第94話 認めてもらうための試合
「すまんな、凪斗。手っ取り早く認めさせるにはこっちの方が早かった」
「まさか本当に戦うことになるとは......まあ、仕方ないと思うし、心のどこかでそうなるんじゃないかと思っていましたからいいですけど、とはいえ勝てるかどうかわかりませんよ?」
「大丈夫だ。たとえ無様に負けようとも見捨てたりはしない。ただ、勝って欲しいとは思ってる。そっちの方が凪斗の必要性を主張することになるし、認められたいだろ?」
「......まあ、そうですね。この世界に入って上を目指すなら、舐められたままは良くないと思います」
時は少し進み、地下にある修練場。そこに俺はやってきて、現在【氷月愛依】さんと向かい合っている状態だ。
氷月さんはこちらに敵意にも似た......というか、敵意だろうなーと思われる空気を醸し出しながら、こちらを睨む。
ほんと何したんだ俺。確かに、俺は彼女が投与される予定だったアストラルを不慮な事故とはいえ、奪った形になったけど、何かそれ以外に理由があるよな? そうじゃなきゃ、あんな敵意は作り出せない。
まあ、もしかしたら、実はどこかで恨みを買っているようなことをしたかもしれないから、戦いたいというなら誠心誠意答えるのが俺の務めだろう。
とはいえ......
「なんですか、この観客?」
「見たいんだろ。お前らの戦いを」
周囲をぐるりと見渡すと壁の端に残りのメンバー全員が集合していた。
結衣が来るのはなんとなく予想していて、来架ちゃんも許容範囲内だが、その他は別に気にするほどでもないだろ。なんなら、どこでその情報を手に入れたんだ? と聞きたいところだ。
まあ、人数が少ないし、同じメンバー同士の戦いとなれば、見たい気持ちがあることはわかるんだけど......完全にプレッシャーなんだよな~。
特に先生がさ、これで俺がもし負けてみ? 地獄を見させられるよ。そういう意味では、はなから負けは許されないみたいなもんじゃないか。
先生がニコニコしながらこっちを見てるけど、全然安心感がねぇな。あの表情の裏に一体どんな黒い闇を宿しているのか。
そんなことを思っていると正面の氷月さんが俺に向かって声をかけた。
「保険作りは終わったかしら。さっさと始めましょうよ」
相変わらずトゲトゲしてるな。というか、今の言葉は少しだけカッチーンと来たぞ。
「そうだな、あまり長く持たせることでもない。始めようか。審判は私が取る。もちろん、公平公正に乗っ取った厳粛な判断だ。制限時間は15分。それまでに相手をノックダウンしたものを勝利とする。禁止事項は相手を殺しうる威力の攻撃はなし、相手が今後の生活で支障をきたすような攻撃もなしとする。そうなった場合は力づくで止める」
所長が俺と氷月さんの中間ぐらいで立つとそう告げた。そして、俺達を制止させるように両手をそれぞれにかざす。
「最後に凪斗、相手は本気で挑んでくる。半端な覚悟で挑んだら逆に失礼だ。何か原因があるのだろうが、それは一旦頭の隅に入れて先頭に集中しろ」
「......わかりました」
俺は両手で頬をバチンと叩く。それで本当に吹っ切れたかどうかはわからないが、まあ願掛けみたいなものだ。
「それでは、いざ尋常に―――――始め」
「氷地!」
所長が合図を出したとほぼ同時に氷月さんが一歩足を前に出すと同時に俺に向かって床を氷漬けにしながら氷を伸ばしてきた。
それを跳躍して避けると氷月さんはさらに次の攻撃に移っていた。
「氷槍」
氷で形作られたいくつもの槍が空中に漂う。それはもはやファンタジーの魔法のようだ。
そして、それは一斉に射出してくる。高速で飛来する槍は明らかに相手を殺しうる力を持っているだろ。
俺はそれを横移動しながら避けていき、円を描くように走りながらも少しずつ氷月さんに近づいていく。
しかし、考えてなかったが、氷月さんを倒すとなると俺は氷月さんを殴らなければいけないことになるが......それは仕方ないのか。さっき所長が言ってた通りだ。本気で行こう。なら、その覚悟ごと。
「チッ、思ったより速いわね!」
身体能力をさらに電気の力で向上させた俺に対して、舌打ちをした氷月さんは再び床を氷漬けにした。
ただし、今度は俺に向かって真っ直ぐではなく、自分を中心とする周囲に。
俺を近づけさせたくないのだろう。とはいえ、なんとなくこの氷の攻略法は思い浮かんでいるが、今はあえて避けよう。
目の前から飛来してくる槍を跳躍して避けると天井で着地するように足をつけ、さらに蹴りだした。
その時も槍は飛来してくるが、そのうちの一本を掴み取るとそれで飛来する槍を捌いていく。
そして、その槍を刺すようにではなく、叩きつけるように振り下ろした。
しかし、それは氷月さんが両手で作り出した氷の剣によって受け止められる。
「まさか、アルガンドを二つも作り出せるのか?」
「そんなわけないじゃない。私の本番は近接戦よ!」
氷月さんが両手を振り抜いて俺を弾き飛ばすと俺は氷の床に着地しながらも、摩擦ゼロの床で勢いのままに滑っていく。
その俺を氷月さんは変わらぬ床のように滑らずに走って右手を大きく振りかぶる。
「そらああああ!」
「っ!」
俺は槍を床に差して移動を止めると咄嗟に横に構えた。すると、その槍ごとぶった切るように右手の剣を大きく振りかざす。
強い衝撃が芯まで伝わってくる。しかも、こっちは足場が不安定だから踏ん張りも出来ないな。
再び氷を勢いよく滑っていく。しかし、途中で氷漬けになっていない床に入ったので、そこまで距離を取る。
すると、正面から先ほどまで持っていた二本の剣が真っ直ぐ向かってきた。
それを持っている槍でもってすぐに捌く。氷の槍を持ち続けていたせいか若干手がかじかんできたな。
「これでもくらいなさい―――――氷浸斬り」
氷を滑るように高速移動してきた氷月さんは両手の剣を大きく振りかぶると勢いよく振るう。
それは槍で受け止めることが出来たが、先ほどとは明らかに違う変化が起こった。
「―――――いっ!?」
槍がさらに強い冷気を放つ剣によって凍っていき、それが槍を掴んでいる俺の両手まで凍らせ始めた。
しかも、その浸食スピードはあっという間に手首と肘の中間まで氷漬けにした。
「どう? これが私の本当のアルガンドであるアルマスの威力は?」
「やべぇな。このままじゃ本当にやばい。けど、接近したら危険なのは氷月さんだけじゃないぜ」
「――――――っ!?」
俺は体中の電圧を上げて、氷月さんが俺を凍らせるようにしているのと同じように俺も氷月さんを痺れさせていく。
そして、その状態から動けない氷月さんの腹部を思いっきり前蹴りで吹き飛ばす。
くそ痛ったぁ。やべぇ、俺の両手が槍と一体化しちゃってる。とにかくこれは“溶かして”外さないと。
そうして、俺は両手に雷を纏わせながら熱を当てて槍を外していく。
そして、両手はまだ凍ってる感じだが、それを少し気にしつつ走り出した。
氷月さんは氷の床の場所まで移動している。となれば、下手に気取られるのはい嫌だから、ここは天井を経由して攻めるか。
簡単に戦略を立てると氷月さんが未だに若干体を痺れさせているうちに天井に向かって跳躍し、体をやや捻って反転させながら天井を蹴ると氷月さんに向かって降りていく。
そして、勢いのままにかかと落としをした。
「っ!」
しかし、ギリギリのところで痺れが取れたのか氷月さんは後方へと飛ぶ。
空振りした俺はその足を氷の床につけるとその足で一気に蹴り込んだ。それから、すぐに距離を詰める。
その俺の姿に氷月さんは驚いた様子であった。
「どうして氷の床を普通に走れるの!?」
「まあ、出来ると思ったけど、敢えてやっていなかっただけ」
やってるのは簡単だ。先ほど両手と槍を外したように、電気の熱で溶かしただけだ。
とはいえ、かなりのマギを使用したために割りにへばっているが、これで決着はつきそうだ。
俺は同じくして完全に溶かしきった右手にアルガンドの装甲を纏わせると紫電も纏わせる。
そして、速さで上回っている俺が素早く間合いに入り、腹部に拳を叩きつけた。
その瞬間、氷月さんは激しく痺れさせて、両手の剣を落として倒れ込んだ。その体をとっさに支える。
「勝者、凪斗」
所長の試合終了の合図で俺と氷月さんの戦いは終わった。
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