第97話 ここはファミレスであって取調室ではありません
「いらっしゃませー」
店内に入ってくる客を迎えるスタッフの声が聞こえてくる。
店内は未だ残暑厳しい季節の中、快適な涼しさを届けていてくれて、もしいつまでもいれるならここで過ごしたいぐらいだ。
他の席からは楽しそうな談笑の声が聞こえてきて、時間もお昼を少しすぐた辺りなためにママ友らしき集団やカップルも多い。
そして、どのテーブルからも匂ってくる香りはとても食欲をそそる。
そんな土曜日のとあるファミレスのとある場所だけは、他のテーブルとは違った妙な緊張感が生まれていた。
「それでどうだったの?」
「どうだったんですか?」
「どうと言われても......」
俺はそう言って口ごもる。そんな態度に正面に座っている恐らくムッとしているだろ無表情の結衣に、ニマニマした様子の来架ちゃんは無言の圧力をかけてきた。
口を開いて一言目がまずそれであるからかなりビビるのだが、要するに聞きたいことは氷月さんと一緒に暮らすことになったことだ。
一応、所長が話した当日に気になってライソで聞いてきた結衣と来架ちゃんには事情を話してあるのだが、どうしてこう圧力がかかっているか不思議だ。
いやまあ、言わんとすることはわかる。要するにあれだろ? 俺が氷月さんに手を出していないかってことだろ?
......俺はどれだけそこら辺に信用がないのだろうか。
「特に何もなかったよ。昨日伝えた通り」
「ほんとにそれだけ?」
「疑り深いな。正直なところ、家に連れてって部屋を案内したらそれっきり出てくることなかったよ。食事も声かけたけど、来る気配もなかったし部屋の前に置いといただけ」
「なんというか......引きこもりの子供の世話をするお母さんみたいですね」
「正直、嫌われてると思うんだよね。というか、嫌われてる。俺が来た時にはもうそんな調子だったし、戦った後何かは特に溝が大きくなった気がする」
「普段一人だったからその感覚でお風呂場に行ったら、ばったり出くわしたこともあるから?」
「そうそう、そんなことも......ん?」
あれ? 俺、そんなこと言ったか? というか、どうしてそれを結衣が知ってるんだ?
そう思って見てみると結衣が「死ねばいいのに」とでも伝わってきそうな邪気を持った目で睨んでいた。
無表情でわかりずらいが、若干目つきが鋭くなってる。
やばいな、カマかけられた。
「結衣、俺がノリツッコミしやすいタイプの人間って知ってるだろ? ダメだぞ、アリもしないこと言っちゃ。しかも、それはあんまし言っちゃいけないタイプの奴だ。俺がこうでも言ってやらないと今後そういう言葉で変に言葉が詰まると信じて――――――」
「知ってた? 凪斗って嘘をつくと饒舌になるんだよ」
「......」
「にゅふふ、白状しちゃいましょうよ。凪斗さん」
そう......なのか? 俺って嘘をつく時そんなしゃべるのか? 意識してなかったから信じていいのか判断つかねぇ。
というか、言い訳しようと別のことをしようと結衣の目はもう完全に俺を女の敵認定してる。
あの目は完全にターゲットロックオンの目だよ。
「八つ裂きにしていいですか?」って問いがあったら、間違いなく「はい/YES」ってなってるよ。逃げ場ねぇよ。
俺が次の言葉を告げなくなっているとテーブルに腕をつけていた結衣が人差し指でトントントントンと一定間隔に机を叩き始めた。
それはまるで言葉を急かされているようで妙に落ち着かない。
「凪斗、いい加減楽になった方が良いよ。今言うならば凪斗の罪も少しは軽くなる。これ以上無駄に罪を大きくする必要はないんじゃない?」
「素直に言えばすぐに解放されますよ。どうですか? お腹空いてませんか? 言ったならば思う存分に食事にありつけますよ。あなたの幼馴染をなかせてしまいますよ」
......何、この取り調べを受けている感じ。どうして俺がこんな気分にならないといけないの?
え、ここファミレスだよね? 取調室じゃないよね?
そもそも罪って何? いやまあ、あれは故意じゃないし事故だしな.....。
しかし、重い。重すぎる。なんだこの空気。ファミレスってもっとこう楽しく団らん出来る場所じゃなかったの?
どうして俺だけこんな状況なの? もうやめて! この空気やめて! 周りの視線がさっきから痛いんだよ! 修羅場が行われてるみたいな感じでママ友さんとか変な勘繰りして盛り上がっちゃってるし!
それと来架ちゃん。どうして俺の幼馴染をチョイスしたのかはわからないけどさ、俺の幼馴染は今目の前で刑事やってるから。
渋い顔でこっち睨んでもやは何が何でも俺を有罪に追い込もうとしてるから。罪を軽くするなんて微塵もしてくれないから。
「凪斗、言って」
「......はい」
ダメだ、その笑顔はダメだ。怖い、怖いんだよ......その笑顔。
本当に好物を見つけた時でも瞳を童心のように瞳を輝かせるだけなのに、どうして怒ってるときは笑顔になれるの? 意味わかんねぇよ、つーか怖いよ。
あー、もうダメだ。こんなん耐えられるわけないじゃん。俺だって早くこの重圧を抜け出すにはそうするしかないじゃん。
どっちにしろもうこれは負けイベントみたいなものだ。エンカウントした時点でこっちの攻撃は掠りもしなくて、相手の攻撃はクリティカルのカンストだよ。
だったら、もう認めるよ。少しは逃げ切れる確率あるかなと思ったら、何もなかったよちくしょう。
そして、俺は洗いざらい話した。といっても、俺が悪いところもあれば、そうじゃないと言える部分もある。
昨夜、氷月さんが仮に泊まっていたホテルから荷物をもってやって来た。
正直、所長にあんなことを言われようとも拒否するかと思えば、「無駄にお金をかけたくない」とのことだ。
まあ、ホテルって意外に高いし、高給取りでもないわけだから当然の判断だろう。
そんなわけで俺の家にやってくるとザっと家の中を説明していく。そして、使っていい部屋も教えた。
すると、氷月さんはその部屋に入るや否や出てこなくなってしまった。
まるでヤドカリが宿となる貝を見つけて入ってからそのまま出てこなくなったように、固く部屋にこもった。
一応、俺は一人で過ごしてきたわけだから料理男子である.....特にモテたことないが。
とはいえ、せっかく家にやって来た客人なのだ。
親睦を深めるために料理をふるまうも、そもそも部屋から出てこないのであえなく撃沈。部屋の外にそっと置いた。
しかし、一応は完食してくれたみたいだ。
まあ、これで終わってくれるならそれなりに好印象で終われたかもしれないが......そう、やらかしたのだ。
結衣が言った通り、風呂でも入れようと脱衣所に浮かうとパンイチの氷月さんの姿が。
小ぶりな胸の先は首にかけられたタオルで見えなくて良かったが、まあそういう問題じゃないわな。
そして、すぐに謝った。言い訳がましいことも言った気がするが、とにかく誤った。
すると、氷月さんは恥じる様子もなくこう告げた。
―――――あなたに恥じるべき肉体はしていません。見たければお好きにどうぞ。ですが、その後の人生に狂いがないといいですね。
俺はすぐに扉を閉めた。羞恥心より、恐怖が勝った。殺されると思った......警察に捕まるよりも先に結衣に。
そして、数分後に出てきた氷月さんは「洗濯お願いしますね」だ。
俺の家なのに俺が家政婦みたいになってる。しかも、まるで俺を男と認識していない。
まず嫌われてると自覚してあったが、よもや男認定すらされないほど嫌われてるとは思わなかった。
さすがにショックよ。イラッともしたけど、可愛らしい顔立ちをしている氷月さんに言われるのはかなり精神に響いた。
それからは天岩戸の天照だ。下手したら日本神話より頑固かもしれん。
そういうことだから、もはや俺が事故で起こしてしまったことは特に罰はないんじゃないでしょうか?
それを聞いた結衣は笑顔で告げた。
「女の子の裸を見た時点でアウトでしょ」
ですよね。
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