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第49話 初めての光景

「.......」


「.......」


 俺達は一度ホテルに戻っていた。

 それは調査のために持っていたタブレット端末やその他諸々を置いてったり、情報の整理するのが主だが、休日であるためにスーツである恰好は避けたいという俺の意図もあった。


 美咲さんを無事に送り届けてから、部屋に戻って互いに使っているベッドに座ったまま一言も話していない。

 話す内容はたくさんある。午前中だけでもとても濃い時間を過ごしたような気がした。だが同時に、軽々しく話せる内容でもなく、どうにも上手く気持ちの整理がついていないのもあった。


 いつもなら元気な来架ちゃんがしゃべっていないのは菅野さんが言っていた言葉の意味をしっかりと伝えたからだ。

 俺自身としてはあまり知って欲しくない類の内容であったが、“同じ仲間として事件を解決したい”という熱意に押されて説明した。

 しかし、同じ性別の立場からかかなりの衝撃を受けたようで、聞いて以来何もしゃべらなくなった。


 あのクソッたれ宗教に行くまでにまだ時間がある。その間に気持ちの整理をつけておかないと任務に支障をきたしそうだ。全く感情を解放して戦うのが本来のはずなのに、感情を抑制しなければいけないとは皮肉な話だ。


 ふとスマホのサイトの検索画面を開くとそこにあるブックマークから一つのサイトへと飛んでいく。

 そのサイトにあるのは前に調べた“動物シンボルの意味”がまとめられたサイトだ。調べた日からなんとなくブックマークしておいたのだ。


「クジラのシンボル的意味は“包容” “悪魔” “ずるさ” “色欲”......」


 相手の悩みを聞き入れ、祈りで解決しましょうと優しく“包み込み”、“ずる”賢く信徒をまとめ上げ、支配していく。そして、“性欲”の限りを尽くすその姿は一種の“悪魔”である。


 適当に思ったことだ。しかし、どういう意図でクジラを選んだのかやはりわからないが、なんとも的を得言えるような気がする。

 そして、その実態を知っているこっちの気分は最悪。今にでも殴り込みに行けるならしたいところだが、下手に感情を高ぶらせ過ぎるとアストラルが使えなくなる。


 それにしても、あんまり雰囲気が暗くなり過ぎるとそれはそれで問題が起きかねないから、一先ず来架ちゃんに声をかけてみるか。


 そして、隣でベッドから足を投げ出しながら寝転がっている来架ちゃんに話しかける。


「......少しは気分は落ち着いたか?」


「はい。とても酷いことですが、そのことを美咲ちゃんは知らないんですよね......」


「ああ、知らない。だが、もしかしたら、知らない方がいいのかもしれない。気づいてたら犯されたなんて話を虫唾が走るし、俺だったら死にたくなるね」


「私も自分のことだと考えると.......いや、考えたくないです。体の芯からゾワゾワって嫌な感じがします」


「それが正しい反応だよ。教祖(あいつ)は狂っている。だから、たとえどんな形であれ、どんな奴であれ、必ず捕まえる」


「.......生かす意味なんてあるんですかね.......」


「え?」


「何でもないですよ。美咲ちゃんのためにも必ず奴を捕まえましょう!」


 ボソッと何かを呟いた来架ちゃんは上体を起こすと大きく伸びをする。そして、いつものように笑顔を浮かべてベッドから降りると支度を始めた。

 その行動はいつも通りのように見えた。しかし、あの笑顔はどこか作り物のような感覚がしたのは気のせいだろうか。


****


 俺達はいつも行く時間になるとビジネスホテルを出て、クソッたれ宗教のある場所に向かって行く。

 今はパーカーにサルエルパンツとまあ、普段のスタイルだ。ここら辺のメリハリはつけておかないと変に怪しまれる可能性がある。

 そういう意味では来架ちゃんも服装を変えている。肩が出るぐらいのゆったりめのベージュ服で、デニムパンツという格好だ。茶色のブーツから生足がすらりと伸びている。

 正直、あまり“これから宗教でムササップするぞ”という恰好ではないが、配布された信徒の服―――――背中にクジラのロゴが入ったフード付き――――――があるので、それを着てしまえば結局見えない。


 相変わらずゴツイ黒服のハゲ男にチップ入り名刺を見せて通過。手に持っている紙袋から来架ちゃんの信徒服を渡すとドアをあけて中に入っていく。


 待っていたのは静けさだった。いつもならそれなりに話し声が聞こえたりするのだが、今はただ“しーん”という擬音が尽きそうなほど物静かな空間になっていた。

 しかし、人が誰もいないならそれで合っているのだが、人はたくさんいるのだ。それも空間の中心を避けるようにして弧を描くように並んでいる。

 コソコソと話し声が聞こえ、入ってきた俺達に振り向く人もいる。だが、すぐに顔を背けて中心方向を見る。


 俺は来架ちゃんと視線を合わせるとその人ごみの中に割って入って、前列に向かっていく。誰も動こうとしないのか抜けるのは少し時間がかかったが、前列に出てくることは出来た。


「.......」


思わず息を呑んだ。初めて見る光景に目が釘付けになるように視線が外せなくなった。衝撃が全身を駆け巡る。そして、サーっと僅かに血の気が引いた感じがした。


 目の前にいるのは二人の男女。一人は若い女性でもう一人は小太りでハゲている男性だ。どちらも見覚えがある。美咲さんと菅野さんだ。


 美咲さんは青ざめた色をして床に倒れている。それを菅野さんが抱えている。

 美咲さんは服が赤く染まっていて、美咲さんを中心にまだ新しいであろう血が大きく広がっている。血の独特なニオイがこっちまで漂っていた。

 そして、美咲さんを抱えている菅野さんの手は血で汚れていた。すぐ近くには血の池によって赤く染まるナイフが見える。


 何が起こったのかなんて誰かに説明されなくても一目でわかる光景だ。菅野さんが美咲さんを刺したのだ。

 しかし、本気でそう思っているわけじゃない。菅野さんとは知り合って短いが人間性はしっかりした人だった。殺しなんてするはずがない。

 それにそもそも美咲さんと接点があったのかも怪しい。もちろん、知らないだけなのかもしれないが。


「......天渡君?」


振り向いた菅野さんと目が合った。酷く怯えた表情と後悔の目がまるで顔に書かれているかのようにハッキリわかった。

 体が小刻みに震えている。口が恐怖で歪み、顔は美咲さんとは違った意味で青ざめている。


「これは.......ちが、違うんだぁ.......僕は、僕はやっていない。突然、弓原さんが暴れて.......止めようとしたんだけど、止まらなくて.......自らナイフで刺したんだ」


 震えた弱弱しい声でそう告げる。体は恐怖で固まってしまっているのか動こうとせず、その影響かズボンが血を吸い上げて赤く染めあげている。


「嘘よ。この男は嘘をついている。私は見たわ。この人が刺した時を」


「刺していない! 僕は刺していないんだ! ほんとなんだ! 信じてくれ!」


「今更この状況で嘘なんかついてどうするんだ!」「そうだそうだ! 誰がやったかなんて火を見るよりも明らかじゃないか!」「いや、誰か! 誰かこの人殺しをすぐに捕まえて! 死にたくない! 死にたくないよ!」「ああ、神様! 私を助けて! そして、あの罪深き信徒に裁きの鉄槌を!」「神よ! 私達を助けたまえ!」「神よ!」「神様!」・・・


 一人の女性の言葉から瞬く間に他の人達も菅野さんを非難し始めた。その声はだんだんと大声になり、デモ活動の如く声を張り上げ、拳を天井に向かって突き上げる者もいた。

 そして、やがて多くの人達が神に祈るような言葉を呟き始め、祈るように手を合わせ始めた。


「――――――何を騒いでいるのかい?」


 その時、一人の男の声が静かに響いた。すると、信徒たちはすぐに静かになり「教祖様、お助けを!」と請い始めた。

 俺達の後ろの列が教祖に道を作るように開いていく。

 フード被り緑色の髪から覗かせる翡翠の瞳は何か企みを持っているかのようにライトの光で鈍く輝く。


 悲惨な状況は今をもって始まりの鐘を告げた。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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