第169話 来訪者
――――氷月愛依 視点――――
気のせいかもしれない。しかし、実際に見てしまった。ファンタズマが能力を使うところを。
少なくとも、ファンタズマは変身した能力を真似ることはわかっている。蜘蛛になれば糸を、蝶になれば羽を、チーターになれば高速で。
しかし、かつて戦ってきた中で明確に能力を使ってきたのを見るのは私は初めてだ。
「ギャアアア!」
人からファンタズマになれどさすがに言語能力はないみたいね。言語を得るファンタズマは人を食いまくって学習したものらしいから。
もっとも最初からカーロストのように自在に人間になれるとしたら別だけど。
私に近づいてきたファンタズマはトカゲ型であった。地を這って進むコモドドラゴンのような。
そして、そのトカゲファンタズマは私に一気にとびかかってきた。それに合わせて剣を振るう。
「なっ!」
しかし、その薙ぎ払いの一撃は掠めすらせずに、コモドドラゴンが空中で制止し、大空へ舞い上がった。
トカゲファンタズマに見たこともない羽が生えていた。鳥のような羽毛のついたソレが。
それに気を取られていると左手の剣が何かに引っ張られた。咄嗟に見てみるとそこには剣に糸を括り付けた蜘蛛ファンタズマがいる。
そして、そのファンタズマは突然全身を燃やしていくと張った糸に炎を伝わらせていく。
糸を伝って炎が私に迫ってくる。そのまま丸焦げにでもしようというつもりらしいわね。当然、ふざけんじゃないわよ!
「突塊」
私が剣を放すと今度は空中に跳んでいるトカゲファンタズマが襲ってきた。おくまで二体で仕留めようというらしい。
しかし、私は二体の地面から先端を鋭く尖らせた氷のトゲを作り出して、二体ともども胴体に風穴を開けさせた。
そして、この戦闘を終えて一つ思い出したことがある。それは凪斗先輩が特務に入るきっかけになった戦いと凪斗先輩が最初に仕留めた上級ファンタズマのことを。
確か、あの二体とも今私が対峙している敵と同じように能力を使っていたと聞いた。それは生物の特性も何もなしに。
それから、エンテイが言っていた.......凪斗先輩を特務に入るよう仕向けたのは自分であると。何かが引っかかる。この戦いについて。
「ミツケタ。ニンゲン」
「......!」
どこか機械にも似た声。そこにいるのはムカデの足に人間の上半身がついたような生物。大きさは三、四メートルとあり上から見下ろしてくる。
強いマギを感じる。間違いない。ファンタズマの上級種だ。いくら雑魚を蹴散らしてても、強い存在がいれば平然と戦況を覆される。
だったら、体力がある今のうちにこのファンタズマを倒す。二年前じゃ一人では勝てなかっただろうけど、今の私を舐めないで!
「シネ」
ムカデファンタズマは口から風の奔流を撃ち放つ。それは視認できるほどに乱れた乱流で、すぐさま避けた後も地面を抉り削っていた。
もう当たり前のように能力使ってくるじゃない。しかも、さっきの蜘蛛といい、あんたら私と凪斗先輩と同じように自然を使うな!
「氷連弾」
空中に氷の弾丸を展開しながら、ムカデファンタズマの背後を取りに走り出す。それに対し、「コザカシイ!」と両腕を振るって起こした風邪で蹴散らされる。
やはりさっきの蜘蛛とは違い、上級種は知能も能力の強さも格段に上がっている。今のじゃ牽制すらなさらなさそうね。
「トラエル!」
「ぐっ!」
私が回り込もうとも、カサカサと気持ち悪いほどにある足ですぐさま姿勢を変えられる。そして、その人を超えたサイズから出される驚異的な瞬発力によって、私は捕らえられた。
なまじ人の上半身がくっついているから両腕をガッチリ両手で掴まれて、そのままが簡単に飛んでいく。
「クウ? チギル? ネジル?......シメコロス!」
ムカデファンタズマは長い後ろ足を持ってくると、私に絡みつくようにとぐろ巻いて締め付ける。
年齢を増してくごとに虫嫌いが強くなってるのに、もはやこれはSAN値がゴリゴリと削られて早くも卒倒ものよ!けど――――
「ありがたいわ。近づいてくれたことにはね」
「?」
「でも、近すぎるのよ―――冷衝瓦解!」
私は体表にマギを集中していくとそれを一気に冷気に変えた。液体窒素のような白いスモークの煙が流れ出していき、それはムカデファンタズマの下半身を冷やしていく。
「さらに隔離!」
加えて、ムカデの周囲に氷を作り出して一切の外からの干渉をシャットアウト。
「喜びなさい。死ぬまでの私と二人っきりの時間を」
「アシガ! アシノカンカクガナイ! ナイナイナイ!」
当然よ。なんせその冷気は絶対零度ななのだから。私が作り出した、私以外では耐えれない八寒地獄。もっとも、耐えれるとしたらクマムシぐらいよ。
さぁ、さっさと......っともうとっくに冷気はこの隔離空間の中を満たしていたようね。もう動く気配もマギの気配もない。
隔離空間に穴を開けて出るとその壁に手を触れて「ブレイク」と告げる。すると、私のマギは霧散して氷は一気に維持する力をなくし崩落していった。
さて、他にファンタズマは......うじゃうじゃ気配がしてくるわね。それこそ気持ち悪いほどに。
そして、気持ち悪いと言えば、私達をファンタズマに戦わせるだけで、全く動かないカーロストよね。
「ほほう、ワシの作り出した上級種をものともせぬか」
カーロストはそう言って感心している様子だ。確かに、他の仲間を見てみれば全員が確実に一体、理一さん、所長、金剛さんに至っては三体倒している。
しかし、カーロストは全く動じることなく次なる上級種を向かわせて来る。私の方にも一体来たし、ただのファンタズマもやってきた。
「お主らがこうも見せてくれることに褒美として良い事を話してやろう」
カーロストは上機嫌で話し始める。こっちはそんな状態じゃないってのに! あぁ、邪魔っ!
「言っておくが、ワシらはお主らが襲撃を始める前からとっくに最終段階に入っているのじゃ。いうなれば、お主らにあの少年が入ることに至った事件の時からな」
「......っ!?」
その言葉に思わず反応した。ふと周囲に目を向けてみれば、同じように全員が反応している。
なに? どういうこと? 凪斗先輩が特務に入ることになったのはエンテイの仕業と聞いていたけど、まさかカーロストはエンテイと繋がって!?
「ワシらはずっと探しておったのじゃ。あの少年を。とはいえ、研究所に籠りっきりだったワシにはまさか研究所に入り込んだのが目的の少年とは思わなんだったがな」
「ってことは、お前があの時凪斗が戦ったオウム型ファンタズマと鬼人型ファンタズマを作り出したのか!」
所長の怒号が響き渡る。確かに、そういうことになる。
人をファンタズマを変えれる薬を作れるのはカーロストだけ。加えて、このような能力を持ったファンタズマを作り出せるのも。
「ああ、そうじゃがそれが何か? ワシの偉大な実験の被検体になれただけさぞ喜ばしい事じゃぞ。もっともホルダーの被検体は実に捕まえるのが難しくて厄介なのじゃが」
......ホルダー? それじゃあ、まさか......最初に襲ってきた人型の能力を持ったファンタズマってまさか特務官ってこと?
「どこまでも不遜なジジイだな!」
「ふんっ、強欲なくして何が作れよう。傲慢なくして何が生まれよう。全ては我が神エンテイ様のため。
それにお前らとこうして戯れてやってるのも全てはある人物を待つためじゃ......っとどうやら来たようじゃな」
カーロストはニヤリと笑った瞬間、暗雲立ち込める空から地上にいるファンタズマに向かっていくつもの雷が降り注いだ。
ランダムに落ちているわけじゃなく、的確に上級種だけを狙って一撃で消し炭にしている。こんなの自然現象じゃあり得ない。それにこの雷から感じるマギは.......
―――――ブロロロロッ!
少し遠くからバイクの音が聞こえてくる。見てみるとバイクに二人、サイドカーに一人と計三人がこの戦場のど真ん中にやって来ていた。
そして、その三人は私にとっては全員がとてつもなく衝撃を受けるメンツであった。
「ヤガミにお姉ちゃんに.......凪斗先輩!?」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




