第８４話 炎の幻
―――――【焔薙 理一】視点―――――
俺は配管に刺さっている大剣の柄を手に持つと引き抜いて、肩に担いだ。そして、少し離れた正面に見える胴体だけ人間のカマキリのファンタズマを見据える。
カマキリは興奮したように荒い呼吸を繰り返し、俺にいつでも飛びかかれるように体勢を低くしている。
しかし、すぐに向かって来る様子はないこちらの出方を伺っているってことか。
なぎっちが連れ去られた以上、ここで下手に時間をかけるわけにはいかない。なら、お望み通りこっちから出向いてやろう。
俺は大剣を下方に両手で持つと地面を引きずって、火花を散らしながらカマキリに接近していく。
そして、カマキリの少し離れた位置から大きく上向きに大剣を振り上げた。
「炎刃」
大剣の軌道に合わせた大きさの炎の斬撃がカマキリに向かって真っ直ぐ飛んでいく。近くにいただけでも火傷するレベルだ。
だが、カマキリはそれじゃあ攻撃は通じないとでも言うようにあてで両腕の鎌でその斬撃を切り払った。
しかし、そんなことは俺だって想定済みだ。
「おらよ！」
「くっ！」
カマキリが斬撃を弾いた瞬間、既に近づいていた俺は真っ直ぐ大剣を突きだした。
さすがに鉄の塊の直撃は避けたかったのか、カマキリは横にズレて躱していく。だが、俺はその方向に合わせてさらに横薙ぎに振るっていく。
すると、カマキリは羽を広げて跳躍と同時に飛び始めた。
「逃がさねぇって」
「がはっ！」
大剣の横薙ぎは躱された。だが、すぐにカマキリの足の一本を左手で掴んで、サマーソルトキックをするように真上へ蹴り上げた。
カマキリは声を漏らしながら一気に真上へ上昇していく。しかし、すぐさま体勢を立て直すといきり立った表情で大きく両腕を広げた。
「ウざってぇな！」
「やばっ！」
カマキリが振り下ろした両腕とともに発生した風を切り裂くような巨大な斬撃はバツ印を作りながら真上から高速で降ってくる。
あの斬撃はさすがに受け止めきれねぇって。だったら、受け止めなければいい話だよな。
「炎柱」
俺は大剣を下から上に振り上げて炎の一本柱を作り上げる。すると、その柱と斬撃が衝突して、周囲に爆風にも似た炎を伴った風が広がっていく。
「ははは、そんなんで受け止めきれるわけねぇだろ！」
だから受け止めねぇって。
俺は大剣を消してその場から走り出すと配管の外へ思いっきりダイブした。
その瞬間、押し殺した炎の柱を乗せた風の斬撃が配管をバツ印を刻みながらぶった斬った。そして、その直後に配管は爆発する。
周囲や自分に圧力を感じるような爆発が広がっていく。同時に砂煙も舞い。視界は絶賛大不良だ。
一方、俺はというと中央の巨大な柱に大剣を突き刺して、その柄に掴まりながら上方に起こった爆発を眺めていた。だが、今は煙で何も見えないが。
当然、爆風や熱風を浴びたが、なんせ俺は炎を操るわけであるから風で少し飛ばされそうになった以外特に被害はないのだ。
とはいえ、あの斬撃の威力はさすが上級種と言ったところか。直撃してたら体バラバラになっていた。良かった。当たらなくて。
「よっと」
俺は鉄棒で大車輪をするように柄を支点にして大きく振り子運動するとその勢いで大剣の壁に刺さっていない腹の上に乗った。
そして、周囲にマギを飛ばす。だが、ファンタズマ相手ではあまりこのセンサーはあてにしていない。
というのも、女帝からマギの気配を感じさせない敵が現れたという情報を手に入れたからだ。もう既にその敵は倒された......というか、なぎっちとゆいっちが倒したらしい。
しかし、その敵がいる以上、相手はこっちの過去のホルダーの戦闘データを得て進化していると考えた方が良いだろう。
だから、俺がやっているのはあくまで捉えきれればラッキーといった感じだ。
そして、その他で動かいているのはもちろん視線。周囲が煙で覆われている以上、必ず何かが接近した時に風の不自然な揺れが出来るはず。
「そっちか」
瞬間、左側の煙が不自然に散らばった。ということは、こちらに向かって何かが来る。カマキリか、はたまた他の何かか。
そして、すぐに聞こえてくるのは壁を削っているようなガガガッという音。
「！」
それは少し遅れて後ろからも聞こえてきた。つまり俺が壁を背にした時の両脇。そのどちらかがカマキリだろう。
そして、この時の俺の選択肢は２つ。
一つは真上に跳躍して避けるか、正面に飛んで避けるか。
どちらにしろ避けるのは上手く両方に対処できる自信がないからだ。安易な自信で行けばすぐに命は刈り取られる。
だったら、無様でも安全な道から活路を見出す。そのためには真面目なプライドはいらねぇ。
しかし、どうやらその考えを読まれていたようだ。
「正面か！」
正面方向から急速に気配が近づいて来る。そして、煙を盛り上げながら出てきたのアリのファンタズマだ。いうなれば、中級種。
その捨て身の攻撃に咄嗟に上に跳んでしまった。
「待ってたぜ」
「くっ！」
そのタイミングを見計らったように両端から斬撃が飛んできて、さらに真上からカマキリが大きく右腕を振り下ろしてきた。
咄嗟に振られた右手首を掴んで、鎌が首筋を少し切る程度で済ませたが、カマキリが６本の足を使って俺の胴体を蹴り飛ばすのは防げなかった。
がはっ！」
勢いよく斜め下に飛んでいくとその位置にあった配管をぶち破って、配管の空洞で軽くバウンドするように打ち付けられる。
しかし、痛がってうずくまっている余裕はない。咄嗟に横っ飛びすると俺のいた場所に斬撃が通っていく。
くそったれ。やってくれるじゃねぇか。今の蹴りだけであばら数本逝ったぞ。
俺は若干苛立ちながら手元に大剣を作り出すとそのまま真上に向かって振り上げた。
その瞬間、剣先から炎の砲撃が撃ちあがり、配管に穴を開けた。赤熱した部分と配管の外の光がわずかに空道内を照らす。
ちょっと細工をして、その空洞から外に出ると律儀にカマキリが待っていた。
「なんだ？ 随分行儀よくしてるじゃん」
「配管の外側から攻撃したって兄ちゃんには当たらなそうだからな。だったら、見える範囲で直接ぶつける方が効率的だ」
「なるほどな。だが、残念ながらもうお前のターンはねぇぜ？」
「どういう意味だ？」
「さあ？ まあ、身をもって体験してみてくれよ！」
俺は馬鹿正直に大剣を持ったまま接近する。しかし同時に、俺の周りにいくつもの炎の槍を作り出してカマキリに襲わせる。
カマキリがその槍を避けると一つ一つが配管や壁に着弾し、炎の柱を立てる。
「これで背後を潰したつもりか？」
「ああ、そのつもりだ」
俺は大剣を槍投げのようにしてカマキリに投げる。しかし、カマキリは接近しながらそれを避けると両腕を大きく広げ、思いっきり振るった。
「バカだな！ いくらどこでも武器を作り出せるといっても一瞬じゃない。ほんの少しのタイムラグがある。その間に詰め寄って、お前でも防げない斬撃をゼロ距離から放てば終わりだ！」
「当たればな」
「！？」
カマキリは俺をバツ印に切り刻んだ。そして、俺の体の後ろからバツ印の斬撃が飛び出す。
しかし、切り刻んだ俺の体は次第に揺らめきはじめっから実体のないものへと変わり、姿を消していく。
「陽炎」
「がっ！」
俺はカマキリが両腕を振るったすぐ脇から現れると思いっきりカマキリにアッパーカットを決めて真上に弾く。そして、追いかけるように跳躍した。
「お前に会う前に俺は既に実体のないものだったんだよ。炎以外は全て炎が歪み、生み出した幻。お前は最初から誰もいないところに勝手に勝った気になって攻撃していただけさ。武器さえ避けなければ気づいたかもしれないのにな」
俺は肩に担いで大剣を作り出すと死に体のカマキリを無数に炎の刃で切り刻んでいく。そして、トドメにその全身を炎上させた。
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