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第65話 新人講習会#1

「それじゃあ、始める......んだが、どうしてお前らもいるんだ?」


「凪斗の付き添い」


「凪斗さんの付き添いです」


「お前......ここをキャバクラと何かと間違えてないか?」


「この状況に関して非があるのは俺と?」


 現在、俺は会議室にてホワイトボード代わりの白い画面の液晶ディスプレイが見える位置に座っている。

 そのディスプレイの近くには所長が立っていてタッチペンを持ちながら腕を組んでいる。そして、その所長の先には俺の両脇に座る結衣と来架ちゃんの姿が。


 もともと、俺は所長の二人だけのいわば“アストラル”についての集中講義を受ける予定だったのだが、結衣は俺と所長の話を聞いてしれっとついて来てるし、来架ちゃんも来架ちゃんでしれっとついて来ている。


 断っておくが、俺は断じて誘っていない。そもそも訓練学校に通った二人なら聞くまでもない話だろうに。


 所長は「まあ、今日は目だった仕事はないからな」とため息混じりに言うとタッチペンでディスプレイを操作し始めた。


「それじゃあまあ、お前が聞きたかった質問に答える前にアストラルについておさらいと行こうじゃないか」


 所長はボードに人を描いていく。輪郭だけかたどったものだ。そして、胸の中心に円を描いた。


「“アストラル”の語源は神智学の体系で精神活動における感情を主に司る、身体の精妙なる部分であるアストラル体から取ったものだ。

 そして、そのアストラルを解放するために使ったのがARリキッドと言われる特別な薬品だ」


 円から線を引っ張り「アストラル体」と表記していく。そして、その表記された言葉に矢印を書いて「ARリキッドにより」と表記していく。


「ちなみに、ARリキッドに使っている薬品の内容がなんだか知ってるか?」


「知らないです。というか、そういうのって情報制限とかされてないんですか?」


「されてる。だから、私達が答えられるのは限りない答えの中の一説だ。ただし、有力な一説だ。それを答えてみろ、結衣」


「ファンタズマの死体から採取した血。ファンタズマは殺せば消えるけど、消える前に採取した血は消えなかったから」


「なっ!」


「そういうことだ。まあ、ただの一説にすぎん。しかし、目には目を歯には歯を、ファンタズマにはアストラルホルダー(ファンタズマ)をと考えれば存外納得もいく。

 それによって、人間としてのリミッターが外れたのかもしれない」


「そんなことってあるんですか!?」


「ない話でもないだろう。ファンタズマを倒すためには自らも同じ土俵に立つ。

 いくら科学が発展しようと人間の進化を劇的に促すにはそれこそ別世界から来た力でも取り込まなければできない。

 この日本だって昔の時代に諸外国の科学力や技術力を取り入れたからこそ今はこうしてるのと同じだ。まあ、確定ではない話だ。信じるか信じないかは好きにしろ」


「......」


「まあ、気にしないというのもまだ無理な話か。ただ、深く考えるな。私達が戦わなければいけない敵は能力なしで勝てるほど容易くない。だったら、特務(私達)はいらないということだからな」


 所長は「少し脱線したな」と告げると一つ息を吐く。

 俺は自分に宿っている力が結衣を傷つけたものの力と信じたくはないが、一先ずその話を頭の片隅に置き、所長の話に耳を傾ける。


「先ほども言った通り“アストラル”は“アストラル体”から来ている。つまり、そのエネルギー源はここ――――感情だ」


 所長はタッチペンで描かれた人の中にある円を指す。そして、次に人型の首元に黒く線を引いて、そこを指す。


「お前らも一度は首にあるチョーカーで警告音を聞いたことはあるだろ。

 それは感情が基準値を超えた場合になるように設定されてある。その基準値とはなんだ、来架」


「所有者が使う能力のコントロールが効かなくなった時と自我を失いかけた時」


「そうだ。まあ、一般的な解釈は後者の方になるが......凪斗、お前の場合は前者も含まれるから注意しておけ」


 つまり自我を失っていなくても強すぎる力で暴走する可能性があるということか。まあ、雷なんて普通は人が扱える力じゃねぇよな......まだ雷ほど強力な電圧出せねぇけど。


「チョーカーは通信機としての役割を果たすが、一番の目的は暴走した者が手に負えなくなるのを防ぐためだ。暴走したらなりふり構わず周囲に甚大な被害を及ぼす場合がある。そのため、暴走した時ようにチョーカーには何が入ってるか、凪斗」


「えーっと、確か強力な麻酔薬でしたよね?」


「ああ、ギリギリ致死量に至らない、されどたっぷりと眠らせるぐらいのな。もとより、私達は半分人間を辞めたような身だ。普通の人には使えない力が使える時点でな」


「「「......」」」


「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚と五感が大幅に強化され、それだけでは無く身体能力も、そして第六感の人智の異能()が宿っている。これはもはや新人類といっても過言ではないのかもしれないな」


 所長は少し悲しそうな声で告げた。

 ディスプレイにアストラルが解放されたことによる効果を記入していく所長の後ろ姿はどこか小さく見える。

 書き終わると再び俺達の方へ向く。


「故に、私達は秩序を守らねばならない。強すぎる力は周りから見れば異質なものだ。周りから恐怖され、排除されるのがオチ。

 それでも私達はそんな人達を守るために戦わなければいけない。たとえ相手がどんなクソ野郎とな」


 所長はディスプレイに向くと「ファンタズマ」と「違法ホルダー」という言葉を空きスペースに記入していく。


「ファンタズマはまだ何かと謎が多い。どの世界から来たのか、能力は生まれつきなのか、そもそもどういう存在だとかな。なんせ殺せば消えてしまう相手だ。

 だが、調べるためには解剖する必要がある。そのためには死んでもらわないといけない。まあ、こんな感じだ。

 しかし、原因はあり、50年前に起きた爆発事故だ。ドラ〇もんのどこでもドアに挑戦しようとした結果だ。もしかしたら、この世界の禁忌に触れようとした罰なのかもしれんな」


 所長は一つ咳払いをすると次の「違法ホルダー」の方へ移った。


「違法ホルダーは国家の管理下に―――――つまり特務以外の全てのことを指す。そして、そいつらの思想はそいつらによって違う。

 新人類に属するようになって自分を神と思うものやクソどもを助けることに嫌気が刺したものだっている」


「ってことは、その能力で人助けする人もいますよね?」


「......お気楽な答えだ。だが、嫌いじゃないな、きれいごとというのは。ああ、いるかもしれないな。だが、違法は違法だ。

 キッチリと取り締まれないといけない。それはたとえ守る対象に嫌われようともな」


 やや空気が冷たくなった気がした。それだけ凄みがあったのだ。なんとなくわかる、経験則から言っていることだと。


 いわば例外を作り出せば“違法ホルダー”を取り締まるというルールががばがばになってしまうからだろう。


 アストラルは本来ファンタズマだけを相手にするために作られたものと聞いた。それ故に、それ以外で、それも認められた者以外が使うのはたとえどんな事情であれダメなのだろう。


 だから、俺も能力を得た今はこうして働いている。そう考えると所長が脅迫まがいに事務所に入れたのはこういった理由があったからなのだろう。


 アストラルをどう使おうとたとえどんなに言いことしか使っていなかろうと国が認めた以外で使えばそれは違法になり、取り締まる対象になる。


 “嫌われる”......それは善人の違法ホルダーによって助けられた一般人が、悪いことしてなく違法ホルダーを取り締まった特務に対する抗議みたいなものだろう。


「改めてお前らに告げおく。ファンタズマ及び言方を取り締まる私達はいわば――――嫌われ者集団のことだ。それは特異な力を持ち、それでいて国に従属しているからという理由で異能で取り締まられることなく国の庇護下に置かれているからだ。嫌われる覚悟をゆめゆめ忘れるな」


 ......俺は嫌われる覚悟があるのだろうか。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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