第17話 線になりそうな点と点
―――――――ピンポーン
不意に俺の家のチャイムが鳴った。
現在午前6時45分、いつもと変わらない時間にそいつはやって来た。
俺は歯を磨いている最中で、服装も寝巻代わりのTシャツに短パン――――もといボクサーパンツだ。
初出勤から一周が経った。その初日を除いての今までそいつは欠かさず俺の家を訪れている。
気分はさながら幼馴染が押しかけている感じだが、残念ながら幼馴染という幻想生物には出会ったことないので感覚の話である。
―――――――ピンポーン
性懲りもなく二度目のインターホン。
俺はスーツに着替えると「へいへい、今開けますよ」と呟きながらドアノブをガチャリと開く。
「おはよう、先輩」
「ん、おはよう」
相変わらず表情が変わらない。その癖にアホ毛が生き物のように動いている。それってどういう仕組みだ?
「行くよ」
「ああ」
これがもはや日常になりつつある二斬の護衛行動である。
これは俺が個人的に思っているだけで、きっと礼弥さんの話を聞かなければ好意があるとか勘違いしていただろうな。
俺達は事務所までの人通りの少ない道を歩きながら他愛もない会話をしていく。
周囲にある住宅街や小さめの公園があるのはもはや見慣れた光景だ。
「そういえば聞きたかったんだけど」
「何?」
「二斬ってその無表情が本来の姿でいいんだよな? 学校にいた時の溢れんばかりの表情変化していたあの時が嘘で」
俺がまだこの世界に足を踏み入れる前の頃、二斬はそれはもう表情豊かな女の子であった。
喜怒哀楽がハッキリしていて、それはもう今よりも格段に表情が読み取りやすかった。そして、アホ毛もなかった。
その質問に二斬はコクリとうなづく。
そして、両手で頬をムニムニと動かし始めた。
「な、何してんの?」
「こうやって表情筋を柔らかくしてあの笑顔を作ってた。大変だった。毎朝毎朝マッサージしなくちゃいけないから」
どんだけ表情筋かてぇんだよ。
「ちなみに、それをしないで笑顔をつくるとどうなる?」
「こうなる」
そう言った二斬はにへらぁと笑った。その目はまるで汚物を見るような蔑んだ瞳で、口は気持ち悪いほどに歪んでいた。
え、こわぁ。嘘、こわぁ。
ってことは、あのマッサージは努力のたまものだったわけか。それも少なからず二年間......多少は変わらないものだろうか?
まあ、別に無理しなくても個人的にはその無表情も十分ミステリアスで可愛らしいんだが。
「........へ?」
あ、口に出てた。
二斬の頬にやや赤みが帯びる。ほほう、どうやら恥ずかしいとかそう言う感情はしっかりと出る――――――んですね!?
「バカ」
「そんな恥ずかしそうな顔で出る武器じゃないよね?」
照れた二斬はフードを被って顔を隠すと手に鎌を取り出した。
そして、湾曲した刃を俺の首筋スレスレで止める。どう考えても照れ隠しのレベルを超えている。これで本当に照れ隠しだったら、恥ずかしいの時は俺死ぬんじゃねぇか?
一先ず二斬を落ち着かせると話題を変えた。
「それでそんなアホ毛はありましたっけ?」
「これも毎朝毎朝、櫛で寝かしつけたりヘアスプレーで固めてた」
そんな二斬のアホ毛は会話を楽しんでいるかのように揺れていて、そして時折揺れる髪からは柑橘系の香りが漂う。
「そんじゃ、そのジャンバーは? 明らかに暑いだろ」
俺にあった事件から十数日が経った今はまさに夏本番という感じで日差しの強さが物凄い。
クールビズとかで俺もジャケットを脱ぎたいところだが、俺のスーツは特別な店で買ったやつで対ファンタズマ用になっているので、何がいつ起きてもおかしくない外ではしっかりと着るよう義務付けられているのだ。
身体能力が上がった俺の体は、つまるところ感覚も敏感になったということなので、前よりもダイレクトに暑さが伝わってくるのだ。
真上からは日射し。横からは熱風。下からはアスファルトが熱気を伝えてくる。ここは灼熱地獄ってか。
閑話休題
俺の質問に二斬はフードを外すと首を横に振った。
「そんなことない。これは大切なものだから」
「でも、なんというか結構ボロボロだし―――――――」
俺がそう言ったところで二斬にギロッと睨まれた。いまの凄み、結構怒ったかもしれない。
すると、二斬は事務所が見えた所で俺を置いて早歩きで離れていく。
その様子を俺はかける言葉も見つからずにとりあえず後を追いかけていった。
****
「お疲れさん」
「所長、お疲れ様です」
俺が入り口正面にあるソファに座りながらタブレット端末で資料整理しているとどこかへ行っていた所長が戻ってきた。
そして、向かい側が空いているのにわざわざ隣に座ってきた。
俺は真ん中に座っていたので右端に寄ると所長は真ん中に詰めてくる。む、横からすぐく圧迫感のある二つの峰があるがあまり注視しないようにしようからかわれる。
そんな俺の心情を知ってか知らずか「いやー、外は暑いな」と言いながら、ネクタイを外し、ワイシャツを第二ボタン辺りまで開けていく。
すると、開けたところからは谷間さんがこんにちはして、淡い紫色のブラもこんにちはして......って見るな見るな。
「凪斗は何の資料をまとめているんだ?」
所長がふいに聞いてきたので俺はタブレット端末を机に置いて説明する。
「ここ最近夜に多発している連続通り魔事件ですよ。手口があまりにもあざやからしくて、犯人の手掛かりになるものもなかったので、警察からこっちに回ってきました」
「防犯カメラは?」
「影のような姿しか確認できないと。恐らくファンタズマの原因でしょうね。ここからは俺達の方でもう一度事件現場を洗ってみるしかないと思います」
「そうかもしれないな。二斬と来架を回しておくか」
所長は俺の説明を聞き終わるとタブレット端末から目を離し、ズッシリと背もたれに寄り掛かる。
どうやらワイシャツのボタンを閉じるつもりは無いらしい。もう汗も引いている様子なのに。
そして、どうか部下に余計な罪を着せないためにも姿勢を正して欲しい。反られると胸に目が吸い込まれる。
「そう言えば」
またもや不意に所長が切り出す。
「凪斗はあのままでいいのか?」
「あのままとは?」
「結衣にいつまでもおんぶにだっこで。まあ、お前がしたくてやっているわけじゃないとわかっているがな」
つまりいつまでも守ってもらっている状態いいのかってことか。
それはもちろん良くない。しかし、現状で二斬を説得できるかどうか。
「お前は気にならなかったのか? どうして結衣がそこまで守ることに固執するのか」
「それは礼弥さんから聞きました。両親をファンタズマに殺されたからと」
「そうだ。そして、二斬はもう二度と大切な存在を失わないと誓ってARリキッドを使ったらしい。そして、変化が起きた」
「身体能力向上や異能力の発現ですよね」
「それは前に話した。それとは違う副作用的な感じだ」
「副作用?」
所長は胸ポケットにあるココアシガレットの箱を取り出すとまるでタバコを吸うかのように口に咥えた。
「ARリキッドを使うと稀に髪の色が変わったり、目の色が変化したりすることがある。それは発現した人によってさまざまだが、結衣の場合は黒髪から銀髪に変わったらしい」
「黒髪から銀髪に?」
「ああ。そして、目は紅くなった。とはいえ、それは肉体的には何の問題もないから気にする必要はなかったんだが、結衣は少し悲しんでいたな。『もしかしたら大切な人に思い出してもらえなくなる』ってな。でも、最終的には二斬はその大切な人を守るために感情を押し殺して辛い任務をこなした。君が出会ったときは苦戦しているように見えるが、あれは本来力を持たない中級種が持っていたからであって、中級種までなら傷一つ負わないほど強いぞ」
「.......少し時間をくれませんか?」
俺は髪色の話をしてから所長の言葉がなんとなくしか入っていなかった。
それは俺が何か大切なものを見落としていると思ったからだ。
俺は二斬のことで大切な何かを間違って認識しているような気がする。それがわかれば二斬を説得する答えも見つかるはず。
俺の突然の言葉に所長は笑みを浮かべると「わかった。しっかりと悩んで最初の事件を解決して来い」と言った。
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