第22話 単独戦闘#1(結衣)
―――――【二斬 結衣】視点―――――
「なんか敵の数が多い」
私は周囲の廃工場近くの通りから辺りを見回していく。
現時点ではファンタズマの気配はないけど、それでも下級や中級が出てきてはどこかへ逃げていくような気がする。
今は4時45分ぐらいで徐々に日が傾き始めたというところ。まだ明るい方だけどこの場所は妙に薄暗く感じる。
それにしても、先ほどから10体ぐらいのファンタズマを討伐している気がする。
ファンタズマが現れたのは約15年前。
それから、私が所属する部隊が発足してからは20年が経ってファンタズマの数はそれなりに減ってきたと思うけど、この数だけ野良で討伐するということはどこかで増殖しているということなのか。
いや、そのような情報は聞いていない。過去にも研究から人を襲っても、襲われた人はファンタズマにはならない。
しかし、だとすると、20年も経って本来ならほとんど活動が無くなってもおかしくないはずなのに、今の今まで戦い続けている。
私達が知らないだけで眷属を作れたりするのだろうか。
なら、ここまでファンタズマが出てきた以上は引き返すのが得策なのか。
ここの廃工場近くはなんだか嫌な予感がする。
「ダメダメ」
私は思わず頭を横に振った。ネガティブな考えを払拭するように。
こんな所で怯えていられない。私は凪斗を助けるためにこの仕事を続けている。
けど、さすがに今回はやりすぎたかな。まだ所長が容認していない事件を勝手に担当して。
減給か重ければしばらく活動停止とかさせられそうだな。
「けど、もう引き下がれない」
私は着ているカーキー色のジャンバーの裾をギュッと握る。元気と勇気をもらうように。
そして、それらを体の中に注入し終わると私は廃工場の敷地へと侵入した。
中に入るとそこはさながら心霊スポットそのままだった。
どこもそこもサビていたり、古びていたり。少し触ったら劣化したコンクリートの欠片がバラバラと落ちた。
一部では柱の中にある鉄筋がむき出しだったり、途中で切れていたりするところも目立ち、ファンタズマじゃないものも出る気満々であった。
正直、足の震えとかが収まらないからやめて欲しい。実体のないものって斬れないから怖い。
少しブルブルと震えながら周囲を見渡していく。辺りは暗い。しかし、私達には関係ない。
アストラルの影響か暗くても猫のように夜目がよく聞くのだ。だから、暗くても多少の光があれば問題なく見れる。
「それにしても、嫌な予感が拭えない」
あれだけの数と戦っておいてそれだけでここが終わりとは思えない。
一応、これは次の任務のついでなので出来れば早く終わらせたいところだ。
ともあれ、周囲からアストラルの気配がしないから調査だけで終わろう――――――――
「シネ!」
「不意打ちは成功しなければ意味がない」
「ギャア!」
背後から突然小人のようなファンタズマが襲ってきた。
しかし、私は手に持っていた愛鎌ラヴァリエで防ぎ、弾くとそのまま横なぎに斬った。
小人ファンタズマは首を斬られて、空気中にその体を塵のようにして消えていく。
今のは下級。大したことはないけど、全く気配がしなかったのが不自然。
気配の消し方を知っているのは上級以上と思っていたけど、その認識が違うのか。
それとも、ここには上級以上の存在がいてそれが下級に教えているのか。
現時点では判断できない。しかし、調査の重要性は確認できた。
私は廃工場内をうろうろと歩き回る。
随分と前からそのままだったのか機械にはコケのようなものが生えている。
.......なんだろう、ここは。見た限り廃れたという印象しかないのに、それがおかしいと感じる。
ここは住宅の多い月宮区。そして、工場があるのも知っている。だけど、こんな廃れた工場がコケが生えるまでそのままになっているはずがない。
ということは、普通の人には気づかない工場ということ。
廃工場を人に知られない方法は普通の人間なら無理だ。そう、人間なら。
「ウォン!」
私はその場を大きく跳躍する。すると、大型犬ぐらいのオオカミが私がいた場所に爪を振るう。
仁王立ちしたそのおオオカミの姿はさながら人狼だ。
ということは――――――
「キャイン!」
私は地面に着地すると後方にラヴァリエを振った。
そして、背中から襲いかかってきたオオカミの腕を斬り落とし、ラヴァリエを盾に回転させながら刃がある反対方向でアゴに叩きけ砕いた。
そして、トドメとばかりに胴体にラヴァリエを突き刺す。これで終わり。
すると、私の回りには全部で5体のオオカミがいた。こういう下級の動物系は群れるのだ。とはいえ、数は多くない。
「八つ裂きにしてあげる」
月が昇ったのか廃工場の穴が開いた屋根から光が刺す。どうやら思っているよりも工場内の探索をしていたらしい。
なら、これ以上は別の任務がのためにもやめておこう。このオオカミを倒してから帰るとするか。
私は一体のオオカミAに走り込んでいく。そして、そのオオカミに向かってラヴァリエを振り下ろす。
オオカミAは私の攻撃を後ろに下がって避けると爪を立てた両手で引き裂こうとする。
しかし、ラヴァリエは地面に刺したままなので、それを前方に倒しながらオオカミAを超えるように跳躍。背後を取ると横なぎに胴体を斬った。
オオカミAは体を上下に湧けながら赤い血を周囲にばら撒いていく。
月に照らされた鮮血は工場の床を紅く染め、切られた胴体は地面につく前に空気中へと塵となって消えた。
すると、一体では私を倒すのは難しいと判断したのか4体一斉にかかってきた。
それはこっちにとっては好都合。ラヴァリエを構えると回転させるように右側へと投げた。
4体のオオカミは思わずラヴァリエの方を視線で追う。その一方で、私は左側から回るとオオカミCの顔面を蹴り飛ばした。
残りの3体は私に注目する。しかし、それは愚行。後ろからブーメランのように動いているラヴァリエに気付いていない。
そして、ラヴァリエは背後からオオカミDの頭を刈り取りながら私の手元へと戻ってくる。
すると、オオカミE、Bが同時に襲いかかってきた。
私はラヴァリエを体の回りで回転させながらどのタイミングで攻撃するかの予測を惑わせ、オオカミAが振るってきたところで横から振るった。
オオカミBは攻撃態勢のまま胴体を上半身、下半身と二分させる。
そして、もう一体に関しては振るったラヴァリエを片手で盾に回転しがら、流れるように下から突き刺して串刺しにした。
それを横なぎに払ってオオカミEを投げ捨てると私はおもむろに胴体の後ろ側へと回すようにラヴァリエを回転させていく。
すると、ラヴァリエに僅かな当たった感触が伝わってくる。
そして倒れた瞬間、相本の両サイドから赤い血が床にビシャッと縦に伸びた。
月の光で私の影が縦に伸びていく。
光に当たった血は僅かに煌めいていて、そして周囲から血生臭さが漂ってきた。
いつまでもこんな所にはいられない。出た血も数分で体と同じように空気に消える。
こんな臭いが大切なジャンバーにくっついてしまったら大変だ。
そして、私がこの工場を去ろうと歩き出した時、体に悪寒が走った。
思わず足を止めると遠くから足音が聞こえてくる。それもこちらへと近づいて来る。
まだそれなりの遠さがあるにもかかわらず感じる威圧感と寒気。間違いない――――――上級だ。
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