第47話 教祖の裏の顔
俺と来架ちゃんは同じ入信者である菅野さんを交えると話しを聞き始めた。
「僕はね、過去のことが原因で苦しみが逃れたい一心でたまたま勧誘していたあの宗教に入ったんだ。その時はただ忘れて無我夢中でやっていた。しかし、ここ最近はここで知り合った人たちと仲良くなって精神的に立ち直ってきたんだ。しかし、ある時を境におかしくなったんだ」
「おかしくなったとは?」
「あの神みたいなのが現れた時だよ。その瞬間、皆の教祖に対する目の色が変わった。もともとある程度の心酔を持っていた人は狂信的になった」
「菅野さんはならなっかったのですか?」
来架ちゃんが尋ねる。それに対して、チラッと顔を見ると顔をすぐに俯かせた。
「僕はその前にあるものを目撃してしまってね。それから単に辞めるのが怖くて仕方なくやっていた部分がある」
小太りの菅野さんは話を続ける。一度もこちらに目を合わせようと顔を動かす仕草がない。
声のトーンも暗く、気分が沈んでいるのが一目でわかるぐらいだ。それほどまでの何かを見たということなのか。
「何を見たんですか?」
恐る恐る尋ねる。そして、帰ってきた言葉に思わず言葉を失った。
「催眠レイプだよ」
「.......!?」
聞いた瞬間、少しだけ思考が止まったような気がした。
言いたいことはわかる。よく同人誌にありそうなシチュエーションの類だと。しかし、それが現実であるとは.......いや、知らなかっただけであるのかもしれない。
来架ちゃんは「れいぷ?」と言葉の意味が分からないような表情をしていた。これに関しては教えない方がいいだろう。
「天渡君はおかしいと思わなかったかい? この胡散臭い宗教に妙に若い女の子が多いことに。確かに、困りごとがあるからと言ってもさすがに宗教にのめり込むほどじゃないと思うし、あったとしてもあれほどの数の若い女の子がここに集まるのも不自然さを感じる」
.......確かに、あの時は妙に若い女の人が多いと思った。それも同年齢ぐらいの。もしそれが目的だとしたら、あの数も納得がいく。それに来架ちゃんが感じた視線も。
「けど、中年層も多かったですよ?」
「あれはただのカムフラージュさ。信徒に自分の最大の目的を悟らせないためにね。そして、あの神とかいうやつが現れた時もそうさ。その神に信徒の意識を集中させて、妄信させて、狂信させる。それで同時にその神と会話できるということで自分の立場を底上げして、いざバレた時の保険をかけているのさ」
「あの現象について何か知っていますか?」
「わからない。でも、現実じゃあんなのはあり得ない.......と思う。きっとマジックか何かだと思いたい」
「にゅ? 思いたいとはどういうことです?」
「思いたいは思いたいのさ。じゃなきゃ、あの神のたった一言言われただけで体の自由が利かなくなるなんておかしな話だからね」
その話を聞いた来架ちゃんは俺の顔を見て顔を横に振った。きっと“収穫ゼロ”という意味なのだろう。
来架ちゃんなりに探りを入れてくれたが、肝心なあの現象についてのカラクリが解けていない。とはいえ、全くゼロというわけではない。この話を聞く限り。
「君達も見た神という存在。あれで大抵の人は本当に神がいると信じる。けど、本当に神様がいるならどうしてこんなちっぽけな宗教に現れるかってことだよね」
「それから教祖の動きはどうなりました?」
「エスカレートの一方だよ。君達を信じ込ませるために神を出現させた。最初こそ中年ぐらいだったけど、最近だと若い女の子ばかり。そして、神が消えた後に受肉された意識のない女の子を部屋に連れ込んで.......あの部屋は防音構造になっていて外には音がでないし、周りの人は狂信的になっているから神が現れればたちまちその話で持ち切り。僕は勇気が持てずこのままってダメな人間さ。女の子がどうなっているのか知っているのに」
「.......それを知ったキッカケは?」
「ある日、忘れ物を取りに戻った時にね。入り口にいる怖そうな人もいなかったから、もう開いてないだろうと泣けなしの気持ちでドアノブを捻ると開くもんだから、不思議に思ったけど取りに行ったんだ。すると、唯一の個室の明りが僅かに空いたドアの隙間から漏れていて――――――」
「それで気になって覗いたら、と」
菅野さんの言葉をあえて遮りながら内容を確認した。これはこれ以上、言わせるのも酷な内容であったからだ。
それにもう文脈でわかる。言葉を重ねる必要はないという判断からだ。
.......とはいえ、若干の感情の高ぶりはやはりあるようだ。怒りで思わず拳を握りしめていた。
確かに、そういうシチュエーションの話はさっきも言った通り同人誌の中ではたくさんあるだろう。しかし、それはあくまでフィクションだから許されるのだ。
だが、それを現実に引き上げてしまうならば、それはもう立派な犯罪だ。それも人権を踏みにじる行為に等しい。
周囲を取り巻く風から涼しさを感じなくなった。聞いて怒って体温が上がったせいかもしれない。
けど、それでいい気がする。この感情は正当なものだ。抑え込めという方が無理な話だ。すぐにでもあいつを――――――
「凪斗さん、落ち着いてください。少し感情が高ぶりすぎかもですよ」
「.......来架ちゃん」
俺の小刻みに震えた拳に来架ちゃんの手が重ねられる。そのことに思わず来架ちゃんを見るといつもと違う優しい笑みを浮かべていた。
しかし、どうしてだろうか。その優しい笑みに憂いを感じるのは。
「深呼吸です。はい、ご一緒にスーハースーハ―」
「あ、うん。スーハースーハー」
来架ちゃんの突然の掛け声に合わせて深呼吸をしていく。少しだけ落ち着いてきた。風の涼しさも、セミのうるさい音も聞こえてきた。
「ありがとう、来架ちゃん」
「どういたしまして!」
また笑ってみせる。今度は後光が刺す笑顔だ。やはり先ほどのは気のせいだったのだろうか。
「すみません、取り乱してしまって」
「いや、全然気にしてないよ。むしろ嬉しかったよ。そこまで自分のことのように親身に寄り添ってくれることが。親子ほどの年齢かもしれないけど、最後に良い友人が出来たかもしれない」
「菅野さん?」
菅野さんはおもむろに立ち上がると椅子を机に寄せて直していく。
「僕は勇気を出してみるよ。これまで自分可愛さで動いてたけど、時には若者に負けない経験を使って頑張ってみる」
「待ってください! 何をする気ですか!」
思わずガタっと立ち上がって叫んだ。言いたいことは言ったとばかりに歩き始めた菅野さんを問い質すために。
すると、菅野さんは振り返ると告げる。
「なに、僕の人生はまだまだこれからだからね。頑張って抜けられるように頑張るだけさ。それじゃあ、またいつかね。将来有望なお二人さん」
菅野さんはひらひらと振り向かずに手を振るとそのまま歩いて行ってしまった。
その姿をただ茫然として見つめることしか出来なかった俺は、なぜかその姿を無性に目に刻み付けていた。
そして、やがて菅野さんは消えた。
「......来架ちゃん、このままで俺は良かったのかな?」
「どうでしょうか。私にもどっちが正解かどうかはわからないです。けど、何が起こっても進まなければいけない時というのはあります。どんな些細なことであれ」
「......」
その言葉は妙な説得力があった。返す言葉が見つからない。これが経験の差というものなのだろうか。
自分の気持ちに判然とせずにぬるくなった風が体にぶつかるようにして吹き抜ける。
そして、すぐに菅野さんの最後を見届ける時が来るとは思いもしなかった。
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