第166話 対談
――――二斬結衣 視点――――
「どう......して......?」
衝撃が隠せなかった。どうしてあのカーロストが生きているのか。カーロストはただの人で、それにあの時死んだはずじゃ......!
「どうにも、爆発に巻き込まれる前に自分にワームを入れたらしいわよ。それで進化に伴う驚異的な回復を果たして脱出みたいな。まあ、しばらくは体の急激な負荷で動けなかったらしいけど」
「なら、カーロストはどうして暴走せずに人型の姿を保ってるの!」
「ふふっ、普段のクールで大人しい結衣ちゃんにしては酷く感情的におしゃべりじゃない」
「答えて!」
怒りが湧いて来る。感情が激しく煮え立つように興奮する。だって、だってこれじゃ.......凪斗が命を張ってまで成し遂げたことが無駄になるようで.......。
凪斗は生きてると信じてる。でも、心のどこかではどうしようもない結末を理解している。それを否定するためにこれまで頑張ってきたのに.......カーロストが生きてちゃ凪斗があんまりだよ。
「本当に取り乱してるのね。涙なんか流しちゃって」
私の様子に加里奈さんは楽観した様子で告げる。涙で視界が霞んでいく。でも、溢れ出した涙が止まらない。心がメキメキと音を立ててるのがわかる。
「詳しいことは知らないけど、恐らく強い意志がファンタズマからの支配権を逃れたんじゃない? まあ、もともと考えてることはよくわからない人だったけどね」
「加里奈さんは......」
「ん?」
「加里奈さんはどうしてカーロストについてるの......?」
私の言葉に加里奈さんは黙って見つめ返すだけ。しかし、壁のそばに置かれている椅子を持って私の正面に座ると話し始める。
「私には弟がいるのよ。まだ十二歳の弟がね。だけど昔、弟が友達と公園で遊んでいるとたまたまどこからか現れたファンタズマに襲われてね。かろうじて生きているけど、意識が戻らないのよ。
それにもともとあまり体が強い方じゃなかったから......今も生きているのが不思議って医者が言ってたわ」
「......」
「よくある話よ。結衣ちゃん、あなただって家族をファンタズマに殺されたんでしょ?」
「確かに、私の父さんと母さんはファンタズマによって殺されました。だからこそ、わからないんです。
普通ならファンタズマを憎むはずの加里奈さんが人をファンタズマに変えるような真似をするだなんて」
「そうね、理解されるとも思ってないけど、私がしたいのはただ一つ――――弟を助けることよ。
さっきも言ったでしょ? ファンタズマには進化に伴う驚異的な回復があると。」
「まさか、それで弟さんを助けるつもりですか?」
「その通り。私は弟にまた元気な姿を見せて欲しいのよ」
その発言に私は理解できなかった。だってそ、それじゃ.......
「加里奈さんは弟さんをファンタズマにするつもりですか!」
思わず大きい声が出てしまった。でも、これは仕方ない。だって、いくら助けようと思っても身内をファンタズマにするだなんて。それはもはや助けたなんて言わない。
「ならないわ。また普通の人として戻れる。カーロストの人間の姿がそれを証明してくれている」
「そんな保証がどこにあるんですか! まさか、その実験のために一般市民をファンタズマに変えて!?」
「些細な事よ」
「弟さんが助かればそれでいいと思ってるんですか!」
「そうよ」
「......っ!」
その迷いのない回答に言葉が詰まる。加里奈さんは本気であった。その瞳に強い意志を示している。
どうして......どうして、加里奈さんが......今まで何度もお世話になったし、親身になってくれて、凪斗がいない今では私達のことを支えてくれてたのに。
「加里奈さんには私達との思い出は何もなかったんですか? そんな簡単に切り捨てられるものだったんですか?」
「そんなわけないじゃない」
「!......だったら――――」
「でも、この外道に落ちた時点で私の運命は決まったも同然。なら、死ぬその時までわがままを突き通そうと思っただけ」
「カーロストが本当に助けてくれると思ってるんですか? ファンタズマを見て『素晴らしい作品』と言ってるような存在が!」
「信じるしかないじゃない!」
加里奈さんが初めて声を荒げた。そして腕と足を組みながら憎しみのこもった表情で下を向く。この時点で加里奈さんがカーロストをどう思ってるかは知れた。
「私だってあんなクソ野郎を心から信じちゃいないわよ! でもね、たった一人の弟を救うためには当時の私は何でも手に染める覚悟だった!
そして、選んであいつの元で働きながら辿り着いたのが今よ! もうどこにも選択肢がないの!」
「まだ、まだ今なら間に合います! 私と一緒にカーロストを討ちましょう!」
「できないわ......」
「どうして!?」
「だって、私の弟はカーロストの作った回復培養カプセルに入れてるもの。奇跡的に生きているのも、腐っても天才のあいつが作った装置に生かされてるの。
逆を言えば、私は弟を人質に取られてるということ。選択肢がないのよ、私には」
加里奈さんは酷く悲しそうな顔をする。先ほどの強い意志を持った瞳とは逆に今はとても弱々しい。
......いや、こっちが本来の加里奈さんなのだろう。
弟を助けるために自分の選択肢を殺してまでカーロストの元についた。でも、カーロストの人をファンタズマにする行為について割り切れたわけじゃない。心が割り切れたわけじゃない。
「そういえば、どうして結衣ちゃんだけをここに残したかわかる?」
「......私なら加里奈さんの気持ちを分かってくれるからですか?」
「ええ、それもあるわ」
加里奈さんは腕組みをとくとやや寂しそうな表情で告げる。
「でも、一番は私と逆を行く結衣ちゃんの意見を聞いてみたかったのよ」
「逆?」
「私と結衣ちゃんはともにファンタズマに家族を襲われた。だけど、私の弟は生き、結衣ちゃんの両親は無くなった。
私は弟を救うために悪に染まり、結衣ちゃんは二度と同じ思いの人が出来ないように正義の味方になった。ほら、逆でしょ?」
確かに、逆だ。でも、それはあくまで私が表向きに作っただけの偽りの自分。本当の自分はもっとわがままで、もっとも本当に守りたかったのはたった一人だった。
「全然逆じゃないです。その気持ちはなかったわけじゃありません。でも、本当のことを言うのだとしたら、私は凪斗を自分と同じ思いにさせないようにしたかっただけなんです」
「結衣ちゃん......」
「凪斗にはただ真っ直ぐ生きて欲しかった。特務の世界には足を踏み入れて欲しくなかった。
でも、それは全て仕組まれてたみたいなんですよ。エンテイによって」
「え?」
「凪斗は知らなかったみたいですけどね。もっとも、所長からも凪斗に知られないように箝口令を敷いていたんですけど」
「それじゃあ、凪斗君はそのエンテイに......?」
「みたいですよ。実際にエンテイの口から愛依が聞いたことらしいですから」
私の言葉に加里奈さんは衝撃を受けたような顔をしている。所長は加里奈さんにはそのことを教えてなかったのだろうか。まあ、加里奈さんがここに来たのは凪斗がいなくなった後だし仕方ないか。
加里奈さんは「それじゃあ......」と小さく何かを呟くと突然に私の正面で映し出されているホログラムに変化があった。
そこに映し出されるは所長達の戦っている場所の映像。そして、そこには―――――
「時間ね」
「......加里奈さん?」
私が映像に気を取られてると加里奈さんが私に近づいてきた。そして、腰に下げてあったナイフを取り出すとそれを逆手に持って構える。
「嫌、やめて......」
やだ、死にたくない。だって、今希望の光が見えたのに。ここで死ぬのは絶対にやだ。やめて、加里奈さん!
「悪く思わないで。今度は安らかな来世を」
「嫌ーーーー!」
――――グサッ
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