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第53話 見えた希望と不穏

「戻ってきても良かったのかな......」


「わかりません。ですが、あの場ではああするしかなかったと思います」


 俺と来架ちゃんは荷物があるビジネスホテルまで戻ってきたいた。というのも、来架ちゃんが呼んだ警察に事情を放してすぐに解放してもらったからだ。とはいえ、多少の事情聴取は受けたが。


 あの時、警察が来てからの流れは早かった。

 突入してきた警察がその場にいる人を一斉に同行していったのだから。

 しかし、その場ですぐに全員を容疑者として逮捕しなかったのは、来架ちゃんが通信で「犯人はこちらで精査して見つけ出します」という話のもとだという。

 その話を聞いたのがついさっき。他の人達は今頃総出で事情聴取に当たっている。


 隣の来架ちゃんはタブレット端末に刺したイヤホンの一つを左耳にはめて、タブレット端末に映る画面を見ている。

 その隣で俺はもう片方のイヤホンを右耳にはめて見るに耐えなくなった画面から視線を逸らすように天井をぼんやり見ている。


 雑に開けたカーテンから未だ沈まぬ太陽に染められた茜色の空がよく見える。そして、オレンジ色の日差しが窓から入り、俺達のいる部屋の半分ぐらいを同じ色に染めていく。


 今、俺達が聞いているのは事情聴取の内容だ。警察の方に取調室に映像通信機を渡して、その様子をタブレット端末で見たり聞いたりしているのだ。

 とはいえ、ロクな情報が出てこない。皆、神の存在を信じているのか、それとも来架ちゃんの演説が良すぎたのかわからないが支離滅裂な回答や動きを繰り返している。全くもって見ても意味が無く、聞いても意味がない。

 要するに彼らが言いたいことは「神はすごい。神を崇めよ」なのだから。それは本命であった教祖に関しても変わらない回答をしていた。


「はあ、少し横になるけど、来架ちゃんはまだ聞いてる?」


「はい。私はもう少しだけ」


 俺はベッドにゴロンと寝転がる。もちろん、自分のベッドだ。少し勢いよく寝転がったのか、隣に座る来架ちゃんのポニテがゆるやかに揺れる。


 虚無感に襲われる。あの場で何もできなかったことに。自己嫌悪感を感じる。感情に身を任せようとして、後先考えなかったことに。

 あの時の正解はなんだったのか未だにわかっていない。

 二人も犠牲者を出してしまったことに怒りを感じた。その怒りに任せてその場にいる全員をぶっ飛ばして逮捕すればよかったのか、それともただ冷静に犠牲を出そうとも謎を解明するべきだったのか。

 少なくともわかるのはどっちつかずの考えを持ち、来架ちゃんに助けられた未熟者であるということ。


「弱いな......俺」


「弱くないですよ、凪斗さんは」


 ふと呟いた言葉に来架ちゃんが反応する。思わず顔を見ると耳からイヤホンを外した来架ちゃんが穏やかな笑みを浮かべていた。


「凪斗さんは弱くないです。私も昔同じようなことがありました。けど、その時は殺された仲間の怒りも抱けずに怯えるばかりでした」


「......仲間」


その呟きを来架ちゃんは悲しそうな笑みを浮かべるだけで返答した。そして、ベッドから起き上がるとしゃべり始める。


「人の死に怒りを持てるというのはその死をしっかりと受け止めようとして、その上で犯人を前に戦えるということです。怒りで思考が単調になったり、視野が狭くなったりとデメリットもありますが、動けずに腰が抜けている人よりも私は立派に思います。カッコいいと思います」


 来架ちゃんはベッドに置かれているタブレット端末を手に取ると画面を操作していく。そして、ある画面を開くと俺に渡してきた。

 起き上がるとそのタブレット端末を手に取り、画面に映る資料を見た。それは全て女性の被害プロフィールだった。しかも、この中で見知った顔もある。そう、宗教にいた女性の顔だ。


「これは......?」


「全部で9名。全員若い女性です。そして――――――失踪届が出されている女性です」


「!」


「失踪している人が意味もなくあの宗教に入り浸るとは思いません。つまりはそういうことです。そして、知らない顔があるでしょうが、そのうちの何名かは遺体として発見されているようです。それを見てどうおもい――――――って聞かなくても一目でわかりますね」


 思わず怒りに震えた。タブレット端末を持つ俺の手に力が入り、小刻みに手が震えていく。

 来架ちゃんが言いたいことはわかった。つまり教祖と女性失踪事件の犯人はイコールであるということだ。

 どうやってとかはわからないが(それもしっかりと考えなきゃいけないが)、犯人の目星はついたということだ。後は証拠のみ。だが、俺は恐らく証拠になりうるものを手に入れているのだ。


 タブレット端末を置くと気分を切り替えるために両手で頬を叩く。バチンと勢いよく音が鳴った。少し強く叩き過ぎた。いてぇ。

 そして、机に置かれているSDカードを取りに行く。これが証拠となり得るもの。いや、もっと言えば“菅野さんの最後のあがき”だ。

 というのも、それは菅野さんが俺にしがみついてきた時にそっとポケットに入れてあったものだ。

 だから、今思えば菅野さんはすでに死を悟っていて、それでも一矢報いたくてその希望を俺に渡してくれたのかもしれない。そう思うと、明治神宮であった別れ際に言ったセリフが理解できる。


「菅野さん、あなたのSDーカード(希望)を見せてもらいます」


 メモリカードを手に取るとそっと黙とうを捧げた。そして、部屋にある備え付けのパソコンとSDカードリーダーに受け取ったSDカードを入れて読み込ませると操作していく。

 画面のPCフォルダからSDカードがしっかりと読み込まれているのを確認するとそれをダブルクリックで開く。

 すると、その中にはいくつもの動画があった。そのうちの一つを開いていくとそこには――――――


「うっ、これは......来架ちゃん、見て大丈夫?」


 とても言葉では言い表しがたい映像だった。それを具体的に言うことは出来ないが、この動画は簡単に言えば教祖の教祖の睡姦レイプの証拠映像であった。

 恐らく、菅野さんは随分と前からこの事実については知っていたのだろう。それで証拠として部屋に隠しカメラを設置して証拠として録画していたということだ。


 これを見た瞬間、思わず嗚咽が漏れそうになった。なんとか堪えているが、これを同じくして椅子に座っている俺から覗くようにして見ている来架ちゃんは大丈夫なのだろうか?


「......はい、なんとか。それに同じ女性が被害にあっておいて目を逸らすわけにはいきませんから」


 来架ちゃんはそう言ってただジッと映像を見る。瞳に映像の一部が反射している

 その瞳はとても静かな印象を受けた。何を言っているか自分でもわからないが、つまりかなり冷めているということだ。

 どこか凍てついたような見るものを恐怖で凍らせるとも思えなくない瞳。先ほど言っていた仲間の死に関係したりするのだろうか。


 それから、一応全ての動画に目を通した。正直、気持ち悪いの一言しか浮かばない。同人誌にあるそうなことをリアルでやっているのだからそう思っても仕方ないのかもしれないけど。

 ただ虫唾が走ることは確かだ。そして、絶対に許してはいけない相手であることも確かだ。


 動画を見終わると俺よりも先に来架ちゃんがパソコンの画面を閉じた。恐らく来架ちゃんももう見ていられなかったのだろう。


「大丈夫か?」


「はい。大丈夫ですが......少し気持ちが膨れ上がっているみたいですね」


「仕方ないよ。これを見れば誰だって―――――」


「そういうことじゃないです。そういうことじゃ」


「なら、どういう......」


 来架ちゃんの反応が少しおかしい。いつもの元気さが見えないのは仕方ないとしても、やや言葉の端々から強い口調を感じる。

 俺が来架ちゃんの何を知っているわけでもないけど、少なからず先ほどでも僅かに上がっていた口角が今は見えない。


「ねえ、凪斗さん。生かす価値のない人っていますよね?」

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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