、ルーチェは私の恋を応援してくれてたじゃない。だのに何で……」


これはとことん話し合わなきゃいけないみたいね。


「あのね、エリザベスのさっきの話を聞いて、ここのところ疑問だった陛下の考え方が腑に落ちたの」

「?」

「まずはあなたのお父さん、シャイン宰相の立場から考えてみましょう。国を預かる責任が一番重い人よね。ある日、権力欲だけが強くて国のための政治というよりも自分の満足するやり方しか通さない、オディウム公爵夫人が動きだした情報をつかんだ。あなたも頭がいいんだから、それがひどく不穏な状況だってことがわかるでしょ?」

「……うん」

「あんなに自慢していた娘を自分よりも年上の前王陛下に嫁がせようとしている。何かあると思うじゃない」

「ファサート様を利用して、レクス陛下に仕返しをしようとしてるの?」

「うん、それもあるわね。可愛い娘を拒み続けて、さんざんコケにしてくれた恨みはらさでおくべきかーって感じよね。シャイン宰相は、ファサート様に王位を奪還させて、公爵夫人が国を操ろうと思っているんじゃないかと考えたのよ」

「そんなことできないわよ!」

「何で?」

「だって、だってレクス様がちゃんといるじゃない」

「それがそうでもないのよね。ファサート様の譲位の原因は、息子ができなかったからなのよ。別に何かの政治的な汚点があったわけではない。三姫様が軍事力のある臣下に降嫁したために、世が乱れることを恐れて、すぐに甥に王位を譲った。慧眼だわね。でも息子、つまり皇太子になれる後継者ができたら? 弟の子であるレクス陛下より、直系の男子ということになるわ」

「……………………」


エリザベスの頭の中が音を立てて回転しているのがわかる。

そうよ、恋愛脳だけじゃ王妃はできないわ。


「おじさまは、娘が可愛かった。もちろん自分の保身もあったでしょうが、第一王妃になった娘の立場を守りたかったの。そのためには夫であるレクス陛下の立場を万全にしなければならない。あっちが公爵家の娘が産む皇太子なら、こっちも公爵家の娘に皇太子を産んでもらえばいい」

「……そんな」

「友人に泣きつかれたソーレ公爵は、どちらの政権が国にとって幸いかを考えて、娘を犠牲にすることを判断したの。父としてはもっと早くに私を嫁に出せばよかったと悔いていたわ。私もエリザベスの立場を守りたかったことと、国が乱れてほしくなかったから、めんどくさそうな要求にうんと言ったわけ。それがなけりゃ、こんな結婚をするわけないじゃない。私はゴロゴロして日向ぼっこをするのが好きなのよっ」


う、コホン。

ついつい本音が出ちゃったわ。


「そこで今度はレクス陛下よ。私は最初の行き違いがあったとはいえ、ちっとも私に手を出そうとしない陛下のお考えがさっぱりわからなかったの」

「え? ええっ?! まさか、まだあなたたち……………」


驚くよね。

ふふふ、驚き返しができたわ~


「そうよ、最初はただ同じベッドで寝てたら子どもができると思ってたの。でも第二王妃のクリスタル様に注意されちゃって、私の無知がわかったってわけ。陛下に閨のことを問いただしたら『お前はそんなことを考えなくていいんだよ』って、それだけよ。バカか、この男?って思ったわ。今でも王位が揺らいでいるのに、私が子どもを産まずにあっちのシビルに男の子が生まれたら、退位も目の前よ」

「……ルーチェ、さすがに不敬よ」

「ごめん。でもそれは私の考え方であって、レクス陛下の考えではない。陛下は、伯父上に王位を譲ってもいいと思ってるのよ」

「まさか!」

「あの態度だと、そうとしか思えないわ。王家の中では、それでいいのかもしれない。でも国民はどっちの政権がいいのかしら? オディウム公爵夫人をファサート様が抑えられるのなら、私もどっちでもいいんだけどね」


そう、もうエリザベスの立場を考えても、どうにもならないことだ。

レクスの考え一つなんだよねー。

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― 新着の感想 ―
[一言] いろいろな思惑が重なって状況が不透明になってますね。 とりあえずは民のことを考えてくれる人が上に立ってくれれうことを祈りたいとこです。
[良い点] あー、話が転がり始めましたね。 ようやく切れ者っぽいところが見えたというか。 [一言] でも、エリザベスの立場が崩されてしまうところは変えようがないんですよね。 好きな人の一番近くにいられ…
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