第99話 ラブホ事件の整理
現在、場所はラブホテル。ふざけてるかって? いや、大まじめだ。
事件があったその場所に俺と氷月さんは向かっている。
話すことが全くなくて無言なのがとても空気的に辛いが、さすがに事件現場に乗り込めば情報共有ぐらいはしてくれるだろう。
俺は鍵番号の部屋に辿り着くと鍵を刺して開錠。中へと入っていく。
中は事件現場そのままにぐちゃぐちゃな感じだ。
床には人型のテープが貼られていて、ベッドから紅い染みが続いている。
大きめなクイーンサイズのベッド。ニオイの大半が血のニオイと混じっているが、一部独特なニオイが漂ってくる。
まあ、こんな場所だ。やることやった後のニオイでしかないだろう。正直、不快臭でしかないが。
「やっぱり、先に来た警察がある程度の鑑識をやってくれてるみたいだな」
俺はそんなことを言いながら部屋を出来る限り荒らさないように歩き、手袋をつけた手で引き出しや物を触れていく。
辺りには男とも女ともわからない短い毛が落ちているが、無視だ無視。そういう場所なんだからあるんだろう。
一通り中の様子を確認していく。机の上や引き出しの中、テレビの映像なんかは至って普通であった。
普通と言っても引き出しの中身は大人のおもちゃばっかだ。
なんだかまだ早い世界に踏み込んだ感じ。いや、今更だけども。
とはいえ、確認のために開いたテレビが普通で助かった。モザイク映像だとすれば気まずさが跳ね上がる。
「どうそっちは見つかっ......た......」
「......」
俺が振り返った瞬間ウィンウィンウィンと機械音のようなものが聞こえてきた。
その機械音は当然“おもちゃ”からで、そのおもちゃを興味深そうに持っていた氷月さんと目が合った。合っちゃった。
やばい、どうしよう。なんか目が合っちゃったよ。こういう場所だからなんか変な気分になってきたよ。これは不味い。
いや、でも、冷静に考えてみろ。相手はあの氷月さんだぞ? 俺にツンケンばかりの氷月さんが俺に狼狽えるような姿を見せるか?
ないな。ないない。会話のキャッチボールで刃先が丸まったトゲトゲボールじゃなくて、剣山くっつけたボールを剛速球で投げてくるんだから。
そんな相手だよ? 俺が狼狽えなければいい話。
「......」
「......」
あー、どうしよ。本当にどうしよ。完全にそういう感じじゃないよ。
だって、氷月さん羞恥のあまりフリーズしちゃってるもの。顔真っ赤にして、こっち睨みつけながらプルプルしてるもの。
取り繕いようがないもの。あーどうしよ。
と、ともかく、あれだな。俺が普通にしてればいいことだ。
これは仕事。仕事でこっちに来ているだけ。何の問題も心配もなし。
というか、来架ちゃんの時も結衣に気付かれてたし、やべーよな。もう語彙がそれしか出てこない。
「それがどうかした?」
「い、いえ、別に......」
氷月さんはそっとその太くて長いバイブ機能を持った棒を机に置く。
そして、一回咳払いすると何事もなかったようにキリッとした目つきになった。
といっても、顔は真っ赤だが。
「それで何かわかったんですか?」
「何かって言うほど何も。やっぱり、警察が調べた情報で進んでいくのが一番早いかもね。正直、素人目じゃ何もわからない」
「まあ、そうですね。なら、当たらめて被害者の情報を教えてください」
「わかった。ちょっと待ってて」
俺は背負っていたリュックからタブレット端末を取り出すとホームボタンで画面に電源を入れていく。
そして、適当にゼロ四つで構成されているパスワードを入力して解除。
タブレット端末でインストールされている専用アプリにて事件の資料が載ったページを開いていく。
それから、その資料ページを読み上げていく。
「被害者は岡島隆と佐藤由奈。二人は一昨日の夜、このホテルに訪れてこの部屋に宿泊。しかし、こういうホテルだ。延長は出来てももう一泊とはいかない。しかし、その二人は延長コールの呼び出しにも応答せず、ずっと出てこなかった」
「その後の展開はなんとなく予想がつきます。不審に思ったホテルマンがその部屋に訪れた。でも、ノックしても応答がない。なので、仕方なくマスターキーで開けたら事件発生。一昨日の事件現場を見ているのは先に警察が殺人事件として出動していたから。どうですか?」
「その通り。それで殺人についての説明すると岡島さんが眠っていたところを佐藤さんがナイフで胸を一突き―――――」
その情報を伝えた瞬間、氷月さんは思わず顔をしかめた。
そして、思い至った疑問をぶつけてくる。
「それっておかしくないですか? このホテルに来てるってことはやることはやってるんですよね? まあ、ホテルに呼び出して睡眠薬で眠らせた後に殺すことも可能ですけど」
「指紋鑑定やDNA鑑定からも二人が営んでいたことは確定みたいだよ。佐藤さんの体内から岡島さんのDNAが見つかったらしいし」
氷月さんの言いたいことはわかる。要するに、殺すためとはいえ今から殺そうとする相手とやるかということだ。
まあ、普通に考えればおかしい。なんせ殺すほどの相手なのだ。そんな相手を油断させるためとはいえ、そこまで自分の体を犠牲にできるものだろうか。
いや、さすがにできないだろう。相当な覚悟を持った人か、もしくは弱みを握らているか。
しかし、そんなものは見当たらない。
「二人の身辺調査によると二人の関係性は良好だったらしい。佐藤さんが岡島さんに一方的な恨みを持っていたわけでもなく、岡島さんが佐藤さんの弱みをもっていたわけでもない。二人に過去の接点はなく、ただ同じ働き先で出会ったという感じなだけらしい」
「それじゃあ、殺す動機がないと言っているようなものですね......佐藤さんにそう指示させた人物がいるとかは?」
「いや、特にこれといった情報はないね。ただわかってなくて情報更新がされてない可能性もあるけど......更新されない可能性もある。ただまあ、わからない以上はその要素を除いて捜査を続けた方が良いと思うね」
「そう、ですね。そうしましょう」
そう言った氷月さんは改めて辺りを見始める。今度はシャワールームや洗面台も重点的に。
俺はその様子にホッと息を吐く。
一先ずこんな形ではあるがしっかりと会話が出来た......仕事の話だけど。
いいんや、この際文句なんか言わんぞ。これだけの会話量はこれまでの数日間に比べれば飛躍的な進歩だ。
まあ、ぶっちゃけ氷月さんも公私混同しないという点で助かった場面もある。
俺が嫌いというだけで仕事の話も満足にできないはさすがに不味いからな。
とはいえ、氷月さんをそこまで駆り立てるのは何だろうか。
俺の勝手な見解だが、氷月さんはずっと心にゆとりがないような気がする。
何かに焦っている。何かに急いでいる。そんな印象だ。
何がそう駆り立てるのか。今の俺じゃ答えてくれないだろうな。
......って、やっぱこれなんのギャルゲえええええ!?
俺は自分が別に何かにとらわれているような感覚がしなくもないことに頭を抱えているとふと先ほど言いかけていた資料のことを思い出した。
そして、その資料を見てみると先ほどの議論にあげていた動機についてももっと不可解な点を見つけた。
恐らくこれが俺達に仕事が回ってきた原因。
「氷月さん、さっき伝えてないことがまだあった」
「なんですか?」
「この事件、被害者は二人なんだ。佐藤さんは殺した後に殺されている」
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