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第33話 結衣の訪問

 退院してから数日が経った。

 右腕はまだ塗り薬付きの包帯を巻いているけど、左腕の方はほぼ完治している。

 凄まじい回復力だ。これがホルダーを持ったものの自己治癒力らしい。

 もちろん、個人差はあって俺の場合は早いらしいってこともあるけど、ともかくこれからも普通に使えるらしい。


 とはいえ、本来なら完治まで安静にしているべきなのだ。

 それは怪我の具合以外にもホルダーは何かと体の不具合が起きたりする人がいるらしいので、体の定期検査も兼ねてというやつ。


 しかし、俺はそこを無理言ってはやめに退院させてもらったのだ。

 それは通院代がバカにならないからということ。

 今の仕事は危険な故に給料は良いらしいが、なにせ俺はすでに減給確定しているのだ。

 せめて今月は節約しなくてはいけない。買いたいゲームや漫画もあったというのに。


 そして現在、自宅にて療養中だ。

 退院したことを所長に伝えたら「バカか」と罵られ、せめて治るまで自宅療養を義務付けられたのだ。

 なので、今は退院した帰りに買ってきたミスドーナッツを食べつつ、優雅な朝を過ごして―――――――インターホン? 誰だ?


 一先ず、口に食べ物が入っている状態は失礼だからイチゴ牛乳で流し込んで――――――


――――――――ガチャリ


 ........ガチャリ?

 え? なんだ今の音は? まあ、もしかしなくても玄関の音でしかないんだけど、どうしてうちのドアを開けられるんだ?


 無理には流し込んで少しむせながらも、その音に警戒する。

 病院にしばらくいたから泥棒が狙いをつけて侵入してきたのか?

 怪我しているとはいえ、泥棒ぐらいなら何とかなるけど。まだ朝9時だぞ? 侵入するにしても早いんじゃないか?


 すると、玄関先から声が聞こえる。


「おじゃまします」


「その声は.......結衣?」


 急いで玄関に向かう。

 そして、目的地に辿り着くとフリルのついた白のノースリーブに紺色のスカートを合わせた結衣の姿があった。

 何ともラフな格好で、思わず白く折れてしまいそうな細長い足からの素足に目が行ってしまいそうになるが......


「相変わらず好きなんだね」


 見てしまいそうになるが! なんとか堪えると結衣に尋ねる。


「どうしたこんな朝から? 今日は非番なのか?」


「所長から『凪斗が帰ってきたから様子を見に言ってやれ』って言われて。それに凪斗が初回から減給になってしまったのは私のせいだから」


「........そっか。それで本音は?」


「凪斗のことだからどうせ菓子パンやら甘い飲み物ばっか飲んでるんじゃないかと思って。高校の時から基本毎日そうだったし。でも、色々と問題ってその時は世話とかしに行けなかったけど、今はもう壁は無くなったし気になったからやってきた」


「ふ、ふ~ん、そっか」


「どうして後ずさりするの?」


 おーっと、これはやっばい展開だー!

 別に女性関係でやましいことをしているわけじゃないのにどうして追い詰められた感じになってるんだ~、俺?

 というか、結衣のやつ、高校の頃からそんなことまで気にしていたのか。


「世話とか言ってたけど、どうしてここまでするんだ?」


 確かに結衣は俺のことを「大切な人」って言ってたし、昔からのいわば幼馴染みたいな存在だけど、実際リアルでそんな押しかけなんてありえないと思ってたんだけど。幻想上の生き物って思ってたんだけど。


 ともあれ、結衣は改めてこんないい奴だったんだな。苦しい過去を背負っているのに。

 そんな奴には俺なんかを心配するよりももっといい人を見繕ってあげるべきだ。うん、そうだな。そうしよう。街中に出ればきっとカッコいい人ぐらいはゴロゴロいるはずだ。

 見た目が小学生だから一部の特殊性癖にも刺さるはずだ。もちろん、俺が査定するけど。


 ついでに今日の朝食も隠ぺいできる!


「な、なあ、せっかくだから出かけないか?」


「え?」


「いやー、なんとうかさ。一人で出歩くのはなんかつまらないじゃん?」


「でも、自宅療養って」


「だから、結衣がそばにいてくれれば問題ないだろ?」


 頼む! 断らないでくれ! 俺の朝食事情を知ったら、結衣の奴絶対キレるから!

 ましてや病院でもこっそり礼弥さんに甘い物買ってもらってたって白状させられかねないから!


 結衣は顎に手を置いて思考する。俺の提案に乗るか反るか決めているらしい。

 まあ、その割にはアホ毛が犬の尻尾並みにブンブンと揺れているのだが。


 そして、結衣は「よし」と何かを決めると返答した。


「いいよ」


 無表情なのにどこか嬉しそうに感じるのはアホ毛を犬の尻尾とリンクさせてしまったからであろうか。

 まあ、嬉しいなら越したことはない。これでついでに証拠隠滅も――――――


「それじゃあ、リビングで待ってるね」


 結衣は口元を微笑させながらそう答えた。普段笑った顔見せないのにここぞとばかりに妙にいい顔をしやがる。

 その表情に思わず全身がゾワッとし、額や脇に冷汗をかき始めた。


「い、いや、すぐに着替えてくるから、そこで待ってて――――――」


「それじゃあ、リビングで待ってるね」


 被せ気味に言われた。さらに、目を細めて先ほどよりもとてもいい笑顔になっている。「笑えなくなった」と嘆いてたやつがどうしてこんなタイミングでそんな顔をするのか。世も末であり、本人はそのことに気付いているのか。

 こえぇ。こえぇなー。ちょっと、どうすればいいの!? どうすればいいの!?


「待ってるね?」


 ま、まずい。このままでは朝食事情がバレるだけではなく、夕食用のケーキだけがあるという台所事情まで覗かれてしまう。


「い、いやいやいや――――――」


 結衣はズイッと体を寄せてくると胸ぐらを掴んで、それはそれはとてもいい笑顔で言った。


「ね?」


「は、はい.......」


 俺の脳内は完全にKOされた時のゴングが鳴らされていた。


***


「糖尿病で死にたいの?」


「い、いえ.......」


 こってり絞られた。

 人が笑顔の時は本当は怒っているんじゃないかと思うぐらい、結衣の笑顔で説教されるのは恐ろしかった。

 そして今は、そんな不摂生な俺のために軽めの料理を作ってくれている。


 台所から結衣がフライパンを振るう姿が見える。

 腰エプロンをつけて、調理しやすいようにポニーテールにしている姿はなんとも見惚れてしまうものがあった。

 それにジュ―と炒められている音と美味しそうな香りが漂ってくる。これは野菜炒めだろうか。

 まあ、俺も料理しないわけじゃないので多少はあると思ったが、まさかそれだけしか材料がなかったとは。


「それにしても、結衣も料理できるんだな? 別にイメージがなかったとかそういうわけじゃなく、確か訓練学校に通ってみたいな話を聞いたからさ。そういうのって大体寮制度みたいな感じだろ?」


「そう。でも、室内でも小さな洗面台とIHはあったから食事を作れるスペースはあった。いずれこの料理スキルを活かす時が来ると思ったし、食べさせたい人がいたから」


「へぇ~、誰か好きな人とかいたのか?」


 ソファに座ってテレビを見ながらなんとなく聞いた。

 気にならなかったわけじゃないが、それでもまあ、幼馴染として聞いてみたかっただけである。

 いわばソファにテレビは完全に隠れ蓑だ。

 そして、結衣から帰ってきた返答は......


「八つ裂きにされて死ね」


 唐突な罵倒だった。やはりそこを安易に触れるのはダメだったらしい。デリカシーがないと言われなかっただけまだマシか。

 すると、結衣が「できた」と言ってテーブルに野菜炒めの乗った皿と箸を置いた。

 その量は少なめ。恐らく朝食のドーナッツを鑑みてのことだろう。なんとできた奴だ。


「いただきます.......ってどうした?」


「別に」


 その割にはチラチラとこちらの様子を伺うではないですか、結衣さん。

 まあ、もしかしなくても、料理が口に合うか気にしてんだろうな。

 見た感じは別に普通の野菜炒めだが.......もしかしてこのクオリティで不味いとか? いやいやまさか......えい!

 ......うん、普通に美味い。


「どう?」


「美味いぞ?」


「そう」


 結衣は俺の感想を聞くと頬杖をついてそっぽ向いた。

 その表情は少しだけ顔を赤くして、アホ毛もフリフリ。やめてくれ、ここが現実かどうか疑いたくなるから。


 それからも俺は食事を続け、量も少なめだったからペロリと平らげた。大変おいしゅうございました。


「さて、これからどうするか」


「え? 出かけるんじゃないの?」


 何気なく吐いた言葉に結衣が反応する。あー、そう言えば、そんなこと言ってたな。

 あくまで結衣に俺の食事事情をバレないようにするためのことだったからな。バレた時点でその提案した事すっかり忘れてた。

 けどまあ、言ったからには責任とらないかんよな。


「それじゃあ、どこでかけたい?」


「とりあえず、近くのデパート」


「おけ。超特急で着替えてくる」


「ここで待ってるね」

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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