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第54話 来架の独白

―――――生かす価値のない人っていますよね?


 唐突に来架ちゃんの口から出た言葉。俺が思っている来架ちゃんからは絶対に出てこないであろう言葉。

 急に言われて“え?”という疑問符すらすぐに出てこなかった。それほどまでに違和感を感じるようなその発言に困惑を隠せなかった。

 そんな俺の態度に見ながら、後ずさりしながらベッドにそのまま座り込むと言葉を続ける。


「単純な話ですよ。どの世界にも必要ないと、別にいなくても大丈夫じゃんと思う人はいくらでもいるはずです。全人類皆が必要なわけじゃない。アリの世界だって一定数は怠け者がいるんです」


「.......」


「でも、その怠け者って別に一人ぐらい減ろうとどうってことないですよね? それと同じであの教祖さんもこの世界には必要とは思えないんです。あそこまで酷いとあの人間性が治るかどうかも怪しいですし」


 思わず息を呑む。紡がれていく言葉一つ一つが俺の抱いていた来架ちゃんのイメージを瓦解させていく。

 声は明るく聞こえてくるが、僅かに浮かべている笑みはニヒルのように感じる。

 どうして急にこんなことを言うのだろうか。あの時のことや先ほどの映像を見てそう思ったのだろうか。


「凪斗さんは人を殺したいほど憎んだことをありますか?」


「それは.......」


「まあ、ないでしょうね。嫌いな人や憎い人はいても、別に殺したいほどではない。その人と関係を持たなければ、こちらがそれ以上不快に思うことはないんですから。でも、どうしても関係性を持ってしまう時、そしてその人がどうしようもない災いを身に振りかけてきた時、その時はどうなるかわかりませんよね?」


「まさか.......来架ちゃんは人を殺したことが――――――」


「ありますよ。さっきは『殺された仲間』って言ってましたが、結果的には私が殺しました」


「.......」


 二の句が継げなかった。なんと言葉を返したらいいかわからなかった。正解なんてわかるはずもなかった。だって、人を殺したことはないんだから。

 “結果的に”と来架ちゃんは言った。それがどんな意味をもたらしているのかわからないが、来架ちゃんが殺したと自覚しているのならそういうことなのだろう。

 それについて、“きっと人は殺していないよ”なんて甘い言葉を言える立場でもない。


「私は今の事務所に入る前、訓練学校でいわば最終試験というのを受けていました。試験は夜なかで、そしてその試験で課せられたのがファンタズマの討伐。時間内に規定数討伐すればクリアというものでした」


 来架ちゃんは独白を始めた。それを恐らく先ほどの発言に関わるものだと思われる。

 どうして急に話し始めたのかわからないが、きっと堪えきれない思いというのを満たしきった心の器から少しでも減らしたかったのだろう。


「その時、私はバディを組んでいました。入学時から仲良くしていた大親友でした。自分で言うのもあれですけど、私達は優秀な方だったので任務もすぐに終わって合格すると思っていました。しかし、その時におかしな程にファンタズマが集まている場所を捉えたんです」


 来架ちゃんは少し俯きがちに話を続ける。声に張りがなくなり、静かな部屋に来架ちゃんの声がこだまするように響いていく。


「その異変に当然ながら駆けつけました。すると、他のチームがファンタズマに食べられていました」


「.......!」


「当然ショッキングな光景でしたが、私達の世界ではよくあることでその時に始まったものじゃありませんでした。そして、私達はすぐにファンタズマの処理に取り掛かりました。数はとても多くても全て下級だったので、すぐに殲滅することは出来ました。その時です、()が現れたのは」


 最後の言葉だけ来架ちゃんの語気が少し強くなったような気がした。

 依然として俯いた感じで目が見えないが、見ている来架ちゃんから恐ろしい気配を感じる。

 肌が少しピりつく感じ。気のせいと言えばそれで済んでしまいそうな些細な気配だが、それでも言葉の冷たさは伝わってくる。


「現れたのは違法ホルダーでした。違法ホルダーは大抵が手練れなので、出会ったらすぐに逃げるようにという教えがありました。それに私達はまだその時異能力はありませんでしたから。でも、私達は破りました。なぜなら、その違法ホルダーが下級ファンタズマを操っていたからです」


「操る?」


「はい。ファンタズマは敵味方の分別がないというのが基本です。特に下級ほどの低レベルは知能が低いから尚更。弱い方を優先的に狙うという特性はありますが、別に強い方を狙わないなんてことはありません。それ以上に違法ホルダーの指示に従って動くということ自体がありません。しかし、私達が出会った違法ホルダーはそのファンタズマを操っていました」


 「操る」――――――その言葉自体は今回と非常にリンクするものがある。

 来架ちゃんの実体験による証言や美咲さんが自称神に受肉された時、そして美咲さんの証言や菅谷さんの奇怪な行動。

 それら全てが教祖の手によって操られているのなら話の筋は通りそうだ。


「ファンタズマを操っているということは、一般人を襲うということを同義になります。それ以前に、私達が出会った場所はすでに三つの民家が半壊して燃えている状態でしたから。すでに襲われていたということになります」


 自分だったら来架ちゃんの立場になってどう振舞っていただろうか。教えに従って逃げていただろうか。いや、きっと逃げていなかっただろう。

 目の前で仲間が食われているのを見て、それがファンタズマを襲っている違法ホルダーのせいだとわかって、そのまま放置しておけばさらなる被害が予想出来ていたとすればきっと逃げない。逃げたくない。

 今より経験が浅い来架ちゃんが夜の中、昼間よりも“あつい”炎の近くでファンタズマを従えた違法ホルダーと相対している光景が目に浮かぶ。


「今思えば、たとえ被害を出そうともその場で逃げ出すのが正解だったでしょう。そうすれば、多少の被害を出そうとも逃がすことはなかった」


「逃がすことはなかった?」


「色々と特殊な状況になっていた私達は冷静さを失っていました。とにかく、その違法ホルダーをこれ以上野放しにしておくわけにはいかないということを考えて、無茶な戦いを仕掛けました。しかし、結果は歴然。やはり能力を持つものと持たないものの差は大きく出ました」


「......」


「違法ホルダーは次から次へと下級のファンタズマを呼び出し操り、それに対して銃を使っていた私はやがて残弾が無くなり、予備ナイフでなんとか戦う始末。きっと私達が見かけた時に食われていたチームも同じ感じだったのでしょう。するとその時です、私が操られたのは」


「来架ちゃんが操られた?」


「はい。急にファンタズマが襲わなくなったと思ったら、私の体が勝手に動き始めました。そして、私が手にしたのは大親友が落とした残弾の残った銃」


「まさか......!」


「無防備な後ろを撃ちましたよ。銃口から放たれたいくつもの弾が大親友に被弾し、踊ったように全身を震わせながら死にました。その後は異変に駆け付けた先生が対処してくれました。私達は先生を呼ばなかったので、食べられたチームが読んでいたんだと思われます」


「それが“結果的に”?」


「そう、結果的にです」


「なら、それは来架ちゃんが殺したことには―――――」


「なるんですよ。撃ったのは私自らの肉体ですから。お咎めはなしでしたが......」


 その言葉は“どうしてなかったのか”という裏の気持ちが伝わってくるようだった。

 ひとしきり話し終えた来架ちゃんは少しスッキリした顔をするとベッドから跳ねるように立ち上がる。

 そんな来架ちゃんに思わず聞いた。


「どうして話そうと思ったの?」


「どうしてでしょうかね? そういうドンヨリとした気持ちになったからかもですね」


 来架ちゃんはいつも通りの笑顔を見せる。しかし、その笑顔はハリボテじみたものを感じた。


 沈みきった太陽によって染められていた茜色の雲も一部を残して姿を消し、今度は少しずつ白い月が昇り始める。部屋の暗さが増していく。


―――――――ピロロロロ、ピロロロロ

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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