第98話 まさかのお代わりか~この場所
「どうだ? 3日も経ったんだ。もう一回はイチャコラしたか?」
「所長までそう言うこと聞くんですか? というか、それわざと言ってますよね? そんなおっさんくさいセリフ」
「バカを言うな。私はまだぴちぴちのティーンだぞ? 仮に年齢が一つ上がろうとも、それはそれで華のある二十歳だし」
「なら、余計にそう言うこと言うのを控えた方が良いですよ。華が早々に散ってしまう前に」
俺はタブレットで今担当している事件の資料を見ている。
すでに警察がまとめたものだ。大概は一度警察に回ってから特務に来るので実は案外時間にゆとりがあったする。
まあ、その分普通の人では相手にできない存在と命張って戦うんだからギブアンドテイクとも言えるだろう。
所長は俺の目の前のソファに座り、少し退屈そうにコーヒーを飲んでいる。
どうして退屈かって? 決まっている。俺と氷月さんの反応が自分の期待していた感じではなかったからだ。
この人とは割りによく話すので知っているのだが、意外にラブコメ厨だ。お仕事モード以外割りにロマンに溢れてる。
見た目が堅物の鬼上司っぽく見えるので自分でもイマイチ上手く関連したりしないのだが、聞いてるとそう思えてくる。さっきの質問なんてのもその一つだ。
あれだ、学校にいた時一度は考えた「学校にテロリストが入ったらどうなんだろ」的な妄想を捗らせるやつだ。
所長はその妄想でラブコメ色が強い。といっても、自分がラブコメのヒロインになるのではなく、そのイチャイチャを見るのが好きというタイプらしい。よくわからんが。
「それにしても、さすが3日も経てば普段の職場でも会話の一つや二つは必ず聞くだろうと思っていたが......なんだ? まだケンカしてるのか? それともケンカしたのか? 寝込みとか襲って」
「俺をどういう立ち位置でカテゴライズしてるか一度教えてもらいたいぐらいですけど、正直ケンカの一つもないクリーンな関係です。もっとも、個人的にはクリーン過ぎて会話のキッカケならケンカぐらいでも構わないぐらいですけどね」
「お前ら......まさか家でも職場みたいに会話も交わさず冷え切ってんのか?」
「冷え切ってるというか、凍えているというか。もはや俺と顔を合わせるのすら嫌みたいで、返事してくれただけでも会話できたって思うぐらいですよ」
「そんな調子で大丈夫なのか? 正確な予定日は決めていないが、出来るだけ早いことには越したことない。だが、その様子だとお前らの関係が良好になるまでに1か月ぐらいかかりそうだな。今は警備が厚くなっているとはいえ、それだただの時間稼ぎに過ぎないし」
「さすがにそこまではかけられませんよ。長くて1週間。それ以上超えたら演技でも何でもやって乗り切るしかないです」
「演技なんてロクにできない奴が何言ってる。それにたとえ演技であっても二人の心がシンクロしなければ、相手を騙すようなことはできない。大方、そうなった時はお前が愛依に振り回される感じだろうけどね」
「ですね。氷月さんが俺に合わせてくれるとは全くもって思いませんし」
「......はあ、まあ事情はわかった。こっちでもサポートはしてみる。またなんか困りごとあったら言え」
「ありがとうございます」
そういうと所長はソファから立ち上がってすぐ近くの書斎に向かった。
******
「どうしてあなたと組むんでしょうね」
「それは......今後の作戦のためにお互いを知ろう的な?」
き、気まずい。あの所長、やってくれやがった。
現在、俺と氷月さんは二人でとある小さな事件の調査及び解決を所長から任された。
まあ、これは所長の粋な計らいというやつだろう。
普段職場で話すことはなくても、事件ならば互いに情報を共有して協力して物事にあたった方が良いから。
まずは会話を増やせと言う意味だろう。そうでないとお互いのことなんて知る由もないから。
とはいえ、だ。どうしてこの事件の調査を任せたのか甚だ疑問である。
というのも、俺がいるのはホテルだ―――――“ラブ”がつく。
まるで来架ちゃん以来だ。こんな場所に来ることになるなんて。結構早いスパンだな。
つーか、普通会話が少ないからって糸口にラブホ選ぶ? 事件がそれだけしかなかったっていうのもあるけど、気まずいことこの上なしだろこれ。
ま、まあ、前の時はただ泊まるつもりで入ったが、今回は事件として調査するだけだ。
何もやましいことはない。むしろ、意識してる方がやましいとも言える。
氷月さんは来架ちゃんのようにラブホの存在を知らないとは思えないし、あのムスッとした顔からも微塵もそんなことを考えてなさそうだ。
......よし、俺も気合入れねば。
「それじゃあ、早速事件現場に向かってみようか」
「はい、そうしましょう」
相変わらず固くやや刺々しい返事。とはいえ、返事を返してくれたのだ良好と思おう。
そして、俺達はラブホの受付に警察手帳を見せて番号を教えてもらう。
それから、その番号のあるパネルをタップして、ガコンと自販機の取り出し口みたいなところに落ちてきた鍵を取る。
......別にやましい事じゃないからね? だから、そんな「うわぁ」みたいな目で見ないで。
ただ来架ちゃんと入った時に手順を覚えていただけだから! 本当にそうだから! ってちゃんと言えたらどんなにいいか。
下手に言えば言い訳がましくも聞こえるし、言わないなら言わないで「こいつ手馴れてやがるやべー」と思われる。
くそぅ、前門の虎後門の狼って感じでどっちを選んでも好感度が下がる最悪な選択肢じゃないか。
もうこうなったら割り切ってスマートに行こう。
案外自分の勝手な被害妄想ってこともあるし、存外思っていたよりは違う結果になる場合もある。
俺は辺りを見渡してエレベーターを見つけるとそこに向かってボタンを押す。
中に入ると鍵についている半透明な棒に記されている三つの数字のうち一番左側を確認しながら、その数字と同じ階を押す。
『階が選択されました。扉が閉まります。ご注意ください』
エレベーターはゆっくりと上昇し始め、点灯ランプが一定間隔で動いていく。
そして、チーンという音ともに音声アナウンスが流れ、扉が開いた。
エレベーターを降りるとそこは高級感を醸し出すような赤い床であった。
まあ、もとよりこのラブホはそこらのラブホよりも高級でその分割高らしいが。どうでもいいけど。
俺が鍵の番号を頼りにドアに記されている番号と照らし合わせていく。
その後ろを相変わらず起こった表情に見える氷月さんが後ろからただ黙ってついていく。うーん、なんかしゃべってくれ気まずい。
.....いや、待ちの姿勢よりもこちらから話しかけた方が良いか。
「とりあえず、初任務ってことだけど緊張しなくていいよ。まあ、俺が頼れる人かは別―――――」
「ひゃっ!......わかってますよ、そんなこと」
「まあ、だよな......ん?」
今妙な声が聞こえたような......気のせいか?
そう思って軽く振り返ると氷月さんはそっぽを向けながら相変わらずの鋭い目つきであった。
だが、耳と頬がほんのり赤い。
「もしかして......緊張してる? それともこの場所?」
「そんなわけないじゃないですか! 私だってラブホの一つや二つ当たり前に知ってますよ!」
いや、それはそれでどうかと思うぞ?
とはいえ、そっかそっか。どうにもツンケンするから隙が無いと思えば、案外あるじゃないか。
まあ、こういう場所に抵抗ない方がおかしいと言えばおかしいか。
「何笑ってるんですか?」
「笑ってたか? 気のせいだろ」
まあ、なんだか少しは違う表所が見れて得した気分だ。
よし、この調子......は不味いけど、着実に会話を増やそう。そうすれば心を開いてくれるはず。
......あれ? これなんてギャルゲ?
読んでくださりありがとうございます(*≧∀≦*)




