第48話 乗っ取られた者
「来架ちゃん、今日は早めに戻ろうか」
「そう......ですね。そうしましょうか」
俺達は菅野さんから聞いた情報がしっかりとレコーダーで記録出来ているか確認してから、明治神宮の入り口の方へと歩いて行く。
横幅の広い通りに割と多くの人達が本殿に向かって歩いている。中には外国人も多そうだ。時折止まっては風景をバッグに撮影したりしている。
そんな人達を横目に見ながら、来架ちゃんとは一言も会話をせず歩いて行く。
どうにも話の内容が浮かばないのだ。菅野さんから聞いた言葉がおもかっただけに。それに来架ちゃんも今は物思いに耽った顔をしている。下手に声をかけない方がいいだろう。
入り口を抜けるとすぐ近くには大きな道路があり、その道路を飛び越えるように枝分かれした歩道橋がある。
ふとその歩道橋を見てみると道路中央にある歩道橋から道路を眺める一人の少女がいた。その顔に見覚えがある、確か.......そう、美咲さんだ。体験として入った時に神に受肉された......。
その時、脳裏に菅野さんの会話が思い出された。教祖によって神に受肉された同年代ぐらいの少女がどうなるのか。
「どうしましたって、美咲ちゃんかもですね。なんかやつれた顔をしていませんか?」
美咲ちゃん?
「だよな。少し声をかけに行こ――――――うっ!?」
俺と来架ちゃんが動き出そうとした時、美咲さんは不意に手すりによじ上って、脱力したように立っている。
構図は今にも自殺しようとする人その者だ。まずい! このままでは今落ちてもおかしくない!
「来架ちゃん! 少し荷物を頼む!」
そう吐き捨てるとすぐに体に紫電を纏わせる。そして、脚部を瞬間的に集中強化!
電気によって意図的に少し筋力のリミッターが外された状態になっている脚部にアストラルの力を付与して、地面を蹴る。
しかし、ホルダーはそう簡単に人目に能力を触れさせてはいけないので、一気に歩道橋にいくというショートカットは不可能。だが、それは普通に階段を上がっていくルートで間に合えばいい話。
一瞬にして歩道橋の階段を駆け上がっていく。そして、一番高い所までやってくるとゆっくりと美咲さんの体が前のめりに倒れ始めていた。
「間に合えええええええぇぇぇぇ!」
片足を思いっきり踏み込んで集中強化と脚のバネを一気に解放! 美咲さんまで一直線で飛び込んでいく!
体が90度以上落ちきる前に胴体に向かってタックルしていく。そして、抱えたらすぐに体を無理に捻って美咲さんが手すりにぶつからないようにしながら床に転倒。間一髪間に合ったぁ~。
体の上に美咲さんが乗っている。恰好はとても若者風でおしゃれな恰好をしていた。フリルのついたノースリーブに茶色い短パン、厚底のサンダル......少なくとも自殺するようには思えない格好だ。
僅かに胸の上下する圧が感じる。呼吸しているようで何よりだ。今は......気を失っているのか? にしても、不謹慎だがすげー女の子のニオイが髪から漂ってくる。
「うぅ......ん.......私は.......」
「あ、あの大丈夫ですか? 正気じゃなかった様子ですが」
顔を起こした美咲さんと目を合わせる。茶髪の一つ縛りの髪がさらりと背中から落ちて揺れる。
すると、美咲さんの瞳がだんだんとうるうるし始めた。おっと、これは.......
「あなたは.......う"ぅ"、あ"あ"あ"あ"あ"あ"~~~~~! 怖か"っ"た"よ"おおおおぉぉぉぉ!」
「あ、え!? ここで号泣されるとその.......あの......えっと!? 来架ちゃん、助けてええええぇぇぇぇ!」
美咲さんは俺の上でまたがった状態で両手をワイシャツをくしゃっと掴むと顔を胸に押し付けるようにして泣き始めた。え、こういう時に俺はなんと声をかければいいの!? くそぅ、こんな時にイケメン補正があれば! とにかく来架ちゃーん! 早くぅー!
「え、あ、はい! ただいまシュバッと行きますからーーーーー!」
荷物を抱えてきた来架ちゃんが歩道橋を利用しようとした周りの人達から痛々しい視線を送られている俺を救出。それから、美咲さんを連れてまた人が少なそうで、涼しい明治神宮の避暑地に逆戻りしていく。
美咲さんはとにかく号泣していたが、ある程度泣くと少し気分が落ち着いてくれたらしく、買ってきたハーゲンナッツを無言でパクパクと食べるほどには回復した。
その姿を横眼に見ながら俺は暑さと妙な緊張感が抜けてグッタリしていて、そんな俺を来架ちゃんがうちわで優しく扇いでくれる。この子、やはり天使か。
「落ち着きました?」
「はい、お陰様で。ご迷惑かけて申し訳ないです。それから、とんだお恥ずかしい姿を」
「いや、全然大丈夫。ともあれ、無事であれば何よりだ」
美咲さんはペコペコと頭を下げていく。どうにも気はあまり大きくないような感じだ。
「そういえば、お二人は確か同じ宗教にいた天渡さんと来架ちゃんですよね? どうしてこんな所に二人で? まさか!? とんだご無礼を!! 私はこれで!」
「あ、待って待って!」
咄嗟に美咲さんの腕を掴む。
ちょっと想像力がたくましすぎるかな。確かに二人でいればそう見えなくないかもしれないけど、ほら明らかに恰好がおかしいからね? 少し落ち着こ?
それにしても、来架ちゃんはいつの間に仲良く.......あ、そう言えば“美咲ちゃん”とか言ってたな。仲良くなるのはそよかさんのお姉さんだけだったはずだが、まあいいか。
「もう少し落ち着いて。先ほどの行動を見過ごすわけにはいかないからさ」
「それに私達は――――――」
『来架ちゃん、ストップ』
咄嗟に通信をオンにして来架ちゃんの脳内に直接言葉を送り込んだ。それによって、来架ちゃんの言葉が詰まる。
『どうしたのですか?』
『少し思うところがあってね。といっても、ここだと筒抜けになるから伝えるけど、美咲さんは自称神とやらに受肉された人だ。それに菅野さんの話からすると教祖と(肉体的)接触がある可能性がある。その際に何かされた可能性も考えられなくもない』
『ということは、美咲さんには正体をばらさない方がいいかもってことかもですか?』
『そういうこと。不意に伝わって警戒される可能性も考えられる以上は得策じゃもないかもしれない』
『了解です!』
「あのー、痛いです」
「あ、ごめんなさい」
俺は美咲さんが残さないように不意に逃げないように強く握っていた手を放す。美咲さんの手首には軽く跡がついてしまった申し訳ない。
美咲さんは特に気にするようなこともなく、「大丈夫ですよ」と答えてくれた。でも、逆の手で跡がついた方をスリスリするのはなやっぱり気にしてるんじゃないですか?
ともあれ、美咲さんは先ほどの俺の言葉を考えてくれたのか席に座り直した。だが、すぐに顔がうつむいていく。
「どうしてあんな行動を?」
「どうしてでしょうか.......わかりません。でも、自殺しようとしわけじゃありません。もしかしたら、神様に乗っ取られているのかもしれません」
「......神に?」
「はい。なんというか新しい入信者としてあなた達が入った時に神は私の肉体に受肉したわけですが、その時の記憶が一切ないのです。そして、それ以降は妙に体が勝手に動き始めるようになって.......今回は出掛けていたら勝手にこの場所に来て手すりに上って.......」
「そして、勝手に前に倒れ始めたと?」
「はい。私は神様の存在を信じてました。そして、神の受肉も得てとても幸せだったのに......どうして?」
そう言って美咲さんは再び泣き出してしまった。
その切実な思いに俺達が返せる言葉は見つからず、俺は無念にも似た怒りを感じていた。
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