第87話 上級種格闘戦#1
落下速度が増しているような気がする。全身から風を感じる。底が見えないからこそ恐怖感が増長される。最悪のスカイダイビングだ。
少しでも思考を冗談めかさないと余裕が保てない。いつ叩きつけられてもおかしくない恐怖感で先に精神が潰れちまう。
しかし、どうにかできる気がしない。いや、考えろ! とにかく、考えろ!
俺は咄嗟に持ち物を調べていく。現在持ち合わせているのはスマホと地図ぐらいだ。どちらも全く役に立ちそうにはない。なら、周りのもので何か、何かないのか!
そう思って探すが見えるのは配管ばかり。その配管に直撃すればそれもそれで大ダメージは否めない。
「だったら、足場を増やすしかねぇ!」
咄嗟に思いついたのがそれであった。
俺は体を傾けて配管にゆっくり近づいていくと体に紫電を纏わせた。そして、その配管に向かって思いっきり拳を構える。
それで壊れれば万々歳。もちろん、成功するとは思っていない。けど、もはやそう思って無理やりにでも殴らないと生き延びる確率はゼロだ。
「いっけ―――――」
「ケケケ、させない」
俺が配管に向かって殴ろうとした瞬間、背中に思いっきり衝撃と重さを感じる。そして、聞こえてきたのは上にいたはずの蜘蛛野郎だった。
そのせいで俺は拳が届く前に配管の下を通り抜けてしまう。
「「!?」」
その瞬間、起きた結果に俺と蜘蛛野郎は同じように驚きの表情を見せた。
それは俺の振り抜こうとした右拳から電流が伸び、それが配管と繋がっていたのだ。そして、ほんの少し引っ張られるような感覚を右手に感じた。
「おらあああああ!」
「っ!」
俺はそのわずかな反応を逃さないように電圧をあげた。体中の紫電は激しくバチバチとなり始め、蜘蛛野郎は巻き添えを防ごうとその場から離れる。
すると、俺の感覚は正しかったのか右腕は僅かに配管に吸い寄せられるようになり、ターザンロープのように大きく前に飛ばされていく。
ある程度飛ばされると右手から何も感じなくなった。なんだこれは? もしかして電磁石ってやつか? 確証はできない。しかし、現状を打破するための兆候が見えたような気がしたのは確かだ。
それから、俺はそれを上手く使いながら少しずつ落下速度を落としていく。
振り子運動で前に飛んだり、横に引っ張ったりを繰り返しながら常闇の真下を見続ける。
すると、やがて底らしき場所が見えてきた。そこは配管ではなく、ちゃんとした床のようなのだ。
そこに落下速度を出来る限り軽減させたまま、真上から落ちるのではなく、少し横めから落ちて地面に着地した瞬間転がっていく。
正直、最後の着地の瞬間は結構運を使った気がする。
少なからず俺がこの能力じゃなかったら、足で衝撃を前方向に流しても折れていたのは確実だろう。むしろ、この能力であったからそもそも全身無事であった気がする。
「はあはあはあ.......」
若干、足がじんじんするが立てるだけマシだ。それに地面に立ったのがすげー久々に感じる。一体どのくらい空を飛んでたんだ?
まあ、もうどうでもいいか。とりあえず助かったんだ。それで良しとしよう。
といっても、現段階では、だが。
―――――――ゴオオオオオンッ
俺の着地から数秒後、凄まじい轟音と衝撃とともに蜘蛛野郎が降ってきた。
砂煙が辺りを満たしていく。それによって、視界は不良になる。だが、それは一瞬の出来事。
すぐにブオンと何かが通ると砂煙が払われていく。
「ケケケ、生きてやがったか。大した奴だな」
「それは自分が一番びっくりしてるよ。まあ、未練たらたらだからそう簡単にこの世とおさらばできねぇってことかもな」
「面白いやつだな。さっきの空中戦も意表を突かれた。あれは面白かった。戦ってればもっと面白いのが見られそうだ」
「ふざけんな!」
蜘蛛野郎は両手のひらから太く鋭い糸を飛ばした。それは凄まじいスピードで咄嗟に避けた数秒後に、床にガンッと刺さる音を鳴らした。
そして、その糸を支点にするとそのまま一気に自身の体を手繰り寄せて突っ込んできた。その攻撃も咄嗟に避ける。
次に蜘蛛野郎は上空に向かって何発もの白い球体を撃ち出した。すると、それは空中に落下してくるとともに網のように広がっていく。
あれは恐らく一度でも捕まれば脱出は困難と見た方が良いだろう。となれば、それも当たるわけにはいかない。
網は床に広がるとベチャっとくっつきその場に残る。いわば足場を潰されたような感じだ。
しかも俺が避けるたびに足場が減らされていく。
「がっ!」
「ケケケ、よそ見はいけない」
俺が網の方ばかりに着目していると脇腹にワイヤーアンカーのような鋭い糸が掠める。そして、今度は機動的に突っ込んでくる。
咄嗟に龍ででガード。そのガードの上から速度をつけた蜘蛛野郎が気持ち悪い目玉を見せつけるように頭突きしてきた。
俺は思いっきり背後に吹っ飛ばされ転がっていく。しかし、すぐに立ち上がらなければ二撃目が来る!
蜘蛛野郎は再び糸を射出して俺に向かわせる。その糸をギリギリで避け、殴り弾いた。そして、すぐさま蜘蛛野郎に向かって突っ込んでいく。
「それだけがオレの対抗手段じゃない」
「!」
蜘蛛野郎はそう言うと手を合わせ、開くとそれぞれの指の間に糸をくっつけ合わせた。そして、それを頭上に掲げると一気に振り下ろす。
その瞬間、指の間に張られた糸は一瞬のたるみをみせるといきなりピシッと張って、床に五本線を作り出す。
いやいや待て待て! 今、床が豆腐のように斬られたぞ!? あんなの当たった瞬間即死じゃねぇか!
「ほらほら、避けてみな」
愉快そうに笑う蜘蛛野郎は両手の糸を切断するとそのまま引っ掻くように両手を振るった。
すると、両手の糸がクロスするように五本の線を床に刻み込む。間一髪躱せたが、このままじゃ躱すので精いっぱいだ。
しかし、このままやれっぱなしは性に合わない。一泡吹かせてやりたい!
蜘蛛野郎はやたら滅たらに引っ掻くから、その軌道を予測して避けるのは難しい。
しかし、俺はもとより速い速度の中で戦うのを主としているのだ。目さえ慣れてしまえば、予測に頼らず見て避けることはそう難しくない。
俺は少しずつ蜘蛛野郎との間に距離を詰めていく。そのことに焦りを感じたのか蜘蛛野郎の動きはさらに雑になる。
そして、ある攻撃を避けた時、大きく次の攻撃までに隙が出来た。そこに身を低くしながら一気に走り出す。
それから、蜘蛛野郎の眼前に迫ると大きく右腕を振り上げた。
「!?」
近づかれたことに蜘蛛野郎は驚いたような表情を見せるも、すぐにニヤリとした顔に変わる。
「ケケケ、残念だったな! 俺がわざと大きな隙を作ったことに気付かず飛び込んでくるなんて! このままバラバラに―――――」
「気づいてた。それぐらいはな。だからこそ、飛び込んだんだ!」
右腕に集中強化されたマギは形を変え、やがて一つの|篭手《ぶっしつ》へと変わった。
そして、振り抜いた右手は蜘蛛野郎の振り上げた糸に切断されることなく、そのまま殴り飛ばした。
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