第88話 上級種格闘戦#2
「はあはあはあ......」
俺は息を荒々しくしながら前方に寝転がっている蜘蛛野郎を見た。
ほんの一瞬の隙と賭けでダメージを与えることに成功したのだ――――――俺のアルガンドで。
ふと右手を見る。その右手には黒を基本色として稲妻のような模様が何本か入っていた。
やっとこさで使えるようになったアルガンドだ。といっても、右手の篭手だけであるけど。
それに武器ではなく防具だ。まあ、これに関しては俺が武器を作り出せる技術がまだないということの裏付けでもあるわけで。
加えて、先生からも最初は防具を作り出す方が良いと言われたからだ。
単純な話、攻撃武器であってもそれが何かわからない。武器次第によればそれを習得するための技術が必要だ。
要するに武器は攻撃を当てて初めて使われたということになる。当てられなければただ防御を薄くしているだけだ。
そう言う意味合いからも防具だったら、見ただけで使い方がわかる。盾であっても鎧であっても。
とはいえ、イメージ通りに鎧になるとは思わなかった。やはり修行の際に先生の鎧スタイルが印象に残っているせいだろうか。
「くっ、痛いな~」
「まあ、そんなダメージは入らないよな」
蜘蛛野郎は顔面を抑えながら立ち上がる。相変わらず目がいくつもこっちを見ているようで気持ち悪い。
まあ、気持ち悪いで済めばいいが、そんな気持ち悪さを気にしている余裕はほとんどないだろう。
俺はいつでも対応できるようにファイティングポーズを取る。その一方で、蜘蛛野郎は俺を見て告げた。
「こっちの言葉には窮鼠猫を嚙むって言葉があるらしいが、まさに今がそう言う状態だってわけだ。奥が深いな」
「随分と難しい言葉を知ってるじゃないか。それほどここで人を襲ってきた期間が長いってことだな?」
「ケケケ、そうだ。俺はよわっちかった。だから、柵を練って罠を張って人間を食って食って食いまくってここまで至った。だが、まだ足りない。もっと強くなれる。そう、お前のような特殊な人間を食うことでな!」
「!」
蜘蛛野郎は格子状に糸を放ってきた。それは相当の鋭さを持っているのか端の糸が床を切り裂いている。
しかし、スピードで俺が負けたらそれこそ何も残らない。それにその速度は避けらるほどではない。
俺はそれを横に抜けてもう一度直進していく。すると、蜘蛛野郎は今度は引っ掻くように手を振るった。
その瞬間、指先から裁断の糸が迫りくる。なので、咄嗟に背後に飛んで避けた。
「なっ!?」
しかし避けた瞬間、背後何かが当たる感触がして俺の動きは止められた。
そして、背後を見てみるとそこには巨大な蜘蛛の巣が張られていた。いつの間に!? 一体いつだ? まさかさっきの攻撃は!
「ケケケ、今更気づいても袋のネズミ......いや、蜘蛛の巣の虫だ」
「ごふっ!」
手足も動かない状態で俺は向かってきた蜘蛛野郎の振りかぶった右ストレートが腹部に直撃した。
その衝撃に肺の空気が強制的に外に出され、内臓が傷つけられたのか思わず血を吐き出す。
しかし、それだけにとどまらず蜘蛛野郎は拳を押し込み、俺のあばらはミシミシと悲鳴を上げていく。
「吹き飛べ」
瞬間、さながら弾丸になったかのように思いっきり後方に吹き飛ばされた。
勢いは蜘蛛の巣を突き破り、背後にそびえ立つ巨大な中央柱に向かって一直線に向かって行き叩きつけられた。
辛うじて残っていた意識で殴られる瞬間と叩きつけられる瞬間の腹と背中を集中強化で防いだが、衝撃が防げるわけではない。
ああ、痛てぇ。全身が悲鳴を上げてる。ちょっとでも動かすだけで全身に激痛が走る。
アドレナリンが出ていてもこれか。こりゃあ本格的にまずい。赤鬼の時だってまだ動けた。
......いや、弱気になるな。動け、動け。相手が俺より強いことは初めからわかっていたはずだ。だが、心まで負けてしまってはまさしく完全敗北になる。
状況を打破する。現状を変える奇跡を起こすには絶対に弱気になってはいけない。心まで負ければ俺は確実に死ぬだろう。
だが、俺には死ねない理由がある。結衣と約束したんだ。それを果たすまではこんなとこでくたばってはいけない!
「切り刻まれろ!」
「っ!」
蜘蛛野郎は両手を振るう。爪先から細い糸が伸びてそれが建てに真っ直ぐ、俺を襲ってくる。
痛みに歯を食いしばりながら横に避けた。そして、弱気になりそうな心を払拭するように無理やり足を動かした。
蜘蛛野郎は横薙ぎに糸を振るう。それを俺はあえて跳躍せずに、下からスライディングするような形で通り抜けた。
その行動は蜘蛛野郎の予測とは違ったのか上方に構えようとしていた手を咄嗟に戻して、今度はクロス。
しかし、その多少の差で俺はより前に進める。
俺はそのクロスの上部分の空間に跳躍して避けたその瞬間、前方から糸で出来た弾丸のようなものが鋭く向かって来る。
「甘いよ」
「くっ!」
咄嗟に右手の篭手を軌道上に掲げ、その攻撃を篭手に直撃させた。
篭手が破壊されることはなかったが、勢いはその弾丸に押し負けたようでせっかく進んでいたスピードが殺されてしまった。
そして、押し返された俺は重力のままに下に落ちていく。
「それ!」
蜘蛛野郎が再び糸を縦に伸ばしてくる。
俺は穴を突こうとその迫ってきた糸に向かって右手を思いっきり振り抜いて、俺の場所だけ糸を弾いた。
しかし、それは相手の思う壺だったのか、再び糸の弾丸が直進してくる。
しかもその軌道は丁度俺が糸をこの方法でクリアするだろうということを見越してのものだった。
「くっ!」
俺は咄嗟に身をよじらせて、出来るだけ体を補足するように努めた。
その判断が功を奏したのか顔面に迫ってきた糸の弾丸は頬を僅かに切るだけで通り抜けていった。
しかし、その時に見た弾丸は先ほどと違うことに気が付いた。あれ? 先ほどの攻撃って弾丸の後ろに糸なんか伸びていたっけ......!
「ケケケ、気づくのが遅いな! それ確定顔面コース!」
「んぐっ!」
気づいて蜘蛛野郎の方に目線を向けた時には奴はすぐそばまで迫ってきた。
恐らく先ほどやつがやっていたアンカー的なものだろう。やられた! 新たな攻撃に気を取られて、次も同じ攻撃が来ると踏んでいたことを読まれていた!
咄嗟に腕を顔面に近づける。すると、その右腕に鈍い音と鋭い衝撃が伝わってきて、頭が激しく揺さぶられる感覚を味わいながら、床を跳ねるように転がっていく。
衝撃で頭がグラグラする。すぐに正常な判断が出来そうにない。
それに先ほどから防戦一方だ。良いように俺の行動が読まれている。それにせめてもこっちからは近づけない。
俺は床に手を付けると痛みを食いしばりながら無理やり体を持ち上げる。
そして、小刻みに震える足で床に踏ん張ると正面に立つ蜘蛛野郎を見た。
蜘蛛野郎は嘲笑っている。俺がボロボロになりながらも、一矢報いようとしている姿が実に滑稽らしい。
正直すげー腹立つ。腹立つのだが......実際そうなってしまっている以上、何も言い返せない。
それに俺にはそんな怒りに思考を割いている時間はない。
蜘蛛野郎に攻撃を当てるには遠距離攻撃しかないだろう。
しかし、現状では俺の唯一出来る遠距離攻撃でも相手はまだ間合いの外だ。届く範囲にまで近づけていない。
届く範囲にはチャージが必要だ。しかし、その隙をあの野郎が与えてくれるかどうか。
......ないな。一度とはいえ、俺を舐めプしてダメージを受けているのだ。だから、徹底して俺を近づけさせない。近づく場合は俺が反撃できないタイミングで。
考えろ。あいつまで届く手順を。最悪多少ゴリ押しになっても。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




