第18話 強化訓練#1
俺が二斬について考え始めた翌日。突然所長に呼ばれた。
「ここが地下修練場だ」
「地下になんて場所作ってるんですか」
所長に案内されてやってきたのは事務所のある建物の地下にある言葉通りの修練が出来る空間だ。
まるで異次元の空間をくっつけたように平然と走り回れるような広さで、教室を2つ繋げたぐらいの大きさはあるだろう。
ホルダーなら自分の能力を確かめるにしろ、戦うために筋力の維持は必要にしろそもそも事務所の下にこんな空間があるとは誰も思わないだろう。
しかし、恐らくこれがこの事務所の日常なのだろう。ズレている常識は自分で適応せねばなるまい。
俺がここに呼ばれたのは単純で、それはしっかりと自分の能力を確かめることだ。
一応、ホルダーになってから自分で扱い方を独学で研究しているが、なにぶん俺の能力は<雷を操る>だ。
電気系統に俺が作り出した電気が災いを起こしては敵わないから、やっても周囲の安全に極めて配慮しつつほんの少しだ。
なので、所長がここに連れて来てくれたのはありがたいし、所長自体も部下の能力を把握したいという利害の一致の上で成り立っている。
「それじゃあ、この機械を使って現時点でのアストラルの総量を調べる」
そう言って渡してきたのは白いボディをしたボクサーのグローブみたいなものだ。
それは全体的に丸いフォルムをしていて、内側は空洞になっており、その空洞にはグリップのような一本の棒が繋がっている。
「それを握って能力を発動させるんだ。もちろん、アストラルは感情で総量が変わってくるが、あくまで個人で持ちうる基準総量はある。その総量をもとにデータを作り、部下の体調を鑑みる。例えば、多ければ感情が正に働いているという意味だし、減っていればその逆だ」
「なんか食事制限で体調管理させられているみたいですね」
「存外間違っていないな。だが、これをやる意味は任務による死亡率を低くするためだ。負の感情が多ければ、その分他に気が散ってしまうからな。それがたとえ弱い相手でも、"油断"という言葉で致命的な一撃を受けることもあるからな」
「なるほど」
「わかったならやってみろ。出来るだけ機械の方にアストラルを溜めるように意識するように」
所長は胸を乗せるように腕を組む。
黒いタイツによる脚線美から実りまでの一連の動作をしてしまいそうになるが、ここは我慢だ。耐えよ、あの人は危険じゃ。
俺は右手でグリップを掴むと機械をセットしていく。そして、一気にアストラルを流し込む。
アストラルの基本的な操作なら感覚でわかっている。これは俺が天才とかではなく、ホルダーになれば誰でもわかるらしい。
.......10、100、1000、2000、3000! おおー! なんかあっという間にこんな数値まで伸びていったな。それにまだ伸びる。
.......5000、7000、9000、10000! 12000! 15000!! そして少しして数値は止まった。これはすげーんじゃないか!?
「結果は?」
「15694です」
「おー! そうか!」
「凄いんですか!」
「いんや、普通だ」
「.......そすか」
なんか恥ずかしい。凄い今イキってた気がする。
そして、所長のニヤニヤした顔が腹立たしい。あんにゃろう、完全に俺をからかう気であんなリアクション取りやがったな!
「まあ、それはあくまで基準だ。もちろん、鍛え次第では総量も上がる」
「くぅー! 絶対そのニヤけっ面をあっと言わせますからね!」
「ほどほどに期待しておく」
所長は俺の言葉を軽く受け流すと機械を返すように言ってきた。
それを渡しに行くと受け取って壁の方へと放り投げた。あれって割りと貴重なものじゃないのかよ。
「よし、それじゃあ、今から私と模擬戦をしよう」
「所長とですか?」
「私じゃ不服か?」
「いえ、そうじゃないですけど、その恰好は動きやすいのかなと」
所長の恰好はいつも通り黒い軍服にタイトスカートだ。スーツの俺よりも明らかに動きづらいと思うのだが。
「それなら問題ない。これも凪斗のと同じ特注だからな。戦闘には問題ない」
まあ、それなら別にいいけど、なんか気が引けるな。
「女だからと言って舐めてかかると痛い目見るぞ? ファンタズマの中には化けるのが得意な奴もいる。それでフェミニストを気取るのは命を差し出しているようなものだぞ? 関心はするが尊敬はしない。生きたければ覚悟しろ。それに存外慣れてくるってものさ」
「.......分かりました」
「それからハンデをつけよう。私はそうだな.......」
所長はどこからともなく水性ペンを取り出すと自分の肩幅ぐらいに開いた足の回りを円で囲っていく。
「よし、これぐらいだな。この円から私を押し出せば君の勝ちだ。そして、制限時間30分以内で出せなかったら凪斗の負けだ。罰ゲームもありで命令は何でもアリのNGなし。私の体を望むならいいぞ? 好きにしても」
「それ......本気で言ってます?」
俺は思わず強い口調で言った。それは罰ゲームの内容ではなく、完全な煽りに対して。
所長も煽りとわかっていてそのような行動を取っているのだろう。
とはいえ、押し相撲をやっているわけじゃないんだから、そのハンデはあまりにも不服である。
だから、言ったのだが、所長の考えは変わらなかった。
「ああ、そう言ってるんだ」
「後悔しないでくださいよ!」
俺は全身に紫電を纏わせると直線的に詰め寄り、大きく右手を挙げる。
所長は悠長に胸ポケットにある箱からココアシガレットを取り出している。
こちらに対しては防御態勢を取らない。恐らく煽りに乗った俺がヤケに攻撃してきたと思っているのだろう。
当然俺もそこまでバカじゃない。
19歳という若さで所長をやっているんだ。所長が俺よりも昔から戦闘に表立っていたことは想像できる。
「おいおい、直情すぎやしないか?」
その裏をかく!
俺は所長の目の前で突き出した右手をそのまま足元の地面に叩きつけた。
そして、体を低くして思いっきり捻りながら左足で所長の足を払う――――――――
「は?」
俺の攻撃は確かに所長のかかと付近に直撃した。
しかし、払おうとした両足は岩のように動かなかった。むしろ、蹴った俺の足の方がすげー痛い。
「なんだ。私を騙すとは存外やるじゃないか」
ココアシガレットを咥えタバコのように加えながら、腰に手を当てて上から目線。まあ、俺が下にいるのだから当然だが。
俺は左足を戻しながら体を立てていくとそのまま右拳を振るった。半端な力じゃ動かせないと思ったからだ。
その拳を所長は右手受け止める。しかし、これは予測済み。本命はここから。
俺は所長の右腕を反対の手で掴むと脇の下を通るように体を入れていく。
これにより、所長の右腕はねじれ、肩の限界域に達するため、上体は前かがみになり、ついでに関節技も決まるはず.......だった。
「やりたいことがなんとなく読めたから封じさせてもらった」
右腕がピクリとも動かない。もちろん、俺は全力だ。全力で捻っている。されど動かない。こんのゴリラめ!
「今、ゴリラつったな?」
「あああああ!」
所長の額からピキッという音が聞こえ、同時にココアシガレットがかみ砕かれ、床に落ちていく。
その光景に目もくれる余裕もないほど怒り顔に苦笑いの俺はそのまま右腕だけで投げられた。
なんとか空中で体を捻って体勢を立て直すと床を滑っていく。
距離はざっと10メートルぐらいか。やはりゴリラ、いやそれ以上の腕力だろ!?
「ほう? どうやら死にたいようだな?」
「だから、なんでわかんだよ!」
エスパーかあの人は。つーか、勝てんのかこれ?
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