第67話 新人講習会#3
「第零型世代真理......これほど厄介な敵はいない。それほどの能力を得た奴らだ、きっとこの世の恨みを果てしないだろう」
「やはり恨みとか憎しみとかで発現するものなのですか?」
「考えてみろ。前向いている奴が明らかに外道へと進もうと思うか? そういう能力を盛った奴は大体落ちぶれてるんだよ。そして、何らかの形でアストラルを解放した。それはいわば窮地に立たされている時、究極の心理状態になっているはずだ。それで“生きたい”という願いに転じればいいが......全てに諦観になる可能性だって少なくない」
所長は「結局時代が変わって科学が発展しても全員が幸せというのは酷く遠いものだな」とどこか遠い目をしながら呟く。
その顔は悲しそうに見えた。この場にいない誰かを想ってのように。
「リストカットや自殺のような行動も鬱のような精神疾患も全ては感情がどう向いているかに左右する。希望にすがるか、絶望に堕ちるか。それだけでも感情が正と負のどちらに向くかはすぐにわかるだろう。そして、言ってしまえばそれはたとえ私達でもいつでも堕ちる可能性があるということだ」
「俺達が......堕ちる?」
「これまでに例外はない。だから、これは私の......いや、バカの受け売りの仮説だ。私達は感情によって物事が違って見える。そして、アストラル―――――感情を解放した私達はよりその莫大なエネルギーが精神に影響しやすい状態になっている」
所長は手を後ろ手に組むと窓の方へと歩き出す。
窓からは日差しが刺し込んでいて、会議室の一部を明るく照らしている。その境界が先ほど所長が言っていた正と負の教会に見えた。
「その精神は不安定だ。何にでも染まる真っ白なキャンパスだ。それに何色の感情を塗るかは自分次第。だが、その感情はたとえ暗い色を使っていなくても、明るい感情だけを塗りたくっても汚れていくものだ」
所長は窓に立つとそこから外の風景を見始めた。
何が見えているのかは知る由もない。きっと代わり映えのしない風景がそのまま目に映っているだけなのだろう。
窓に反射した所長の口が動く。
「私達は異能を持とうと人間だ。そして、人間は感情を持つ。しかし、明るかった人が突然暗くなったりするようにそれもまた不安定だ。だから、私達はコントロールしなければいけない。汚れていかない適度な色でもって塗り、いざとなればキャンパス自体を取り換える必要がある。もし落ちてしまえば、さらなる力が発現して感情の化け物になってしまうからな」
「感情の化け物ですか?」
「さらなる力ってことは既に能力を得ている私達でも新たに能力を得る可能性があるということ?」
「そういうことだ。それがバカの言葉だ。前に行った暴走状態の発展形みたいな形だな。正直なところ、ありえん話でもない。感情は想い次第でなんにでも変わるんだ。喜び、楽しみ、悲しみ、怒り。それらの感情は無限大。能力の発現が深層心理の想いで生まれるならその可能性だってあり得るはずだ」
「「「......」」」
「まあ、それだけ厄介というものなんだ。私達のアストラルは。そして、それを上手くコントロールしなければ、違法ホルダーには勝てない。ファンタズマもまた然りだ。そのコントロールを駆使して対抗手段の一つとしたのが“アルガンド”だ」
所長は手にマギを集中させると半透明な球体が現れ、それが次第に長く伸び始め色がついた。
太めの柄からしなやかに伸びる革で出来ていそうなフォルムをした鞭。そして、柄以外には棘のような突起がついている。
なんというか、実に所長に似合っていそうな武器だ。
「私はそこまで鬼上司じゃないと思うが?」
だから、なんで俺の心がわかんだよ!? やっぱそういう系の能力なのか!?
所長は「まあいいか」と一つ息を吐くと告げる。
「これが“アルガンド”。私達のアストラルから放出されるエネルギーをマギに変換して、さらにそのマギを実体化させた武器だ。いわば戦場の相棒とも呼べて、その出現の有無も自由自在だ」
所長は手に持った鞭を消したり出したりさせる。
......なるほど、どうりであの時教祖のそばから藁人形が突然現れたわけだ。うわぁ、来架ちゃんいなかったらマジ詰んでるじゃん。
「アルガンドには大きく分けて二種類ある。まあ、簡単に言えば武器か防具かってことなんだが......見せた方が早いか。結衣、来架少しこっちにきてくれ」
所長呼ばれた二人は席を立って、俺と迎え合うように立たせられた。
そして、二人は所長と同じように武器を自身のマギから作り出した。
結衣は前に見たことある鎌が逆さに二つくっついたような武器で、来架ちゃんは左手に小さめの盾と右手に銃弾を持っていた。
「結衣のはもう知っているな? ラヴァリエと呼ばれる鎌だ。そして、来架のは『ハウドラ』と呼ばれる可変的な盾だ」
「凪斗さん、見ててくださいね~」
来架ちゃんはそう言うと盾に魔力を流しだす。すると、その盾はギギギッ音を立てると扇子のように扇形に開き始め、やがて一周して来架ちゃんの上半身を隠すぐらいにまで大きくなった。
な、なんというか、超かっけー! これはすぐにやりたい! 俺も出来るようになりたい! 俺がそれで作り出したらどうなるのか日本刀かな? やっぱ銃かな? いや他の武器も捨てがたい.....。
というか、待てよ? それは自分の意志で作り出せるものなのか?
「所長、それって自分の意志で形作ることが出来るんですか?」
「出来る」
キタコレ! よっしゃあ!
「ただまあ、今のお前にはまだ無理だろうがな」
「な!? 何がダメなんですか!?」
「まずまだ全身に集中強化出来ていないだろ? つい最近下半身をマギで強化できるようになっただけで、まだ上半身が残ってるだろ。最低限の防御を覚えていないお前がそれを扱おうとするともしなんらかでその武器が自分に跳ね返った時、命ないぞ?」
「.......精進します」
く、くそぉ。悔やまれる! あんなカッコいいものがすぐ近くにあるというのに手届かないとは‼ この歯痒さはどうしてくれようか! 早く、一刻も早く俺の武器のためにも集中強化を出来るようにしなければ!
俺は思わず自分の未熟さに怒りの炎を燃え上がらせる。すると、それを見た所長がニヤリと笑ったような気がした。
「アルガンドは強力な武器だ。そして、防具なら最高の相棒だ。これがあるとないとでは戦闘における力の差もかなり変わってくる。能力やアルガンドの相性次第では戦いも有利に進められよう」
「く、くそぉ......!」
「私や結衣は攻撃に極振りした武器としてアルガンドを作り出しているが、来架のように銃弾という攻撃武器とともに、盾という防具も作り出すことが出来る。まあ、基本的には能力は先に当てたもん勝ちみたいなところがある時もあるから攻撃武器にする奴が多いんだがな。なあ、欲しいか? 自分だけの武器が?」
「欲しいです!」
「即答か。ならば、その心意気を勝ってお前に朗報がある」
「朗報?」
「ああ、実はその手に関しては私よりベテランがいる。そして、実はお前がいない間にそのベテランから“もう一人人数をよこしてくれ”と連絡があった。そのベテランはこの事務所のれっきとしたメンバーだ」
「所長? これってまた俺、どこかに行く――――――」
「場所は西月宮町だ。挨拶がてらしごかれに行ってこい!」
「それってただの仕事じゃないですかああああぁぁぁぁ!」
我、出張、決定す。ああ、何とも言えない複雑な気分。
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