第73話 負けん気
―――――ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
サッカーボールがもはや僅かな影しか残さず、縦横無尽に乱反射して駆け回る。速く動き過ぎて尾を引いているように影が伸びている。
そして、その予測の読めないボールを捕えようと俺は必死に周囲に目を向けていた。
「そろそろ目が慣れてきたんじゃないかの?」
「くっ!」
金剛さんは定期的に速度の落ちたボールや壁際にある積まれた段ボールにボールが当たらないように蹴り返すだけで、ほとんど足元にボールを持っていない。
その一方で、反射してきたボールが襲ってきた。
俺は咄嗟に体を横にずらして、受け止めようと両手を伸ばす。しかし、その手でボールを捕えた瞬間、体ごと吹き飛ばされる。
そして、両手から焼けるような痛みが。恐らく手で捕えてもなお回り続けるボールの摩擦熱によって火傷していると思われる。ヒリヒリしてすげー痛い。
そうたとえなんとなくだが、反応できるようになり始めても肝心のボールを捕えることが出来ないのだ。
足にいくら踏ん張りのために集中強化しても、上半身が押し負けるから受け止めきれることが出来ない。もうボールに屈して背中を床につけたのが何度目かわからない。
もはや凶器のようになり始めているボールが天井、床、壁と反射を繰り返しながら、俺を自動で追尾しているようにまたもや襲ってきた。
「手にマギを集中するだけではない。まずは腰に集中強化を意識しろ!」
突然金剛さんからアドバイスのような言葉が飛んできた。その言葉を鵜呑みにするように腰にアストラルを返還させたマギを意識していく。
すると、腰にマギを纏わせることが出来た。しかし、手の方は意識不足になり、ボールに屈して腕が曲がっていく。
とはいえ、変化はあった。それは腕が負けようともそれ以上体が持っていかれることがなくなったのだ。
意識する個所を変えただけでさっきまでこうも現状が変わるとは......
「上に気を付けい」
「んがっ!」
俺の体が押し負けなくなったせいか回転していたボールは回転方向の動きに合わせて、天井へ昇った。
そして、そのボールは天井で反射して真直下に落ち、俺の額にクリーンヒット。そのまま腰の意識が抜けて後頭部から床に叩きつけられる。
......っていうか、また後頭部ううううぅぅぅぅぅ! もう今日だけで3回も当たっちゃダメなところ当たってんだけどおおおおおぉぉぉぉ! それに手もマギで意識抜いてたから今になって暴れまわりたいほどの痛みがあああああぁぁぁぁ!
「どうじゃ? ずっとボールを見て受け止めようと考えていたようじゃが、見方や考え方の角度を少し変えれば結果は容易に変わったじゃろ? 物事を一方向しか見ないのは悪いことじゃない。しかし、物事それだけで解決できるほど甘くはないのじゃ。故に、多角的に見ないとな」
「は、はい......」
「ほれ、次行くぞ」
金剛さんは足元にあるボールをまた適当に蹴り飛ばした。恐らく俺が弾いたのをキャッチしていたのだろう。
そして、俺は立ち上がるといつも構えている腕を伸ばさずに、そのまま少し低く腰を落とした。その状態で動き回るボールを見る。
「目だけで捉えるな。それだけで補足できるやつばかりじゃない。ファンタズマの気配を探るように意識してみるのじゃ。ホルダーがものを使った時、少なからず痕跡は残る」
再び金剛さんの言葉が聞こえてくる。そして、すぐに目だけではなく気配でも読み取るように意識した。
正直なところ、すごく頭が疲れる。もしパラメータがあるなら、すごい勢いで減っていっているところだろう。それだけ意識することが多い。
もちろん、同時にやれるほど器用じゃないし、人間マルチタスクは基本的に苦手と聞く。なら、気配を集中的に読む方を意識して――――――多角的に考える!
「そらああああぁぁぁぁ!」
「!」
僅かに気配を纏ったボールが後方からやってくる。そのタイミングに合わせて、その場で思いっきり強化出来ている足でサマーソルトキック。
その瞬間、ボールはしっかりと足で捉えられた。後は根性で軌道を直角に捻じ曲げるだけ!
そして、ねじ曲がったボールはのほほんと俺の様子を眺めていた金剛さんに向かって高速で移動していく。
そのことに金剛さんも予想外だったのか驚いた表情を見せた。
「ふぉっふぉっふぉっ、なるほどな。自分で止めるのが難しいなら不意を突いてワシに止めさせ、そこを狙おうというのか。それはとてもいい狙いめじゃ。まあ......少なくとも相手がワシじゃなければの」
金剛さんは驚きが尾をすぐに穏やかな表情に変えると手を後ろ手に組んだまま、ゆっくりと脚を振り上げた。
そして、向かって来るボールにノーモーションに近い前蹴り。普通なら振りかぶって遠心力でも利用しないと蹴り返せないようなボールを平然と蹴り返してきた。
それから、それは当然のように俺が蹴り返した速度よりも速くて――――
「あっ!」
逆さの上体の俺が蹴った足とは反対の足にボールが直撃。その瞬間、そのボールが当たった位置を支点とするように俺の体が勢いよく逆さ(もとの状態)になった。
「かはっ!」
そして、俺は回転の勢いのまま天井に背中から叩きつけられ、僅かに軌道が曲がったボールはまるで追い打ちするように影に上向きに反射して、天井に張り付いている俺の腹部に衝撃を与えてきた。
内臓に衝撃が駆け巡るようで酷く気持ち悪く、そしてもの凄く痛い。軽く視界が歪んで意識が飛びかけた。
しかし、俺の気持ちはどうやら負けん気が強いらしい。
「おらああああぁぁぁぁ!」
俺は俺に反射して床に落ち始めるボールに向かって足を振り上げた。そして、その狙った角度はさっきボールが襲ってきた位置――――つまり金剛さんのいるところだ。
多少は軌道がズレているが、少なからず金剛さんの足元には届くはず!
そして、俺は先に落ち始めた頭をすぐに真下に向けると足が天井から離れないうちに蹴りつけて急降下した。
蹴りつけたボールの方が速かったから、丁度金剛さんの足元に来たタイミングで俺が金剛さんのもとに駆け付ければ容易に正面には蹴り返せないはずだ。
ボールは多少低い角度でありながら狙い通り金剛さんの足元に辿り着いた。そして、天井から降りてきた俺も金剛さんの正面に立った。これでもう金剛さんは受け止めるしかなくなったはずだ!
「ふぉっふぉっふぉっ、やっぱりええの。まるであやつを鍛えているようで若かりし頃に戻ったようじゃわい」
「......あやつ?」
「故に、強くなっていく君が見たくて仕方がないわい!」
「!」
金剛さんは足元に向かってきたボールを片足を上げて避けたかと思うとすぐさまそのボールの進行方向に合わせて背後に蹴った。
しかも、ドオォンッ! と最初に聞いたよりもさらに低い重低音を轟かせながら、ボールは金剛さんの背後にある壁に直撃。
そして、その壁を軽くへこませ、ボール自体も大きくへこみながら跳ね返ってきた。
金剛さんはわかりきったように半身にして避ける。すると、そのボールは無回転のまま直進してくる。
狙い方向は顔面――――――いや、違う! 無回転だから風の抵抗で僅かに落ちて! クソォ、こうなったら全身に纏うように集中強化するしかねぇ! じゃないと死ぬ!
「ごはっ!」
予測通り僅かに落ちたボールは胴体に向かって高速で飛び込んできた。そして、その勢いのまま踏ん張っている俺の体を引きずっていく。
腹部から強い衝撃と圧が絶えず加え続けられる。痛いとかレベルじゃない。もう意識が飛びそうなのが、痛みによって覚醒している感じで痛みを感じ続ける。
だが、これは千載一遇のチャンスだ。出来てるとかそんなことわからない。けど、ここで逃すわけにはいかない。気張れよ俺ええええぇぇぇぇ!
俺の体は引きずられていく。反対側の壁際まで引きづられて行く。床に靴の摩擦でタイヤ痕のような線が伸びていく。
しかし、それでも俺は腹部にあるボールを抱え込むように腕を絡め、全身からマギを放出するように体、ないしはボールをも包み込む。
そしてやがて.......俺は止まった。
「へへ、やってやっ......た」
俺は懐に抱えたボールを金剛さんに向かって見せつける。俺の着ていた練習着なんかはボールの回転した摩擦熱で焼けて穴が空いている。
だが、焦げ臭さや痛みよりも達成感を大きく抱いたまま、前方に倒れ込んだ。
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