第34話 結衣とお出かけ
突然だが、ここ月宮区は東京で作られた新開発都市である。
もっと若者たちに住みやすい暮らしとよりよい仕事場を、というコンセプトに作られた新たな都市であまり広くない土地でありながら、若者に溢れている。
色々と理由はあるが、都会へのアクセスが近い割には割と田舎臭く感じなくもない街のつくりであるからだろうか。
整備された住宅街に、子供がしっかりと遊べるスペースを確保した公園。
加えて、デパートなどの商業施設の完備にテクノロジーの進歩で人手が増々減っている中小企業とか。
しかし、少し場所がズレれば急に都会っぽくなったりしているが。
事務所がこの区にあるのはここが新開発都市であるからという理由もあるだろうが、さっき言ったように都会に近い場所にあり、同時に東京23区以外にもすぐにアクセスできるので便利だからという理由もあるだろう。
といっても、アクセス方法が昔にあった電車らしい電車の移動ではなく、リニアモーターカーの小型版みたいな感じになっていてさらに移動時間が短くなっていたりする。
加えて、至る所に高速道路が整備されているため、今は割りに車運転ブームの再来となっていたりする。
さらに付け加えるのなら、再生可能エネルギーの影響で至る所に太陽光パネルやら風力発電用タービンがある。
そんな月宮区であるが、ここでただ暮らす者にとっては日常の一部でしかなくあまり関係ない話だ。
「それで、デパートに来たはいいものの何か買いたいものとかあるのか?」
現在、俺と結衣は大型デパートの目の前に来ていた。
ザ・都会の店とでもいうようなそれには多くの人達が出入りしている。
さらに広いエントランスでは中心に大きな観葉植物があり、その周りに座れるような石段がある。いわば、待ち合わせスポットだ。
そこから放射状にお店が色々とあり、それらの店でいろいろと物色する人たちの声で賑わっている。
「とりあえず、服を見たい」
「服か.......そういえば、常々思ってたんだが、暑いのになんでジャンバーなんか来てるんだ?」
エントランス正面にあるエスカレーターへと乗るとふと思ったことを切り出した。
それは結衣の仕事スタイルが(特に外に出る時が)ワイシャツの上にジャンバーを着るスタイルなのである。
今は着ていないが、結衣のジャンバーはどう考えても肌寒い春か秋に着るようなもので真夏日とかが多い現在では圧倒的に不向きだ。
「覚えてない?」
質問に質問で切り返されてしまった。それもどこか悲し気な表情で。
そうなると、覚えてる覚えてる、とか言いたくなるけど、嘘はいかんよな.......。
「すまん、覚えてない。もしかして、俺とゆかりのあるものだったりするのか?」
「まあ、小学校の頃だったから覚えてないかもね。あのジャンバーは『大きくなって着れなくなった』とかで凪斗が私にくれたものなんだよ」
あー、言われてみればそんなこともあったような?
「まさか結衣がそんなにも大事に持ってくれているとはな」
「うん.......大切なものだから」
結衣は嬉しそうに少しだけ口角を上げる。その反応はさらに2乗して倍にしたかのようにアホ毛がゆらゆら揺れていく。
どういう原理で動いてんだそれ?
「にしても、結衣がその服をまさか今も着てるとはな~」
なんとも感慨深いものだ。そこまで大切にされているとこっちまで嬉しくなってくる。
「でも、いい加減ボロくなってるだろうから、俺が買ってやろうか......ってどうした?」
「別に」
なんか急に結衣が怒ったような態度を見せている。
具体的に言うと俺を見る瞳の温度が先ほどよりも冷たく感じる。表情も凍ったように硬い。
(.......どうせ昔から身長変わってない)
「ん? 何か言ったか?」
「別に。それよりも買ってもらうという言質を取った。覚悟しとけ」
「なんか嫌な予感がするんだが.......?」
「デリカシーのない男には散財の刑に処す」
「俺、なんかした!?」
そこからはまさに散財の刑であった。
服屋であらゆる試着を見させられた挙句に、店員に言われた「子供服はあちらです」という言葉に対して八つ当たり気味に俺に大人服を買わせた。
また靴やでも店員に「子供サイズはあちらです」という言葉に大人っぽいヒールのついたサンダルを買ったり、ブーツを買ったり(さすがにサイズは合わせたが)させられた。
そして、さらに途中のフードコートで俺のおごりで一番高い値段のやつを買っていった。
原因は俺の言った何かであるのは間違いでないのだろうが、服屋や靴屋で言われたのは完全に俺の関知するところじゃない。
仕方なじゃないか。容姿が圧倒的な幼児体形なんだから。まあ、それを本人に言えるわけじゃないけど。
おかげで、俺は両腕でも足りないぐらいの紙袋を抱えている。もちろん、全部俺の金。今月もう生きていけないかもしれない。
そして、現在はフードコートで買ったパフェのおかげで結衣の暴走は一時なりを潜めた。
結衣はアホ毛をフリフリと揺らしながらパクパクとパフェを食している。
俺はそれを眺めながら我慢.......正直、すげー食いたい。だって完熟マンゴーを使った季節限定メニューとか絶対美味そうじゃん。
とはいえ、さすがに一口くれ、とは図々しく聞けないだろう.......たとえ俺の金だとしても。
「どうしたの? 食べたい?」
不意に結衣がそんなことを聞いてきた。
すると、スプーンですくったパフェを俺に近づけてくる――――――ジーっと俺を見続けながら。
一緒の病室でよく話してたからこれでも少しは結衣の感情は読めるようになったのだ。
それでこれは.......何かを期待している感じかな?
「くれんのか?」
「食べれるものなら食べてみ」
なんだその挑戦的な文言。いや、くれるっていうならふつーに貰うけど。
そして、差し出されたスプーンに乗ったマンゴーと生クリームを口に入れるとそのままスプーンを口の中から引き抜く。
ふはっ、うめぇ。生クリームの甘さにマンゴーの甘さが上手くミックスしてとてもうまい。うまくてもう一口くれ......はさすがにないか。
「どうした?」
不意に気づくと結衣が珍しく目を見開いて口をパクパクと動かしていた。
ん? 何をそんなに驚いているんだ? 結衣がくれたわけだし。
それに妙に顔と耳が赤い。デパート内はクーラーが効いて涼しいはずなんだけど。
「おー、結衣。結衣さーん。応答せよ」
「ふぇ!? はっ、な、何か?」
「何かって.......なんでそんな動揺しているんだよ」
「動揺なんかしてない」
「なら、さっきからスプーンで空気すくって食べているのはどういうことかな?」
「~~~~~~~!」
結衣は俺に指摘されるとついに顔にハッキリと出るまで顔が赤くなった。
本格的に大丈夫であろうか。フルーツがアレルギーだった......てのはさすがにないか。
「結衣?」
「ご馳走様。少しトイレ行ってくる。残り食べていい」
「おい、結衣!」
そう言い残すとスタタタタとその場を離れてしまった。
そして、取り残された俺はケンカしたわけでもないので、どうすることも出来ずにとりあえず余ったパフェをパクり。
うん、うんめぇ。
それから数分後、結衣はいつも通りの表情筋固めの結衣になって戻ってきた。
そして、俺のせいで本格的に腹が減ってしまったとのこと。つまりはまた奢らされるのだ。
ちなみに、さっきのことに触れようとするとギロッとした目で睨まれる。
はあ.......全く女子ってわからん。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




