第72話 実力者の壁
焔薙さんに実質戦力外通告のような言葉を受けたような気がしなくもない俺は金剛さんと一緒にバーの地下へとやって来ていた。
そこは事務所の地下にあったのと同じように十分に動けそうな空間が広がっている。そして、壁際には色々と積まれた段ボールが。というか、これってどこでもあったりするのか?
「気落ちせんで欲しいが別に戦力にならないと理一君は言ったわけではないのだよ。ただ、君が持つ能力は使い方次第で生きも死にもする。特に自然を持っているものがその力を十全に使えないのはこちらにとっても非常に困ることなのだ。故に、同じく仕事を担ってもらう前に最低限の力は身に着けてもらわなければならない、ということじゃ」
なるほど。確かに、今の俺は集中強化もやっと下半身までは呼吸するように出来るようになったが、他の人は全身に至るまで集中強化を使いこなせるんだよな。
それに、アルガンドという武器を身につけてもいない時点で俺はまだスタートラインにすら立っていないということか。
なら、その状態で今まで勝ってきたのは仲間のおかげと能力の威力によるところが大きいのか。
そういえば、所長は俺がアルガンドを手に入れるためのうってつけのベテランがいると聞いていたが、どう考えてもその言葉の響きだけを考えたらこの人だよな......。
俺は深く考えることをやめ、目の前にいる好々爺の老紳士へと目を向ける。すると、その人はオールバックの銀髪よりと同じような色をしたひげを撫でながら告げる。
「そうじゃの。今からワシとサッカーで勝負せんか?」
「サッカー、ですか?」
「うむ。聞くところによると下半身までの集中強化。恐らく移動速度を優先した鍛え方になっているからそれに適した動きで現在の実力を調べようと思っての」
金剛さんは壁端にある一つの段ボールを広げるとそこからサッカーボールを取り出した。あらかじめ用意していたのかというぐらい用意がいい。その話を所長から聞いた時点でやるつもりだったのだろう。
そして、そのサッカーボールを片手で地面に弾ませながら、俺の正面に戻ってくる。
「サッカーは細かい動きも大事になるが、その動きが出来るようにするための体幹も重要。そして、押し負けないフィジカルもじゃ。となると、スピードを活かして戦う君の戦力を測るにはこれがうってつけということじゃ」
「なるほど、わかりました。でも、ここじゃあ普通のサッカーは難しいと思いますけど」
「君がやるのは一つじゃよ。ワシからボールを奪う。それだけじゃ。ただし、ここでルールを設けよう。ワシはサッカーのルールにのっとって足しか使わない。しかし、君はボールを奪うためには何をしてもいい」
「何をしても? それじゃあ、サッカーじゃないような......」
「ふぉっふぉ、そうじゃな。実際にはサッカーとは言わんの。ただまあ―――――」
金剛さんの空気が変わった。先ほどまで温和な雰囲気を出していた人が、肌を刺すような強烈な威圧を放ち始めた。
その影響で、体が勝手に警戒レベルを上げて、額に冷汗が浮かび始める。喉は若干の渇きを感じる。自然と体がやるしかない、と捉える。
そして、先ほどまであった「本当になんでもやっていいのか?」という疑問はすぐに消えた。もうわかるんだ、何でもやらないと話にならないって。
金剛さんはバウンドさせていたボールを軽く上げた足で捉え、地面に叩きつける。それによって、ちょっとした炸裂音にも似た音が周囲の壁で反響する。
「四の五の言ってないですぐにかかってくることじゃ」
「はい!」
もうそれ以上の確認は必要ないかのように俺は全身に紫電を纏わせ、下半身を集中強化して床を蹴りだした。
アストラルによって向上した身体能力と自らの電気によって、さらに意図的に筋肉のリミッターを少しだけ解放している俺の速度に追いつけるものはいない。それは所長からのお墨付きの言葉だ。
ただ―――――
「んがっ!」
「実力を測るとはいえ訓練は手厳しくやるのがワシの主義じゃ。それは君の前の生徒のときも変わらない方針じゃ」
それはあくまで視覚だけに頼っていればという話なだけで、アストラルを十全に使いこなせる相手に通じるかと言われればまた話は別なのだ。
金剛さんは俺が走り出した瞬間に、足元に置いてあったボールを思いっきり蹴り飛ばした。
その瞬間、ドンッという大よそ聞かない重低音を聞いたかと思うとすぐに消え、気づいた時には目の前に現れていた。
そして、そのボールの勢いに押し負けるように顔面から直撃した俺は体の方向が180度勢いよく変わり、その勢いのまま後頭部を床に強打する。
人間の弱点は体を縦半分にする中心線に集まっているというので、その中心線にある鼻はその風圧だけで軋むように痛かった。
そして、額にボールが直撃した瞬間、体の向きは180度変わって行ったときは一瞬自分がどこを立っているのかわからなくなった。というか、後頭部がクッソ痛てぇ。
「ふぉっふぉっふぉ、せっかくボールをくれてやったのにしっかりとキャッチせんといかんぞ?」
そういうレベルのボールの速さじゃなかったよ! リアルで消える魔球を見た感じだったわ!
まだ実力見てるだけなのに、もうこの時点で察するわ。この人の修行は所長の100倍やべぇ。
「ほれ、バウンドしたボールが戻ってくるぞ?」
金剛さんが指さす後方を涙目で少し霞む視界の中見るとわずかに速度を落として、高速で跳ねかえってきた。
相変わらずこれまで見てきたボールの速度が一瞬にして記憶に霞むぐらいの速度だが......目を集中強化すれば捉えられないことはない。
「ほれほれ、ボサッと止まっておるとワシが奪ってしまうぞ?」
俺が立ち上がって迎え来るボールの構えた瞬間、後方からスッと現れた金剛さんがボールを蹴り上げた。
壁に反射て多少速度が落ちたとはいえ、向かって来るボールを蹴り返そうとすれば、俺なら押し負けて壊れそうになるのを平然と蹴り返した。
それを見た瞬間、頭が一瞬真っ白になる。レベルの差があるとは思っていたが、あまりにも巨大な壁を見た気がした。高すぎて上が見えない感じだ。
金剛さんによって跳ね返されたボールは俺の正面の壁に当たると天井に当たり、俺の後方の床に当たり壁に反射しと繰り返しながら、うっすらち軌道を残し暴れまわる。
「ほれ。当たるぞ?」
考えがまとまらなくなったせいか一瞬金剛さんの言葉に遅れて、後ろに振り返ると天井に反射したボールが真っ直ぐ顔面に向かってきていた。
俺は咄嗟に手を集中強化する。何を考えようともここで向かって来るボールを取ってしまえばこの実力測る修行は終わる......本当に取れるのか? ここまで実力差がハッキリしているような相手が弾いたボールを受け止めることが本当にできるのか?
い、いや、深いことは考えるな。せめて気持ちで負けないようにしろ。そして、取る!
「んがぁっ!」
俺は顔面にバレーでトスを上げるように手を構えながら、足を少し広めにとって踏ん張る。そして、向かってきたボールが出に触れた瞬間、真上に勢いのベクトルを変えようとした。
だが、それは失敗に終わり、勢いに腕が押し負けそのままボールに頭が押し込まれ、再び後頭部を強打。んがあああああぁぁぁぁ! また後頭部ぶったああああああぁぁぁぁ! 痛ってえええええぇぇぇ!
俺が後頭部を抑え込みながら床を転がっていると跳ね返ったボールを余裕でキャッチした金剛さんはそんな俺を見て告げる。
「ふぉっふぉっふぉ、これはあの生徒みたいに叩き込み甲斐がありそうじゃわい」
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