第185話 尊厳を守るため
「......と」
「......?」
「凪斗!」
「ゆ......い?」
目覚めるとそこには珍しく表情を崩し、今にも泣きそうな結衣の顔があった。そして、周りには所長達の姿もある。
今の俺は地面に横たわっていてそれを結衣に抱きかかえられている状態。ふと周りを見渡せば、瓦礫が散乱していて空は雲の隙間から光が刺し込んでいた。
そこにはもう巨大化した閻魔の姿はどこにもなかった。その瞬間、体の力が一気に抜けていくようにドッと疲れが溢れだしてくる。
「結衣、俺が目覚めるまでの間の出来事を教えてくれないか?」
そう聞くと結衣は説明を始めた。それを簡単に要約するとこんな感じだ。
俺と親父が閻魔の精神体の中で閻魔を撃破することに成功すると閻魔の巨大な体は全身からヒビが入り、さらに光が漏れ出したらしい。
そして、その光は徐々に閻魔の体を蝕んでいくように滅ぼしていき、やがて巨大な光が辺りを照らすとともに核の部分から俺が気絶した状態で落ちて来たらしい。
その俺を所長達が無事にキャッチしてくれて今に至るという。
すると、今度は結衣がこっちの事情を聞いてきた。まあ、そりゃ気になるわな。ってことで、俺は話し始めた。
俺と親父が閻魔の精神体で意思を持って対面したこと。それから、共闘して閻魔を倒したこと。そして―――――
―――――遡ること数分前、閻魔の精神体
「これで閻魔は倒したんだよな?」
俺は無惨にも横たわる閻魔の姿を見て親父に聞いた。雷の異能と異能を消滅させる異能を連続で使ったために体の負担が大きく、息も絶え絶え。すぐには動けそうにないな。
だが、もう動かずともいい。閻魔が動かずに横たわっている姿を見て長年の戦いが終わったような実感があるのだから。まあ、実際親父からの因縁を若干引き継いでるしな。
そんな俺のどこか楽観視した姿勢に対し、親父は閻魔に近づきしゃがんでその体に手を触れると告げる。
「いや、まだだ」
「まだ......?」
「ああ、閻魔の核はまだ存在している。今は俺達のダメージで衰弱してすぐに動けないだけで、時間が経てば回復してまた動き出す」
「なら、その体ごと消すべきか?」
「我が息子ながらなかなか過激なことをいう。だが、恐らく厳しいな。
こいつの核は何重にも異能によるバリアが施されている。しかも、それを解除できるのはこいつしかいない」
「待って、俺の消滅の異能ならいけるかもしれない」
「それがさっきの閻魔の異能が消えた原因か。確かに、その異能だったらいけるかもしれない.....だが、それはあくまでお前が万全な状態で全力でもってその異能を発揮した場合だけだ」
「それは......やって見なきゃわからないだろ!?」
「試してみてもいいが、それで確実に消せなかったら?......きっとこの核をとどめをさせるのは凪斗、お前しかいない。
だが、もしお前が失敗して万全に戻すころには閻魔は復活している。そして、こいつはバカじゃないから今回のような俺とお前を鉢合わせて共闘させてしまうという失態を犯さないだろう。
もし確実を取るのであればチャンスはたった一回。それも今この瞬間だ」
親父は真剣な目つきでそう言っている。これはきっと長年戦い続けてきた親父だからこそわかる推測なのだろう。
そして、たった一回でここまで追い込めたとしても、それで俺が奢っていい場面じゃない。親父はずっとこのチャンスを取るために戦ってきた。たとえ、閻魔に取り込まれようとも。
なら、当然ここは親父の意思に従うべきなのかもしれない。閻魔にとどめをさせるのは俺だけ。この決定的チャンスを俺の意見でふいにするわけにはいかない。
「わかった。それで俺は何をすればいい?」
「簡単だ。閻魔の胸の中心に向かって消滅の異能を放ち、そのまま何でもいいから破壊するんだ」
「よし、それなら――――」
「ただし、それは俺が閻魔に憑依してからの話だ」
「......何言ってんだ親父?」
その言葉に思わず耳を疑った。そりゃそうだろう、今の言い方じゃ閻魔の体を操った親父を攻撃するってことで、それはつまり親父をも殺すということと同じ意味になってしまう。
当然、俺はすぐに否定する。こんなの出来るわけ―――――
「凪斗!......お前には辛い立場に立たせていることはわかっている。
だが、言ってしまえば俺はもうすでに死んでいる身で、さらに閻魔の核の位置を固定させ、少しでもバリアを弱体化させるにはどうしても必要な事なんだ!
だから、どうか......なんにも父親らしいことは出来てないけど、親父の最後のわがままを聞いてくれないか?」
どうしたらいいかすぐには判断できなかった。
親父を生かすか殺すか。親父を殺せば閻魔の完全に倒すことは可能。このファンタズマとの戦いでも大きな終着点を迎えるだろう。
しかし、親父を生かす......正確には精神体の状態でも生かすのであれば、俺は親父の力抜きで閻魔にとどめを刺さなければいけない。
親父は閻魔に関柄しては俺なんかよりもずっと詳しい。俺の今の状態をちゃんと鑑みてベストな判断がそれだった。これも俺がまだ力が立ちなかったせいなのか......。
「凪斗、悔やむな」
不意に俯きかけた俺に親父はそう言葉をかけた。そして、言葉を続けていく。
「息子が親を殺すなんて、確かに一般人の倫理観とすればダメなのかもしれない。しかし、俺達は異能を得た時点でその倫理観から外れているんだ。
だから......というわけでもないが、それでも俺達が守るべきは能力をもたないごく普通の一般人。誰かが背負わなければいけない業だとすれば、それはお前に任せたいんだ」
「......親父」
「息子に尻ぬぐいさせるようなダメな親だが、それでも俺の自慢の息子であることには変わりない。だからどうか、最後まで俺の誇りであってくれ」
その言葉に俺はスーッと涙が流れてきた。嗚咽もなにもなくただ勝手に流れていく。その親父はまるでなんの未練もないかのように笑っていた。
親父がどこまでの想いを抱いてここまでに至ったのかはわからない。それでも、親父がこの戦いに決着をつけたいのはよくわかる。
それを決めるかどうかは俺の行動次第。もはやこれは親父の生死を決める話じゃない。親父の尊厳を守るかどうかの話だ。
そして、ここでとどめを刺すことがきっと親父の尊厳を守ることに繋がるのだろう。それは何よりも親父の信頼を向けた顔が全てを物語っている。
息子の俺ならきっと親父にとって正しい選択をしてくれると。
「わかった」
だから、俺も全ての覚悟を決めた。たとえ親殺しの最悪な息子になろうとも、それが親父の誇りを守るものであるのだったら、俺は出来る限りそれに応えたい。
親父は俺の返答に静かに頷くとスッと閻魔の中に溶け込むようにして入っていった。そして、上体を起こすとその場で正座になる。
「俺の準備は完了した。だが、長くは持たない。深く考えるな。一気にとどめをさせ」
俺はそっと親父が憑依した閻魔の胸に手を触れると消滅の異能をかけていく。そして、その状態のまま俺は雷をその手に纏わせていく。
「いくぞ......親父」
「ああ、来い」
そして、俺はそっと手を挙げるとそこに短い雷の槍を作り、それを握って――――
「あああああああ!」
感情のままに突き刺した。それによって、核が壊れたのか閻魔の肉体が手先や指先の方から少しずつ崩壊していく。
そして、それは腕、肩、胸と来て残すは顔のみ。
「ありがとな」
そう言って閻魔の顔は消失した。その瞬間、俺がいた空間は壊れていった。
――――現在
全てを話し終えた俺の言葉を結衣や所長達は静かに聞いていた。そして、結衣はそっと俺の体を起こすと先に立ち上がって、手を差し出す。
「帰ろ。私達の居場所に」
「......ああ、帰ろう」
そして、俺はその手を掴んだ。
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二話投稿です




