第68話 昔は青かった......らしい
「あ~、1週間も経たずに別の場所に移動か~」
タクシーで移動してきてやって来たのは新開発地区である月宮区の西側にある西月宮町。
俺達がいる南月宮町よりは乱立しているビルの数は少ないが、それでも他の場所に比べれば多いだろうという感じだ。
しかし、太陽はそんな高くそびえ立つビルをものともせず、ほぼ真上から強い紫外線を降らせ続ける。あっつい。
所長プレゼンツの新人講習会での突然の発表には驚かされたが、それにはわけがあるらしい。
というのも、俺がアルガンドを使えるように強化してもらうのもそうなのだが、俺自身のランクを上げるためというのが一番大きい理由らしい。
特務にはランクという制度がある。小さいランク順にC、B、B⁺、A、A⁺、S、と六つのランクに分かれていて、そのランクで対処できる事件が違うのとか。
30年前ぐらいではこのランク制度が無かったらしいのだが、身の丈が合わない敵に戦いを挑んで殉職した人も少なくなかったらしくてそれで設けられたのだとか。
まあ、俺の場合は未だCランカーにもかかわらず、普通Aランカーが倒すはずの上級ファンタズマを相手にしたり、最低B⁺からチームを組んで挑む違法ホルダーを相手にしたりと意味わからない経歴を送っている。
もちろん、たまたまだ。違法ホルダーの件ももともとはファンタズマが何かをしているという前提で捜査していたのだから。
そもそもの話、俺は特務になるためのライセンス試験を受けていならしいのだ。しかし、それは実績次第では免除される場合があるらしい。
今回は俺の強化、ライセンスの免除、ランク上げのための出動だという。まあ、全て俺のためであるためにも無下にできず、もはや受けるしか選択肢は残っていなかったのだ。
「にしても、待ち合わせは噴水広場でいいんだよな?」
今いるのは月宮中央公園の噴水エリア。そのすぐ近くには芝生の大地が広がっている大きい公園だ。そこに前回からお世話になっているキャリーバッグを右手に、リュックを背中に背負いながら辺りを見回す。
デジタルが発達してからかなり経ったせいか、ここでも科学技術の進歩は目立つ。
公園内に小さめの風力発電機があったり、噴水の周りには液晶ウィンドウが四方向に表示されていて、その四つごとに違う番組の内容が映っている。
そして、近くにはたばこの吸い殻を捨てるゴミ箱ほどの大きさをした長方形の物体がある。そこの天辺は全体的に黒く、その中央に丁度スマホほどの大きさのフレームがある。
まあ、簡単に言えばスマホの充電が出来る場所だ。今や心臓の次に大切なものになっていても過言ではないそれを機種を問わずそこに置けば充電できるようになっているのだ。ってことで、俺もちょびっと充電充電。
「なあ、もしかしてお前っちかい?」
「ひっ!」
突然俺の首に腕回してきた男はそう尋ねてくる。そのことに俺は思わず驚いた。
男の白いスーツジャケットの裾から出ている手には金や銀のシンプルなデザインをした指輪がついていて、金の鎖を繋げたようなブレスレットも見える。
そして、反対側からはトゲトゲとした金髪の頭にややオレンジがかったグラサン、胸元を開けた赤いシャツにそこからチラリと見える金色のネックレス。や、やばい。やばい奴に絡まれた!
......い、いや、それ以上に驚きなのは腕を組まれるまで全く気配がしなかったということ。ただでさえ、アストラルを解放して感覚神経が敏感になっている状態で気づかない相手なんて.......まさか本当に!?
「あなたが【焔薙 理一】さんですか?」
「りっちゃんでいいぜ。なぎっち」
「なぎっち!?」
「ほら、同じ“なぎ”が入っているよしみとしてさ、頑張ろうぜ。それにうちの女性君主みたいな感じだから正直男が入ってくれたのはすげー助かるんだわ~」
「そ、そうなんですか」
それって腕組んだまま言うことじゃないですよね? いや、別に言ってもいいんですけど、顔が近いんです。物理的距離が近いんです。もう少し離れてください......と言えたらいいのになー!
もう見た目が完全にホストだ。高身長で、言動も見た目も何もかも陽キャだ。くっ、このノリについていける気がしない。
「え、えーっと、一応始めましてなので、自己紹介させていただくと―――――」
「しなくていいしなくていい。俺っち、女帝からもう既に話を聞いてるから。短期間でファンタズマの上級種と長年追っていた違法ホルダーを一人捕らえたってんだろ? ははは、すげーな! いや、こんなに有能な戦力は願ったりかなったりだぜ!」
焔薙さんはバンバンと俺の肩を叩きながら屈託ない笑顔で笑う。本当に入ってきたことを喜んでくれているようだ。それにしても女帝ねぇ.......あ、なるほど、所長か。
「まあ、知っているような自己紹介は省かせてもらいますけど、正直まだ新参者なんでつい最近にアルガンドっていうアストラルを使った武器の存在を知ったぐらいなんで」
「気にすんな。そこら辺はゆっくり学んでいけばいいって。それにそんなに真面目ちゃんモードだといざ仕事になった時に動けねぇぜ? もっとリラックスリラックス。仕事じゃない時は肩の力抜いていこうぜ」
焔薙さんはキラーンという効果音が出そうな白い歯を見せつけながら、サムズアップする。
相変わらずのパーソナルスペースを無視したような物理的距離感だが、どうやら悪い人ではないらしい。というか、マジもんのホストにしか見えない。
「え、焔薙さんってホントに特務の方なんですか?」
「りっちゃんでいいんだけどなー。まあ、いいか。ああ、ほんとだぜ? ちゃんと特務手帳も持ってるから、ほら」
焔薙さんは証拠を突きつけるように内ポケットから警察手帳ならぬ特務手帳を取り出した。そして、それを見せてくるので、相変わらず漂ってくる甘いニオイを感じながら見た。
そこに映っていたのは黒髪の好青年であった。普通のイケメンで真面目君。写真の写りから少し真面目過ぎるタイプという印象を受けなくもないが......え? マジ!?
確認するように顔を見比べる。顔の骨格は同じだ。しかし、それ以外が違い過ぎて正直それでも疑わしく思ってしまう。
ビフォーが黒髪でキリッとした目つきに黒いスーツ、白いワイシャツなのに対し、アフターが金髪にサングラス越しに薄っすら見える少したるんだ目つき、ピアスをつけた耳に白いスーツに赤いシャツ。
「ち、違い過ぎる......!」
あ、思わず声に出てしまった。
すると、焔薙さんは相変わらず肩を組んだ腕をそのままにもう片方の手で顔を抑えると天を仰いだ。
「かっはー、俺の黒歴史を見しちまったな~! 真面目過ぎて全くバカみたいな面だよな~! いや~、あの頃はマジで青かったぜ。ド〇えもんかってぐらい青いぜ全くよ~」
え、今の方が断然黒歴史の方なのでは?
「なぎっちもさ、黒髪に黒スーツなんてそんなダサダサな格好してないで、ビシッと決めようぜ。うん、そうだな。それがいい」
「え!? 俺の意思は!?」
「だいじょーぶ。特務って稼ぎいいんだぜ? まあ、それだけ危険な仕事してるからなんだけどな。つーことで、お金のことは何も心配しなくていい」
「いや、何も心配してないんですけど!? むしろ、未来の俺に対して心配が絶えないんですけど!?」
「んじゃ、行くぞなぎっち。過去の俺を見ているようでなんとなーく嫌なんだ」
「え、ちょ待っ―――――――」
「ミ〇ド奢るって言ってもか?」
「........要検討で」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




