第57話 裏切り
俺は一階から二階へと上がる階段を駆け上っていく。手付かずのまま放置されているのかやや薄汚れて入る。
二階に上がったが、そこに教祖とそよかさんの姿はなかった。ということは、もっと上の階だろうか。
三階に上がる階段を見つけるとすぐさまそこに向かって駆けだしていく。すると、途中で音が聞こえてきたので上がりきる前に身を潜めて盗み見る。
中央の柱の部分に椅子があり、その椅子と柱で一緒くたに縄で括りつけられているそよかさんの姿があった。そして、そのそばには教祖もいる。
教祖は思っているよりも何もしていなかった。それはそよかさんがあまりグッタリした様子を見せていないからだ。
僅かに見える目にはまだ恐怖心が残っている感じで、グッタリというのかこういう状況に対してだと思われる。
まあ、どちらにせよ、このような状況からはすぐに解放せねばなるまい。
「そこまでだ、クソ野郎!」
「やあ、来たか。君達の到着が速いからまだ何も出来ていないよ。困った困った。これは絶体絶命というやつじゃないかな」
「嘘つけ。口ぶりが随分と余裕そうだぞ」
教祖は身振りを使いながらひょうひょうと言ってのける。その態度が実のうさん臭い。まるで未だ手のひらで踊らされている気分だ。
「おや? もう一人の少女は来ていないのかな? 僕は会いたかったんだけどな~」
「俺一人って言ってんだろ」
「それはないね。僕がこれまで見てきた特務は感情コントロールが上手かった。いわば、技巧派俳優だ。しかし、今回の君はどうか? たかだか人が死んだぐらいで感情をあんなに取り乱すなんて......同族として恥ずかしよ」
「俺をお前と一緒にするな」
教祖はわざと俺を逆なでしてくるような言葉を投げかける。あの時みたいに再び感情を昂らせるのが目的だろうか。
とはいえ、ウザったらしいことにあいつの言葉は一理ある。確かに、あの状況で俺が感情を昂らせている一方で、来架ちゃんはとても落ち着いていた。
しかし、来架ちゃんもあの状況で全く感じなかったわけではない。それは俺もハッキリと見た。
ということは、今回のこの騒動は俺が原因って言っても過言じゃないじゃねぇか。全くまだ入りたてとはいえ、自分に甘すぎたな。
「それに理由はほかにもある。さっきも言った通り、僕はこう見えても何度か特務に襲われたことがあってね。今回のようなことは初めてじゃないんだ。そして、僕の観察眼によると君のような感情コントロールが下手な人は大抵ソロで仕事を組まれない。ミスする可能性が多いからね。だから、ここを逆探知するための仲間がいたはずだ」
こいつ、なかなか鋭いな。いや、これが違法ホルダーというものなのかもしれない。
「そうなると答えは必然。君と一緒にやって来たあの少女がバディということになる。それに僕はあの子に既視感を感じていたが、まさかあの子だとはね。だからまあ、君の必死の演技は実に滑稽だったよ。聞いてて何度笑いがこぼれそうになったか」
「この......!」
「おっと、下手な真似はするなよ? 人質が死ぬぞ?」
俺は思わず前傾姿勢になりかけるのを止める。そうだ、人質がいるんだ。あいつに感情を惑わされるな。ここで動いたらあの時の二の舞になる。
「実のところもう一つあるんだ。そして、これが一番大きな理由だ。それは君自身にある」
「俺自身?」
「ああ、電話の時も言っただろ? “僕の異能が通じなかった”とね。稀にあるんだ、能力同士の相性というものがね。まあ、風の噂程度に聞いていたけど、まさか本当だとは思わなかったけど」
「俺は何もしてなかったはずだ」
「ああ、君は何もしていない。ただ君の持つ異能はそうじゃない。能力によって、異能が特殊なバリア的なものを張っている場合がある。それは当人が使っていなかろうと無意識に発動してるものだ。そして、僕の異能はそのバリアによって弾かれ、通じなかった」
まさかそんなバリアのようなものが俺にあったとは......ということはあれか? もしかして、神が降臨した時に俺だけひれ伏さなかったのは電磁バリア的なもので教祖の異能を弾いていたからか?
おいおい、その話が成立するとなると入った時から、俺はあいつに目をつけられていたってことになる。
ということは、本当に菅野さんの死も美咲さんの死も俺が起こしたようなものじゃないか。
「くくく、どうやら君は感情が表に出やすいようだね。自分のしでかした過ちに気付いて苦しんでいる様子がよくわかる。特務なんかは特に張り付けたような感情で、本心の感情は死んでいる奴らばっかりだと思ったけど案外君みたいのもいるんだね。とはいえ、君みたいのがよく特務になれたのか疑問だけど」
教祖の嘲笑う声が聞こえる。だが、その言葉は正論だ。たとえ、バリアがあったって自分の異能や感情をコントロールできていれば犠牲を出すことはなかった。
それなのにもかかわらず、未熟な俺のせいで......。
その時、ふとそよかさんと目が合った。数日前に会った時よりやややつれている。こんな状況は誰しもが通る道じゃないからそうなっても仕方がないのかもしれない。
そよかさんが口を動かしている。何かを言っているようで、教祖が近くにいるから言えないのかもしれない。
だけど、あの口の動かし方は――――「タスケテ」。
そよかさんの目から涙がスーッと流れ落ちる。それは俺の心の水面のさざ波を立てるには十分だった。
そうだ、考えを改めろ。俺は確かに結果的に二人の命を奪ってしまったかもしれない。だけど、そよかさんはまだ違う。助けられる可能性があるんだ。
ここで犠牲者を二人にするのか三人にするのか。どちらがいいなんて聞くまでもない! この状況は打破する方法を考えろ!
何か何か手が......!
俺はその時に気付く。俺のポケットの中に何があるか。そうスマホだ。しかも敵から奪ったもの。
あの時、一方的に通話を切られてから咄嗟にポケットにしまったやつ。あれを投げれば、注意を引けてその間に接近できるかもしれない。
しかし、問題はどうやってポケットに手を突っ込むか。そんな不審な動きをすれば教祖にどう思われるかなんて明白の理。
そう悩んでいるその時、背後から突然声をかけられた。
「お待たせしました。凪斗さん」
「来架ちゃん!」
教祖を警戒しながら後ろを振り向くと来架ちゃんがサブマシンガンを構えながら後ろに立っていた。そのことに思わず安堵の息がこぼれる。
「無事だったんだな」
「あれぐらいなら大丈夫ですよ。無傷で捕縛済みです」
なんと優秀な。いや、来架ちゃんならそれぐらい余裕かもしれないな。
するとその時、教祖は両腕を大きく広げながら声を張り上げた。
「素晴らしい! やはり来てくれましたか! 再開できることを待ち望んでいたよ。これはほんの前祝だ」
「「!」」
そう言って、教祖は指をパチンと鳴らす。その瞬間、そよかさんを括りつけていた縄の拘束が外れ、自由の身になった。
その突然のことにそよかさんは驚きつつも俺達の方へと走ってくる。そして、来架ちゃんの背後へと隠れた。
俺はそのあまりの出来事に混乱する。それは当然なぜそよかさんを解放したのかということ。教祖にとっては大事な脅迫材料だったはずだ。それを手放すなんて......。
「不思議そうな顔をしているね。僕はしっかり言ったはずだ“前祝”だと。まあ、何の前祝かと問われれば、それは“君の死の前祝”だよ」
「何を―――――!」
「ごめんなさい、凪斗さん。私はここに来なかった方がいいかもしれなかったようです」
ガガガガガッと突然鳴り響く銃声。それはすぐ背後から聞こえてきたもので、来架ちゃんの持つサブマシンガンから放たれた無数の銃弾は俺の背中を襲った。
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