第74話 ちょっとした決意みたいなもの
「うぅ......あれ? 寝てた?」
「ようやくお目覚めかの」
ぼやけた視界がクリアになっていくと天井を見ながら寝そべっていた。そして、視界の端には金剛さんが見える。
俺は起き上がろうと床に手を付けると両手から激しい痛みが静電気を浴びた時のようにバチッと言う感じで伝わってきた。欲見ると両腕は肘まで包帯グルグル巻き。手のひらなんかは若干赤く滲んでいる。
あまりの痛みに一瞬で涙目。痛ってぇ! もう箸とか持てねぇじゃん!
俺はただ堪えるしかない両腕の痛み(痛みを感じるのはそこだけではないが、主にそこ)を堪えながら、腹筋の力だけで上体を起こしていく。
すると、サッカーボールを人差し指の上で回転させている金剛さんと目が合った。
「俺っていつまで寝てたんですか?」
「数十分というところじゃよ。君も存外体の回復が早いらしい。まあ、それはこの業界にとっては良いことじゃな」
「そうですか......あ、それで実力派どうでした?」
「ん? 実力か。そうじゃの......」
金剛さんは少し上を向いて思い出すような仕草をすると俺に笑顔で答えた。
「まあまあじゃの」
まあまあかい。そうかい。そうですかい。あれでまあまあですか。そうですか。ちょっと自信無くすなー。
「とはいえ、伸びしろの余地は有り余るほどある。まあ、それは小さい頃からこの世界に関わって来なかったからという部分も大きいかもしれないが、本人の資質もあろうな。ともあれ、ワシは別に実力を測るだけであれをしたわけではないぞ?」
「といいますと?」
「それは自分自身で既に答えを得ておる。ほら、全身に集中強化をしてみるのじゃ」
全身に? いや、まだ上半身は上手く意識出来てないんだけど......。
そう思いながらも俺は言われた通りに全身にマギを放出させる。すると、体に少しズッシリくるような重さを感じた。
この感じ、知ってる。俺が下半身の集中強化をしっかりと出来た時に感じたやつだ。ゲームで言えば、鎖帷子を着ているようなものだ。少しだけ防御が上がった感じ。
そんな重量感のあるマギに全身を包まれている感じはさながら常に錘をつけて生活してるようなものだろう。
しかし、これを結衣や来架ちゃんは当たり前にやってるんだよな。
「うむ、気孔がしっかり開いたようじゃの」
「気孔ってなんですか?」
「まあ、古来から伝わる気を体の外に放出するための穴じゃ。アストラルは内なるエネルギーを外に放出して初めて意味を成す。そのエネルギーが外に出るための穴と言う意味じゃ」
あー気功的な話のことかな。詳しいことはよくわかんないけど、体内にある気を操って肉体を強化するとかあんな感じか。
「実のところはのアストラルとはその気とほぼ同義なのじゃよ。『気』という言葉には生命活動エネルギーを指す『内気』があり、それがいわゆるアストラルのことで気がマギのことなのじゃ。そして、その結果からアストラルは本来誰でも持つものなのじゃ」
「それって俺達が守る一般人もってことですか?」
「そうじゃ。我々、特務と一般人の違いを示すならばそのうちなるエネルギーであるアストラルを外でも扱えるか扱えないかという違いにある。普通はアストラルはどんなに高まっても肉体に収まる程度しかない。しかし、それが超えて溢れ出した状態が我々ということじゃ」
「それじゃあ、あのARリキッドって――――――」
「そう。あれは本来我々に干渉できない非物質を異界の力を借りてアストラルを強制暴走させた状態なのじゃ。故に、体は内なるエネルギーが風船のように内側から膨らんでやがて破裂するのを防ぐために、本来長年の修行を得て開くと言われる気孔から強制的に排出するのじゃ。体を守るための自己進化と言ったら聞こえはいいが、本来の人の領分を辞めるのはもはや神への冒涜に等しい」
......なんとなく、所長の講習会で「新人類」という言葉がここでようやくハッキリした気がする。
アストラルが感情で発生して、どういうメカニズムで能力として使えるとかそんな専門的な話はなんとなくしか分からないけど、先ほどの実力試しだって尋常じゃなかった。
つまり人として外れたレールを走ることになった俺達はいずれ、神とやらが本当に存在するのならその罰を受けるのだろうか。
......いや、もうすでに罰を受けている最中なのかもな。
「はあ~、なんか凄いところに来ちゃったみたいだな~。あの夏の出来事を後悔するわけじゃないですけど、踏み入れなきゃよかったとも思ってます」
「ふぉっふぉっふぉ、それでいいのじゃよ。それが本来の正しい認識じゃ。仕事で昇進すればそれだけ責任が重くなるように、力あるものはそれだけ弱き民を救う義務が発生する。正義感だけじゃどうにもならない時もある。故に、覚えておくのじゃ――――――人は善が7割、悪が3割が丁度いいとな」
「なんか中途半端のようにも感じますけど」
「嘘をつくこと自体を悪とするならば、それは優しい嘘であれ悪には変わりない。そして、善が10割の人間なんぞこの世界にはおらん。聞いたことあるじゃろ? “人間は神によって作られた不完全な生き物だ”と。故に、不完全さが無くては人間ではないということだ。その時の感情次第で過ちを犯したりもする。それが人間」
「......なんか難しい話ですね」
「まあ、そうじゃろうな。ワシにもそう話している自覚がある。じゃけど、我々がたとえ人から外れた存在だとしても、人間であることを誇りたいのならばそうすることじゃ。ルールは大事。じゃが、それで大切な友が救えないとなれば、ルールを破る悪も必要ということじゃ。故に、人間は善だけでは生きていけない不完全な生き物。故に、我々が人間であることを証明し続けるために人間を救うのじゃ。まあ、受け売りからの解釈じゃがの」
金剛さんはカラカラと笑った。そして、その表情はまるで懐かしの友を思い出しているようなものであった。
金剛さんは俺から見ても大先輩だ。だから、きっと善だけでは捌けない色々な出来事を体験してきたのだろう。
言葉に意味になんとなくしか理解出来なかったけど、そうだと思わせるような実感のこもった説得力があった。
その言葉を俺はいつか本当の意味で理解できる日が来るのだろうか。
少なくとも今は理解できそうな感じはしない。恐らくそう思う実感も数多くの経験もしたことがないからかもしれない。いや、きっとそうだ。
だから、俺は理解したい。必要な悪というのを。それが俺が俺の思うナンバーワンヒーローだと思うから。
「金剛さん、俺をもっと鍛えてください。俺はもっと強くなって。大切な人の大切な思い出が傷つかないように守れる存在でありたいんです」
結衣とも約束したしな。それに来架ちゃんのように過去とのトラウマともまだ戦っている仲間がいる。
救うのは何も一般市民だけではない。どうせ人を救う職業なら仲間もしっかりと救ってなんぼだろう。
俺は力強く拳を握りながら金剛さんに告げる。こうして言葉にして出した方が実現する気がするし、そうなるよう頑張れる気がする。後は金剛さんならしり込みした時にケツをひっぱたいてくれそうだから。
すると、金剛さんはやや驚くような顔をしながらもすぐに嬉しそうな笑みに変わった。
「ふぉっふぉっふぉ、月日は変わろうと想いは変わらないとはこのことじゃの。さすがと言ったところじゃ。ならば、ワシの弟子として一番に厳しく見てやろう。君が君の理想を掴めるためには」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




