第38話 調査詳細
「あまり広くない部屋ですが、どうぞおかけになってください」
「失礼します」
「失礼しまーす」
肩辺りまでの黒髪をサラサラと揺らしながら、俺達を椅子につかせるとすぐに飲み物を用意し始めた。
その間、少しだけ部屋を観察してみるが、基本的に清潔感があり、目立って貧しい感じるような印象はなかった。
依頼主のそよかさんもラフな格好であるが、きめ細やかな肌から見てもきっといい化粧水とか使っているのだろう。
「ちなみに、お姉さんと同居していらっしゃるんですか?」
「はい。そうなりますね」
そよかさんはトレイに乗せた紅茶の注がれたカップを俺達の手前に置くとそのまま椅子に腰を掛けた。そして、正面にそよかさん、隣に来架ちゃんが座る形で話を始める。
「それで簡単な話は所長......反加さんから聞いていると思うんですけど、二週間ぐらい前から姉である【はるか】さんの不審な行動が目立つようになったと。具体的に言えば、毎日帰りが遅いとか」
「はい。最初は残業か何かと思ったのですが、二週間毎日続いてますので不安になって“仕事変えたら?”と言ったこともあるんですが、『だいじょうぶだいじょうぶ』と繰り返し言われるだけでして」
「何をキッカケに調査をお願いしようとしたのです?」
「空元気.......というのでしょうか。睡眠もあまり出来ていないらしく隈も酷いのに、ただ毎日遅い時間まで働いているのに妙に明るいと思って。これまで仕事中毒な言動なんて見たことありませんでした。むしろ、『会社の休み欲しい~』と嘆いているほどですから」
まあ、確かに休みを欲しがっている人が急にテンションハイでワーカーホリックになったらそらそう思うな。
隣でカップを両手で持ち、紅茶をちょびっと飲んで背景に花畑が映るような美味しそうな顔をする来架ちゃんはカップを置くと質問する。
「それで、こちらからは“怪しい宗教にはまっているかもしれないから調査して欲しい”という依頼でやってきたわけであるかもですが、何をキッカケにそのようなこと思ったのかもですか?」
いつものような天使のような笑顔を見せずキリッとした顔で言う姿はやはりキャリアあるんだな。
「実は私はまだ大学生なので普段は姉の代わりに家事をやっていたりするのですが、一週間前ほどのある日にスーツをから一枚の名刺が落ちてきたのです。あ、実物があった方がいいですよね! 今お持ちします」
そよかさんは立ち上がるとすぐ近くにある棚の戸を開けて探し始めた。
すると、隣の来架ちゃんがポニテをフワフワと揺らしながら、耳打ちするように顔を近づける。
「.......やはり妹さんは気立てがいいかもですね。それに良識があるような感じもします。それに勝手なイメージですがお姉さんの方も十分に良識がありそうな感じがします.......」
言いたいことはわかる。けど――――――
俺はこそばゆい耳から来架ちゃんを肩を押して少し遠ざけると返答する。
「けどまあ、実際何を考えているのかわからないのが人ってもんだよ。こんなことを言える立場じゃないけどさ、つい最近実感したばかりだからな」
結衣のことに関しては俺一人では実際問題解決しなかっただろう。所長や礼弥さん、もちろん来架ちゃんのおかげで真相に辿り着けたって感じだ。
それに結衣は来架ちゃんみたいに表情に出るタイプではないので余計にわかりづらかったし、それにオレにバレないようにもしていた。それじゃあ、気づきようもないって感じだ。
「だから、妹に迷惑かけないように自分一人で悩んでいるうちについ甘言に誘われたかもしれない。誘われていたのなら救出するって感じだ」
「にゃはは、さすがにカルト宗教を無くすことはできないかもですからね。もっとも、教団の長が手放すかわかりませんが」
そんなことを話しているとそよかさんが「あったあった」と独り言ちりながら一枚の名刺を持ってきた。
その名刺は味気ない無地の一部にカルト宗教のシンボルであろうクジラが描かれていた。こういうのは何か意味があったりするのだろうか。
にしても.......
『 ムササップ世界平和信仰宗教
教団 手句膜 真矢紺
〒〇〇〇-〇〇〇〇 渋谷区〇〇番〇〇号 TEL――――――』
作り自体は実にシンプルなものだった。必要なものしか書かれていない感じは味気なさもあるが、真面目という印象も伝わってくる。
とはいえ.......「ムササップ」ってなんだ? どこかの民族の祝いの言葉であったりするのか? それから一番突っ込みたいのが名前のところだ。
これって普通に読んだら「テクマクマヤコン」だよな? 確かいとこの爺ちゃんがコレクターで昭和の頃のアニメを持っていたから知っているけど。偶然か? いや、偶然にしてはなんかなー。
チラッと来架ちゃんの反応を見てみた。とても不思議そうな顔をしていた。「てくまくまやこん?」と名前を呟きながら小首を傾げている。まあ、当然の反応だわな。今どき覚えている奴はいんだろ。
「これを見つけた後、何かしましたか?」
「尾行とかしてみようか考えたんですが、素人が下手にやって別の犯罪に巻き込まれるのは嫌だったので自分の意思からやろうと思わなかったのですが.......それでも一度だけ少ししたことがあります」
「それはどんな状況で?」
「名刺を見つけて以降のたまたま遅い時間の買い物帰りにお姉ちゃんらしき後ろ姿を見かけたんです。なので、確かめに行くとやっぱりお姉ちゃんで、時間帯も六時頃と早い時間にこっちに帰っているにもかかわらずふらふらしているので後を追ってみたんです。すると、怪しげな路地裏で白いフードを被った恐らく男性の方がお姉ちゃんの背中を押すようにして一緒に歩いて行ったんです」
「この名刺と関連性のある何かを見ていたりしますか?」
「男性が着ていた服の背中にこの名刺と同じデザインの模様が書かれていたので。見間違えではありません。私が知っていることはこれでほとんどです。お役に立てなくて申し訳ありません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「うんうん、私達がズバッと解決してみせますよ!」
来架ちゃんはビシッとサムズアップする。とってもいい笑顔だ。
「ありがとうございます」
そよかさんは嬉しそうに丁寧にお辞儀した。やはりあの笑顔が決め手か。
そよかさんから改めて情報を確認した俺達はアパートの階段を下りていく。
結局のところ、そのムササップ教を訪れてみないとわからないのだ。加えて、内部の実体を知るためには入信という形になるのは確実だろう。
しかし、ムササップ.......ムササップかー。もう少し良いネーミングはなかったものだろうか。それに“テクマクマヤコン”て。ネーミングセンスよ、当て字じゃねぇか。聞いたら笑いそうになる。いかんな、本人を前にした時に笑っては。
まあ、それはそれとして.......
「あのー、さっきから人のリュックを何ガサゴソしてるの?」
アパートを少し歩いた通りの道で突然来架ちゃんがリュックのチャックを開けて漁り始めたのだ。
別に俺は、何か用があったんだろうな、と思うだけなんだけど、人によっては怒る人もいるからやめておきなさい?
「にゅ? アストラル探知用広範囲放射線銃を探しているんですけど......あ、あったあった」
「あー、所長に持ってけって言われてたやつね。何に使うか知らんけど」
「なんで持ってかないんだ」と言われてもない理不尽な怒られ方をした今朝のことだけど。
「あれ? もしかして聞いてないですか?」
「ん? 何を?」
あれ? これはもしかして.......
「結衣さんから“この地区で発生している女性失踪事件も調査して来い”って言われないですか?」
「.......は?」
ここで初めて俺は追加任務があることを知った。
「あー、本当は所長から言伝で結衣さんが伝えるのを結衣さんが忘れていたかもしれませんね。ほら、結衣さんは凪斗さんのことを初めておつかいに行く我が子を見るように心配そうでしたから」
「.......」
.......なるほど。通りで理不尽な怒られ方をするわけだ。あの過保護おっちょこちょいめが!
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




