第56話 突入
「次の場所を右に曲がります! ついて来てください!」
「わかった!」
俺はキャリケースを片手に、もう片方でタブレットを見ながら走っていく来架ちゃんの後を追っていく。
今向かっている場所は犯人である教祖のいる場所だ。
どうして場所がわかったのかと問われるとそれは来架ちゃんが俺のスマホから繋げたコードによるもの。それで、タブレット端末を操作して逆探知していたらしい。
そして、来架ちゃんはその居場所が示された赤いマークを目印に向かっているというわけだ。「ただでは転ばない」とはそういう意味だったらしい。
走って行く度にわかることはどんどんと人通りの少ない場所に向かっているということ。
東京の都心近くの渋谷はさまざまなものが最先端技術によって整備されている。しかし、その分人が通らない場所もあるというわけで、そこには夜な夜な怪しげな人たちが集まるという。
それに整備されたといっても全部ではない。特にまだ工事段階のところなんかは他の場所に比べれば暗がりが多いものだ。
そして、今向かっている場所はまさにそのような開発地域と呼ばれる場所だ。長らく工事が続いている場所はそう呼ばれるらしい。
そういう場所は怪しい人物がよくたむろするらしいのだ。
工事中であるために一応“keep out”と表示された液晶ウィンドウが表示されるが、テープのような物理的なものをもってしても中に入られることが多々ある。
一部ではたむろする連中らで建設途中の建物が建てられなくなったりがある。その原因は大抵違法ホルダーであるので、駆り出されることがあるという電話して聞いた所長の話だ。
「ここの開発地域の中ですね」
来架ちゃんが止まって指さす方向には青色の防護ネットがついた建設途中の五階建てのビルだ。その周りには大きく仕切りが建てられている。
明らかに入っては行けなさそうな場所に入るとは.......さすが異なる能力をもった連中というわけか。
「行くか」
「はい。シュパッと助けてやりましょう」
仕切りと仕切りの入り口にある“立ち入り禁止(keep out)”と表示された液晶ウィンドウの中に突っ込んでいく。
そして、まるで画面の中に入っていくような感覚ですり抜けていくとそのまま防護ネットが張られたビルの中に入っていった。
ビルはスカスカの内装であったが、所々に鉄筋コンクリートの柱が二階の床を支えるように立っている。
壁はない。防護ネットの隙間から月明かりが地面の半分ぐらいを照らしていく。
そして、入った俺達を待ち受ける人群れ。その人の群れは全員白い恰好をしていて、背中にクジラのロゴが入っている。つまりは信者達だ。
「うぅう.......」「ああ......ぁあ.......」「あがっ......あがががが.......」
うめき声が聞こえてくる。見た感じからしても意識なく、まさに操られているといった感じだ。
一人の信者が俺達の存在に気付く。すると、大きめなうめき声を上げながら指を向けると他の信者達も反応した。
その次の瞬間、信者たちは俺達に向かって一斉に走ってきた。しかも、一人一人が何らかの長めの得物を手にしている。
「来架ちゃん、信者達を傷つけないし、信者同士でも傷つけさせないでOKか?」
「はい。一先ずその手はずでササッと寝かせましょう」
俺と来架ちゃんは走り出す。
来架ちゃんは手に持っていたキャリケースを開けて、中からサブマシンガンを取り出した。恐らく、ファンタズマ討伐用に持ってきたものだろう。その中に入っているのが本物の銃弾かどうかはわからないが。
正面の信者はなりふり構わず持っていた鉄パイプを振り下ろす。それを避けて、紫電を纏わせた掌底で腹部を打ち付ける。これで痺れてしばらく動けないだろう。
すると今度は、両サイドからほうきのような長い棒とハサミを振り下ろしてきた。
この場合、危険なのは明らかにハサミだ。なので、脚部に瞬間的にマギによる集中強化をかけて、ハサミを持った信者に持って紫電エルボーでその後ろにいた信者ごと吹き飛ばす。
「あが、あがぐぁ!」
「ちょ、待て!」
吹き飛ばした後、すぐにほうきを持った信者の方へと向くとその後ろにいた信者がバットを大きく振りかぶっていた。
恐らく俺に向かって投げるつもりなんだろうが、明らかに目の前にいる信者の頭に強打するコースだ。
俺は再び脚部に集中強化をかけて突発的に飛び出す。まだ瞬間的にしかできないので、早くできるようにしたいものだ。
素早く回り込んでバットを持っていた信者を掴むと足払いをして、痺れさせながら地面を寝かせる。
「あぶねっ!」
顔を上げるとほうきを持った信者が棒の部分を勢いよく背後に振り回してきた。それを大きく体を逸らして、目の前で過っていくほうきを見ながらスレスレで避ける。
一旦、その場から大きく距離を取るとふと視界の端に一人だけしゃがんでいる信者がいた。その信者が手にしているのはスマホであった。それで誰かと連絡しているようだ.......まさか!
「それを貸せ!」
すぐにその信者に向かってスマホをひったくると電話から声が聞こえてくる。
『やあやあ、早かったね。いや、早すぎるかな。まだ全然楽しめてないよ。快楽のかの字も変えられていない。もしかして、逆探知でもしてたかな?』
『お前、仮にも自分の信者だろうが! 操って襲わせるなんて何考えてんだ!』
『何って、ごく当たり前のことだけど?』
『当たり前?』
『僕は神になる男だぞ? 神を敬うべき信者はいわば僕の僕だ。簡単に言えば主従関係のようなものだ。主の命令に従うから従者って言うんだろ? それと一緒さ。この世界はもはや全世界で約80億人に達しようとしている。たかだか30人少しが減ろうとどうってことないだろ』
『クソ野郎がぁ!』
俺は電話中でもなりふり構わず襲ってくる信者を避ける。痺れさせた信者も痺れが弱まってきたのか動き始めた。さすがにまだ5分ぐらい痺れさせることは不可能か。
『クソなのは君だよ。君は偉大なる神に挑む迷惑な野郎さ。まあ、そういう奴らの結果はたかが知れているものさ。太陽の熱に溶かされたイカロスの翼のようにお前が辿るのは地獄への片道切符だけだ!』
教祖はそう電話越しで大声で叫ぶとブツリと電話を切った。急に耳元で叫ばれたからうるさいのなんの。
だが、教祖の居場所は掴めている。ここに来たには教祖の電話による逆探知のものだ。そして、ビルに入った1階にはいなかったが、ここにいることは間違いない。
ということは、ここよりも上の階にいるということ。
「凪斗さん、提案があります!」
手に持っていたスマホをポケットにしまうと突然来架ちゃんが話しかけてきた。その方向を見ているとサブマシンガンを盾に攻撃を捌いている。
「どうしたの?」
「ここは私に任せて先に行ってください! 今はなによりもそよかさんの救出が最優先です! 私のサブマシンガンはゴム弾なので殺傷能力はありません! それに一人の方が集中して集まって来てくれるので、一網打尽にしやすいんです! シュバーンと言ってきてください!」
来架ちゃんには来架ちゃんの何かがありそうだ。それに来架ちゃんの話は一理ある。
俺は教祖を捕まえることばかりに意識が行きがちだが、それ以上にそよかさんを安全圏へと逃がすことが先決。
「わかった。来架ちゃんなら大丈夫だと思うけど、気を付けて!」
「にゅひひ、お任せあれ!」
来架ちゃんは俺に笑顔で額に指を揃えた手を当てて敬礼するとすぐさま信者の方に向き直った。そして、声を出しながら「こっちですよー!」と注意を引きつけていく。
それによって、俺から信者のマークが外れたのを確認すると急いで近くの階段から上の階へと駆け上がった。
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