第172話 悪意#2
――――二斬結衣 視点――――
「あ.......」
私の体は今衝撃が全身を駆け巡っていた。そこに痛みはない。なぜなら、私自身は怪我をしてないからだ。
怪我をしてるのは加里奈さん。特別、私が何かしたわけじゃない。したのは加里奈さん自身であった。
加里奈さんは私に刺す直前に左手を私の腹部にあてて、自らの手を刺したのだ。故に、今服が血濡れているのは全て加里奈さんの血。
加里奈さんは映像の先にいるカーロストに私の刺した姿が見えないように丁度被っている。そして、小さな声で告げてきた。
「そのまま唇を軽く噛んで死にかけのフリをして黙ってなさい」
その言葉を聞いた瞬間、私は自らの唇を軽く噛んで口の端からまるで吐血したかのように血を流していく。
そして、加里奈さんは私の服で軽く血を拭って刺した箇所から出血しているように見せかけると左手を隠しながらカーロストに告げた。
「さあ、これであなたの願いを叶えたわ。早く弟のいる場所を教えて!」
「ククク、ここまで鮮やかにやってくれたことは感謝するぞ。さて、もう用済みだ」
「いいから答えて!」
加里奈さんは激昂する。弟のためにここまでやって来たんだ。たとえ相手が最悪の外道科学者であっても。
しかし、カーロストはまるで言ってる意味がわからないような顔をする。
「言ったであろう『用済み』だと」
「だから、私のことはいいの! 早く弟を......まさか......?」
加里奈さんはだんだんと顔を青白くさせていく。それは出血のせいでもあったが、きっとそれ以上に残酷な答えに辿り着いてしまったからであろう。
そして、その顔に嘲笑しながらカーロストは答える。
「ああ、お前の弟はすでにこの世にはいない。だが、最高の被検体にはなってくれた。おっと、恨むならワシを恨むんじゃないぞ?
殺したのはそこで刺し殺した小娘と今ワシの前にいる少年。確か『鬼』とか言ってたファンタズマであったな」
「お......に......?」
「おう、さすがホルダー。まだ僅かに息があったか」
体の暗示が解け始め僅かに口が動いた。それが結果的にカーロストを上手く騙せることに繋がったが、それ以上に驚きが隠せないのは先ほどカーロストが告げた言葉。
つまりは二年前の凪斗が初の上級種討伐となったあの特殊能力を持った鬼型ファンタズマは加里奈さんの弟であったということになる。
ということは、私達は加里奈さんの弟をファンタズマであったとはいえ殺したことになる。そんなことが......そんな酷いことをよくも!
「地獄に落ちろ......クソ科学者」
「ほう? 存外大人しいという情報を聞いていた割には悪い目つきをするのぅ。まあ、もうさっさと止めを......っとこっちも目が死んでおるわい」
加里奈さんは右手に持っていたナイフを落としてそのまま崩れ落ちた。表情は明らかに放心状態。
当然だ、二年前にはすでに実験に使われ死んでいて、生きていると信じながらここまでのことをしたのだから。
すると、加里奈さんはもはや死んだような瞳で涙を浮かべては流しながら、カーロストに告げた。
「それじゃあ、作戦決行前に見せた弟の姿は......」
「あんなものはクーロンじゃ。お主を効率よく使うためのな。お前ほどの優秀なスパイをそうそう切り捨てるわけにもいかんじゃろ。
それもまあ、この天渡炎治の息子である天渡凪斗が来るまでの話であったが。
つまりは用済みじゃよ――――お主もお主の弟もともにな」
そして、回線は切れた。その場にいるのはだんだんと体の自由が利くようになってきた私ともう生きる気力をなくしたような加里奈さんの姿だけであった。
加里奈さんは力なくうなだれている。悔しさを噛みしめるように地面に両手をつけては握り拳を作り、そのまま床に向かって頭突きした。
何度も何度も頭が割れるような勢いで。額が切ってしまったのかたくさんの血が顔に流れ始めても、加里奈さんは止める気配を見せない。
「加里奈さん、もうやめて!」
「.......っ!」
私が声を出して制止を促すと加里奈さんはピタリと止まった。
そして、ゆっくりと私の顔を見ては額から鼻筋にかけて血を伝わらせながら、ぐちゃぐちゃになるほどの涙を流し告げてくる。
「ごめんね.......」
それは何に対する謝罪なのだろう。私に対した謝罪もある。だけど、それだけじゃない。
きっと助けられなかった弟や二年間も......いやもっと前から騙していたことも全て含めてであろう。
「私......心のどこかではわかってた。もうとっくに弟は死んでるんじゃないかって」
「加里奈さん......」
「でも......それでも、拭いきれない願望があった。実際に回復培養カプセルに入った弟の姿を何度も見たことあるし。
だけど、まさか.......凪斗君に接触した時が本当の弟の最後だったなんて......それからはずっとクローンを弟だと信じ込んであなた達をあんな危険な男の前に.......」
「加里奈さん、聞いて下さい。加里奈さんは悪くありません。最後の最後にはこうして、私の言葉に耳を傾けてくれたじゃないですか?」
「なんででしょうね。結衣ちゃんを捉えた時点では殺す気はあったの。でも、言葉を聞いてるうちに自分の可愛がってた後輩にこんな真似をして、それで助かった弟はどう思うんだろうと思って......」
「やっぱり、加里奈さんは優しかったんですね」
「優しくないわよ。こっちの情報をカーロストにたくさんリークしていたし、いろんな人をファンタズマに変えた。このどこが優しいのよ。きっと私は楽な死に方はできないわね」
そう言いながら、加里奈さんは立ち上がると立っているナイフを持って近づいてきた。思わず刺されると過ったが、その瞳にはすでに殺意などなかった。あるのは後悔のみ。
椅子に縛ってある紐をナイフで切って私を介抱した。手首を軽く捻ってみるが動かした感じに違和感はない。
「私はもう逃げも隠れもしないわ。このままここにいてあなた達の帰りを待つ。そして、そのまま罪を償うことにするわ」
「加里奈さん......」
「それとあなたに伝えておかなければいけないことがあるの」
加里奈さんはそう言いながらも視線を下に落とす。表情もやや暗い。しかし、決意を固めて目線を合わせながら告げてくる。
「実は結衣ちゃんを殺そうと辞めた理由はもう一つあるの。それは凪斗君がエンテイに狙われて特務に入ったという事実を聞いたから」
「それが何か?」
「カーロストはエンテイと繋がっているの。そして、エンテイの狙いは自身の依り代となる肉体を探すこと。その人物として凪斗君が選ばれたの。
エンテイの僕となったカーロストは凪斗君を捕まえるために私にこのようなことをさせたんだけど、もう一つ狙いがあるのよ」
「もう一つの狙い?」
「それは凪斗君を強制的に覚醒させること」
言っている意味がわからなかった。それが何で必要なのかサッパリわからない。しかし、その答えは加里奈さんが教えてくれた。
「カーロストは私が集めた凪斗君の血からより高い肉体強化指数があることを発見したの。
つまりはアストラルという感情を力にしたエネルギーが体に及ぼす影響のこと。それに凪斗君は高い順応性がある。
それに着目したカーロストは無理やりでも感情を昂らせ、限界を振り切らせて第二の能力を発現させようとしたのよ―――――結衣ちゃんを殺すことによって」
「そんな......!?」
「両親がいない彼にとっては結衣ちゃんが一番彼の心に近い人物といっても過言ではない。だから、そのためにこうして結衣ちゃんだけをここに残し、私に殺させる算段を立てた」
「でも、だったらどうして狙いは凪斗なの!? その指数とやらが関係してるの!?」
「それも関係してるわ。でも一番は―――――だからよ」
「.......!?」
その言葉を聞いた瞬間、私はすぐに走り出した。その場所は加里奈さんが教えてくれたからすぐにわかる。ただ今一番に思うことは......凪斗、無事でいて!
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