第175話 思い出話
「そりゃあ、最初に刃那から聞いた時にはあまりも衝撃的な言葉ですぐには信じられなかった。そもそも敵だったわけだしな。
だから、実際に色々と調べてみたんだ。そしたら、親父とその閻魔というファンタズマには数々の因縁があるとわかった。
紙一重で親父は閻魔を倒すことが出来なかったみたいでな、その結果が今になったみたいだ」
俺の話を皆は黙って聞いていた。俺の二年間の全てはこのファンタズマを倒すためのもの。閻魔......今はエンテイと呼ばれているが、それも元々は親父の“炎帝”という二つ名を言ったものだという。
初めて会ったあの時、エンテイは包帯で顔を隠していたせいで親父と判断できなかったが......まあ、見れた所で小さい頃に親父の顔を最後に見ただけで思い出すこともなかっただろうな。それに――――
「刃那の話ではエンテイは今でも時折体に不調を来るらしい。過去に親父と戦った古傷が今でも疼いているのか、親父の意識がまだあるのかは定かじゃないけど、俺は自分の身内としてその最強に挑まなければいけないと思った」
「それがお前がここに来た理由か」
「はい。強いファンタズマの気配がしたので。とはいえ、その敵がカーロストとは思いませんでしたが」
俺の言葉に所長は納得したように頷く。そして、「お前の体は急激な負荷にボロボロだ。休め」と労いの言葉をかけてもらった。
ふと横を見ると相変わらずの曇天模様で、月の光を隠すように暗がりが覆っている。嵐の前の静けさというほどに風もなく静かで、雨も降っていない。
「嫌な天気だな......」
「そうですね」
「ケガは大丈夫ですか?」
ふと呟いた言葉に愛依ちゃんが反応し、その隣から来架ちゃんが話しかけてきた。痛みで動けそうにないので、寝そべったまま話させてもらおう。
「二人とも、ニ年前は迷惑かけたな」
「ホントですよ! ホント......すぐ帰って来るはずだと思って、帰ってきたら文句の百や二百を言ってやろうと思ってたんですけど。全然帰って来なくて........。
二年も経てば普通に死んじゃったと思っても仕方ないですし、それにその事件の後からなぜかファンタズマの勢いが活発になるし」
「凪斗さんの帰りを信じつつも、現実を受け止めなければいけないと思っていました。
私もいつもの元気の半分も出せなくて、仕事に没頭することで胸に宿るもやもやをスッキリさせようと思っていましたが......そんな上手く行かなかったです。
でも、今はこうして軌跡を目の当たりにしたように凪斗さんに会えて晴れやかな気持ちです!」
「俺も久々に元気な姿が見れて嬉しいよ。少し大人びたみたいだな」
「そりゃあ、ピチピチの十八ですからね!」
来架ちゃんはドヤ顔してそう告げる。その背後に花畑が見えるような笑顔は俺の心を随分と助けてくれるようで、自然と俺も笑顔になる。
すると、愛依ちゃんも何かを言いたそうにこちらを見てくるが、俺的にはそれよりも背後から迫りくる刃那の存在の方が気になった。
そして、刃那は背後から愛依ちゃんに飛びつくと愛依ちゃんは「わひゃっ!」と可愛らしい声を上げて驚いた。
「お、お姉ちゃん!?」
「なーに、言いたいこと我慢してんのさ~」
刃那は人差し指で愛依ちゃんの頬を突きながら、さらにグリグリと動かしていく。その行動に愛依ちゃんは鬱陶しさを感じながら反論していく。
「別に我慢してるわけじゃないわよ! でも、言わせたいなら言ってあげる! お姉ちゃんはいつから先輩に名前呼びしてるの!?」
「え~最初に聞くことがそれ~? どうしてスパイをしたのかとか、エンテイの能力はなんだとか、凪斗君とどこまで関係が進んでいるかーとかさないの?」
「言わせておけば何そのムカつく顔はー!」
「えー、可愛げがなくなった~。それとも、可愛くなるのは凪斗君の前だけってこと?」
「うっさい! あんたは昔っから変わらなさすぎるのよ!」
弄る姉に怒る妹。ちょっとした姉妹ケンカみたいなものか? いや、それは前のケンカよりも随分と可愛らしいもので、もっと言えばケンカなどではなく二人の本来の距離感なのかもしれない。
にしても、刃那さんが実はこんなにもフレンドリーなのは実際俺自身もとても驚いた。闘いの時は凜としたカッコよさがあったのに、今はすごく腑抜けている。そして、妹をとことん弄る。
しかし、そういう日常的な部分のやり取りが俺は見たかった。そのためにこの二年を頑張ってきたとも言える。
だが、その日常を完全に取り戻すにはカーロストだけじゃ不足だ。奴の背後にいるエンテイ......いや、閻魔を倒さなければファンタズマ掃討作戦すら行えない。
やはり閻魔を倒すことは確定事項。しかし、その肝心な倒すべき目標がどこにいるかがわからない。
あの時、カーロストにエンテイの居場所を聞いた時になんて言ってたっけ? 確か「高い所にいる」とかなんとか。
そして、愛依ちゃんは姉に連れまわされるままに俺から離れていった。それに合わせて来夏ちゃんも離れていく。
すると今度は、所長、理一さん、金剛さんがやって来た。なんか次々とお見舞い客と会っているような気分だ。
「気分はどうだ?」
「痛いですけど、まだ動けます」
「無理するでない。お主の痛みを我慢してる様子はよくわかる。父親にそっくりじゃからの」
「そういえば、先生の弟子なんでしたっけね」
「まだまだ青臭い子供じゃった頃の話じゃよ。ワシに負けてボロボロになって、アドレナリンも切れて激痛が走っとるはずなのに表情にはおくびにも出さずに気張っておったわい」
「昔っからバカだってことだな」
三人は俺の知らない昔の親父の話に花を咲かせる。今は敵として存在しているかもしれない親父に対して、こうまでも好意的に離してくれる様子はなんだか自分事のように嬉しい。
するとここで、俺はふと理一さんに聞きたいことがあった。それはニ年前のある時、刃那から聞かされた言葉だ。
「そういえば、理一さんってもともとは何でも能力をコピー出来たって本当ですか?」
「!? ......あぁ、本当だ」
俺の質問に理一さんは正直に答えてくれる。そして、言葉を続けていった。
「俺の能力はもともと【炎を操る者】じゃなくて、【真似する者】だったのさ。
でも、俺の能力の最大の力は他に一切のコピーが出来なくなる代わりに、真似したコピーの能力をずっと操れるようになること。つまりは俺の炎は本来はなぎっちの親父さんのものさ」
「どうしてその炎を選んだんですか?」
「選んだ......というよりかは託されただな」
「託された......」
「七年前の師匠は『これが最後になるかもしれない』と言っていた。そして、『何かあった時のためにその炎でどうにかしてくれ』と炎を託された。
受け取るかどうかも俺の自由意思だったんだけど、俺は師匠に憧れてたからね。すぐに受け入れたよ。たとえ他の能力をコピーできるメリットを失ったとしても」
理一さんは自分の手を見つめながら思い出に浸るように語っていた。そして、その手で所長の肩に触れると「お前も似たようなもんだったよな」と弄るように声をかけた。
それに対して、「誰があんなバカを」と言いつつも、まんざらでもなく嬉しそうな顔をしていたのがとても印象的に残った。
――――ゴオオオオォォォォ!!!
「「「「「!?」」」」」
その瞬間、その場にいる全員が遠くから伝わってくる恐ろし気で身の毛もよだつような強烈な圧迫感のある気配を感じた。
誰もがその気配の正体を理解した。体でわかるのだ。コイツだけはレベルが違うと。それに前に会った時よりも数十倍気配は強まっている。
そして、俺以外の皆は指示したように無言で準備を始めるとすぐさま外に向かい始めた。
「ま、待ってください! 俺も行きます......!」
咄嗟に声をかける。しかし、所長に掛けられた言葉はわかりきった事実であった。
「今のお前はまともに動けない。だから、ここで私達の帰りを待っていろ。お前が作り出したチャンスを無駄にはしない」
「なら、せめて私達もいこう。閻魔の情報は持ってるしね」
「最強をぶっ殺しに行くのか。上がるなぁ!」
刃那とヤガミがその後についていく。そして、最後に結衣が俺をチラッと見て「大丈夫。行ってきます」と告げてガチャリと扉を閉めた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




