何もない輿入れ
国の内外に示す正当な王妃として、また未来の国母として扱われるのは、第一王妃のみである。
第二王妃、第三王妃というのは、一応の敬意は表されるが、内情は公に認められた妾といった立場だ。
そのため国中がお祭り騒ぎになった、第一王妃である親友の結婚とは違い、ルーチェの結婚は重臣と身内だけが招待された晩餐会の席上で、紹介の形としてささやかに披露されただけだった。
「この度、ソーレ公爵家のルーチェ嬢が我が第三王妃として嫁してくることとなった。皆、よろしく頼む」
「おめでとうございます」
「これで国も安泰ですな」
……夫となるレクス陛下のお言葉は、決まりきった何の工夫もないものであり、非常に簡素で事務的なものだった。
しかしルーチェが気になっていたのは、陛下のことよりも彼の隣に座っているエリザベスのことだ。
二人の正面に座っていたルーチェは、食事が始まった時からずっとエリザベスの方を伺っていたのだが、ちっとも目を合わせてくれない。
今回の婚姻話を聞いて、ルーチェはすぐにエリザベスに手紙を書いたのだが、未だ返事も返ってきていない。
やっぱり怒ってるよね。
ルーチェとは違い、エリザベスは小さな頃からレクス様のことが好きだった。
そんな愛する人を他の女たちと共有しなければならないというのは、彼女にとって耐えられないことなのだろう。
自分が妻になってすぐに、陛下が第二王妃を娶らざるを得なくなったのも屈辱だっただろうが、それから半年も経たないうちに、追い打ちをかけるように友達が嫁いでくるのだ。
たぶん私の顔も見たくないんでしょうね。
でもね、ベス。
この国に騒乱を呼び込まないためには、仕方がないのよ。
私だってこんな結婚はしたくなかった。
でもしなければならないのなら、最善を尽くすしかない。
後から父さまに聞いた話だが「花嫁とは思えないほど堂々とした態度ではないか?」と、大臣たちから奇異な目で見られていたらしい。
「財務大臣に『ルーチェ様は愛くるしい見た目のわりに、鋭い目をされるのですな』と言われたよ。お前もこれからは人目が多い城で暮らすことになるのだから、少しは猫を被ることも覚えなさい」
父さまはそう言って苦笑していたが、これは性格だから今さら変えようがない。
ルーチェは背が低く、身体つきもほどよくポッチャリとしていて、よく綿菓子や小動物にたとえられる容姿をしている。
見た目は可愛いふわふわした女の子に見えるようだが、中身の方はどちらかといえば男らしく、冷静で、大雑把な性格だ。
弟のスティーブの方が繊細で、なんでもよく気が付く女性的な性格をしている。
父さまからは、姉弟の性格が反対だったらよかったのにと言われたこともある。
そんなルーチェのことを心配して、母さまが妻の心得とやらを教えてくれたのだが、これがまためんどくさい代物で、ルーチェは聞く端から忘れてしまった。
ただ、閨でのことは興味があって覚えていた。
夜に同じベッドに入って眠らないと子どもが授かれないらしく、ルーチェとしてはその点だけが心配だった。
よく知らない陛下と同じベッドで寝るなんて、どんな羞恥プレイなの?
オナラが出たり、ゲップをしたりしても許してくださるかしら??
まさかベッドでも、夜会で挨拶をする時みたいに「苦しゅうない面を上げよ」とかおっしゃるのかしら???
ルーチェが考えていることを知ったら、妻の心得を説いた母親も頭を抱えたかもしれない。
しかし実際に頭を抱えたのは、エスタード国 第52代国王 レクス・エスタード・クェント2世、その人であった。
レクスは品のある趣味人であり、政治経済のことよりも音楽や絵の鑑賞を得意としている。
王家に代々伝わる白銀に近い金髪を持ち、優性遺伝を続けている家系のためか、背もすらりと高く手足も長い。顔つきも鼻筋が通ったハンサム顔のため、たいていの女性はレクスのそばに来るだけで、蕩けるようなうっとりとした顔をして、すぐに腰砕けになる。
「たいていの女はな……」
このルーチェとやらは、本当に公爵令嬢なのか?
初夜の閨だというのに、なにもかもが規格外過ぎた。
レクスが第三王妃の部屋に入ると、お付きの者たちは心得顔をして水が引くようにいなくなった。
そばに他人がいなくなったので、レクスも肩の力を抜いて自然体になり、嫁に来たばかりのルーチェに話しかけた。
「お疲れさん、君も今日は疲れただろ? 早く休むことにしようか」
「……………………うわっ、巨大な猫?」
まず、嫁の第一声がそれだった。
そして何やら難しい顔をして考え込んでいたかと思うと「そういう方なら、言っとくべきね!」とポンッと手を叩いてこちらに向き直ってきた。
「陛下、同じベッドで休まないと子どもができないというので、我慢してもらわなければならないんですが、私はよくオナラをするんです。臭かったらすみません」
色気も何もないというのはこのことだろう。
気分がそがれたが、気を持ち直してなんとかベッドに入り、胸を触り始めたら震え出した。
可愛いところもあるのかと気をよくしていたら、震えていたのはどうも笑いをこらえていたからだったらしい。
「ギャハハハハハッ、くすぐったぁーーーい!! もう、くすぐりっこをするのなら負けませんよ!」
こいつは弟と勝負をしているつもりなんじゃないのか?
どうやらその懸念は当たっていたようだ。
完膚なきまでに叩きのめされたレクスは、ベッドのリングに沈められた。
ルーチェは「面白かったです、おやすみなさーい」と言うと、枕に頭をつけた途端に寝てしまった。
今はクークーと寝息をかきながら、幸せそうな顔をして眠っている。
第一王妃であるエリザベスの親友だと聞いていたので、ドロドロした関係にならないように、なるべく事務的に関わろうと思っていたが、こいつのこの性格なら心配はないのかもしれない。
「クリスタルのところへでも寄って帰ろうか……」
情熱を処理できなかったレクスは、とぼとぼと廊下を帰って行ったのだった。